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戦艦探偵・金剛~シルバー事件23区~ SOCIAL GAME %1 KILLER IS DEAD4

同日 午後二時三分 八王子市 総合病院

「何だか複雑なことになってますね」
 パトカーの中で五月雨がつぶやく。右隣にいる金剛はずっと考え込むように黙っていた。
 先ほどのナカテガワたちとの情報のやり取りの中で、こちらが唯一、明かさなかった情報がある。それはヤマダアキラだ。どうして彼は油壺を持っていたのだろうか? 仮に彼の持っていた油壺がアヤメのものだとすると、事件とどういった関係を持つのだろうか。ともすると依頼人を窮地に陥れてしまいかねない情報だけに、金剛も五月雨もうかつなことは言えなかったのだ。立場上は、コウサカに言い含めることは出来ないが、コウサカのほうでも二人の気持ちを察していたのか単に言い忘れたのか、ヤマダアキラのことには触れなかった。
 こうして情報のやり取りを終えた彼女たちは、次に女子学生の唯一の生き残り、カワイユカを聴取するために八王子市内にある総合病院へと向かっていた。
 総合病院へ辿り着き、事前にナカテガワから情報を得ていた病室へ辿り着くと、そこにはベッドに退屈そうに横たわるカワイユカがいた。
 カワイユカは目鼻立ちがくっきりとした美少女だった。そんな美少女が儚げに病室へ寝ていると、どことなくサナトリウム文学を思わせる。コウサカは咳払いして病室へと入っていった。純情な警部補は、こうやって精神を落ち着かせているのだろう。先ほどのパリッとしたスーツを着たナカテガワよりも、コウサカの方が人間っぽい気がして五月雨は好感を覚えた。
「ハロー! ユカ=サン!」
 金剛はそんなコウサカの感情の機微などお構いなしに、そう言ってヅカヅカと病室へ入っていく。挙句の果てに第一声、
「ユカ=サン、あなたはアヤメ=サン殺害に関与したデース?」
 カワイユカはそんな金剛の言葉に気だるげな流し目を送っただけで、反応は無かった。
「ちょっと先生!」
「いきなり過ぎます!」
「どうデース? ユカ=サン」
 カワイユカはそれに対して、
「はぁ」
 とだけ答えた。
「ああ、申し遅れたデース。私は金剛デース」
「知ってる。探偵でしょ?」
「なら話が早いデース。ユーは青酸カリウムを実家の工場で入手し、それをアヤメ=サンの絵画に塗りこめたネ?」
「違う、塗り込めたのはナナミさんよ。私はガラスを割っただけ」
「シモヒラアヤメ殺害に関与したことを認めるのですか?」
 コウサカは驚いて言った。あまりにもあっけなさすぎる自白だった。
 それに対してカワイユカは一言、
「どうでもいい」
 とだけ言った。それから金剛の方を見て、
「選ばれたのはあなたね?」
「ワッツ? 何を言ってるデース」
「いずれ分かるわ。あなたも所詮、アヤメなのよ」
「ふむ」
 金剛は腕組みして、
「ユーの実行した犯罪計画、立案したのは誰ネ」
「カムイよ、決まってるじゃない」
「本当にカムイネ? 二十年前、連続殺人を犯した―――」
「そうじゃないわ。私の見解ではカムイは、カムイなのよ。人の名前じゃないわ。探偵とか、警察とかと同じなのよ」
「役職の名前ネ?」
「そう」
「計画はどうやって伝えられたデース?」
「手紙。覚えたら焼いて捨てたわ。私とナナミケイ、ソノダユリコにリアルな接点はないわ。せいぜい、カムイネット上の繋がりよ。でも私たちは、世間でいう本当の友達よりもリアルで生々しい繋がりを持ったと自負しているわ。だから計画も上手く行ったんだと思う」
「それがどうして狙われるようになったネ?」
「きっとそういうシナリオだからよ」
「シナリオとは計画のことネ?」
「厳密には違うわ。計画は計画者が都合よく物事を遂行するために立てる物でしょ? でもカムイのシナリオは、最終的にカムイ自身が破滅する可能性も含まれているのだと思うわ」
「どういうことデース?」
「分からない? これは物語なのよ、きっと。カムイが適役で、そして誰かが主人公になる。私は主人公になりたかったけど、駄目だった」
 カワイユカは金剛を見る。
「金剛さん、これはゲームなのよ。社会を舞台にしたリアルなゲーム」
「ソーシャル・ゲームというわけネ」
 金剛は両手をこすり合わせて、
「面白いデース」

同日 午後四時四十八分 大淀ビル二階『金剛探偵事務所』

 金剛と五月雨は八王子からコウサカにパトカーで事務所まで送られる。空にはいつの間にか鉛色をした分厚い雲がどこからか現れ、雨を降らせ始めた。
「私はあなた方を事務所に送り届けたら、そのまま本庁へ帰投します」
 コウサカが言った。
「記者会見の準備はよろしくデース」
 金剛は水滴の付いた窓を見ながら言った。シトシトと降り始めた雨は次第に強くなる。道行く人々がひさしを求めて右往左往した。準備のいい何人かは傘を頭上に掲げ始める。
「事務所、水浸しになってないといいですけど」
 五月雨がポツリと呟いた。
「その辺りは、うちのものがいますから、まぁ、ある程度は大丈夫でしょう」
 現在、金剛探偵事務所には数人の警官が詰めていた。金剛と五月雨の警備と共に、誘拐犯からの要求に備えるためである。警官は念のためにナツメダイゴの自宅にも詰めていた。双方の事務所と自宅には逆探知機もあり、次に犯人から電話があった際にはそれを用いて犯人の居場所を特定するのだ。
「犯人の目的はゲームなのでしょうか?」
 五月雨がいつになく深刻な顔をして言った。
「油断ならない相手であることは確かデース」
 金剛が言った。
「これは私の所感ですが」
 コウサカは前置きして、
「相手は組織では無いでしょうか? ヤクザとは違うようですが」
「手口と規模からしてそれは間違いないデース」
「しかし、実行を司令しているのはたった一人の意思のように思えます。手口は狡猾、そして残忍で冷酷、だがその目的には幼児性を感じる」
「コウサカ=サンは豊かな想像力をお持ちデース」
 と言って、金剛はコロコロと笑った。
「ですが、余計な想像はかえって真実を曇らせるデース。得られた以上の手掛かりから想像しても、それは妄想にしかなりまセーン」
「心得ました」
 大淀ビルが迫る。コウサカは丁寧に車の速度を落として、事務所の前に停車した。雨は叩き付けるような勢いになっていて、東京駅では人々が必死に構内に避難しようとしていな。そんな中、我関せずといった様子で例の占い師が微動だにしないのが、五月雨には何だか面白かった。
「では、失礼いたします。記者会見でお会いしましょう」
 コウサカの乗ったパトカーは、金剛と五月雨を残して去っていく。雨を逃れて事務所の階段を駆け上がる。事務所に詰めている警官に挨拶して、二人は三階の私室で休むことにした。
「ふぅー」
 五月雨はため息を吐いてソファーへ突っ伏した。ここで改めて二人の私室を描写する。私室の間取りはおおむね二階に準拠している。玄関に入ってすぐがリビングで、奥のテーブルには金剛が様々な薬品と実験器具を貯めこんでいた。玄関の左手にはキッチンがあって、二つの部屋はそれぞれ金剛と五月雨が寝室兼それぞれの部屋として使っていた。
 普段、仕事が終わった二人はリビングでのんびりと過ごしている。のんびりと言っても、ときどき金剛が科学実験で爆竹のような音を発するために、五月雨は油断がならなかった。そんな金剛も今日はくたびれたように、ソファー横の安楽椅子へ座った。
「うーむ」
 と、目を閉じて金剛は唸る。
「先生もお疲れのようですねぇ」
 五月雨が言うと、金剛はそれに答えず、
「どうしてナナミケイは服を脱がされたデース」
 と呻くように言った。
「そこ、気になりますかぁ?」
「気になるネ」
「相手は異常者ですよ? か、もしくは異常者に見せかけたか」
「異常者とは誰ネ」
「そりゃカムイですよ。まぁ、カムイじゃないけどカムイに見せかけたいんじゃないんですか? よく分かんないですけど」
「ウエハラカムイ、絶対零度の天使、キング・オブ・クライム」
 金剛はウエハラカムイを特集したカストリ雑誌をソファー前の机から拾い上げる。雑誌にはカムイに関して、そんな文句を並べていた。
「今回の事件は矛盾だらけデース。敵の規模は組織レベル、しかもその組織レベルの力でやっていることは女子高生による美術教師の殺害、我々の事務所の爆破、サクラ=サンの誘拐、まるで目的が見えまセーン」
「組織のトップはカムイでしょうか? 彼は医療刑務所から脱走したそうじゃないですか。それが裏の世界でのし上がって―――」
「それは不自然デース。組織のトップが最前線で殺人? アリエナイデース! そもそもカムイは組織を作るタイプじゃないデース。一匹狼だからこその伝説デース。まぁ、全てをそのまま信じることは不可能デスガ」
 確かに当時の捜査資料はナカテガワによると紛失しているそうである。カストリ雑誌の一次情報は、二十年前に発行された新聞記事や雑誌からの剽窃であった。
「興味深い人物デース」
 と、金剛はカムイを評する。
「彼は二次的な情報の中にしか姿を現さないデース。実体は誰の眼にも見えてないネ。焦点を合わせれば合わせる程、その姿はボケていくデース」
「でも、実際に人は死んでます。私たちも危なかったですよ」
「そう」
 金剛は頷いて、
「実態はあるデース。誰かがナナミケイを殺して、誰かがソノガユリコを木に吊るして、誰かが我々の事務所に爆弾をしかけて、誰かがサクラ=サンを誘拐したデース。実体があるなら私は必ず捕まえてみせマース」
 金剛は立ち上がって、雨降る窓際へ向かって言った。
「これは戦争デース」

同日 午後八時一分 警視庁本部『記者会見』

 警視庁本部に設けられた記者会見の会場には、新聞社やテレビなどの大手マスメディアの記者が大勢詰めかけていた。五月雨は廊下の隅からその様子を覗き見るが、これからその中に斬り込むのが自分で無くて心底ホッとしていた。
 あそこへ切り込む当の金剛は相変わらずマイペースな様子でのんびりと、用意されていた紅茶を嗜んでいた。服装もいつもの巫女服にミニスカートである。こういうときは正装していくのが世間の常識であろうが、しかしこれが艦娘の制服なのだ。
 控室のドアがノックされる。
「金剛さん、時間です」
 コウサカの声だった。
「先生! 頑張って!」
 五月雨が両手を握りしめて応援すると、金剛はその頭をなでて、
「モチロンデース!」
 と、控室を出た。
 記者会見が始まる。警視庁捜査一課長と、八王子警察署所長、八王子警察刑事課長コトブキシンジ課長、ナツメサクラ誘拐事件の指揮を執るサカグチダイキチ警部、それからコウサカミチル警部補に続いて最後に登場するのが金剛だ。
 集まった記者たちは一斉に金剛にフラッシュを焚いた。美女だから絵になるばかりでなく、記者連中にとっても金剛の登場は予想だにしないものであったからだ。
「それではただいまより記者会見を始めます」
 警視庁捜査一課長の言葉で、会見は始まった。
 ところでこれは警察の記者会見であるが、元来、記者会見とは会見する人間ではなく会見を取材する記者が主催するものである。もっと言えば記者の任意組織である記者クラブによって主催される。これは情報公開に消極的な官公庁に対して知る権利を行使するために、記者が結集して情報公開を迫る背景と、情報発表者が主催しては、会見の内容が主催する者にとって一方的に運営がなされることを懸念してのことだ。
 ましてやこの会見の内容は八月末から九月にかけて発生した女子高生連続殺人事件=ウエハラカムイ事件のものと来ている。異常な圧力で情報の公開と公表を拒んできた警察がここに来て、その姿勢を一転させた。特にろくでもないカストリ雑誌に理不尽にネタを独占され続けた週刊誌、新聞などにとっては復讐の機会と言っても過言ではないだろう。情報を公開しない警察、記事を許可しない上司たちの間にどんな密約が交わされたのか。しかし、会見は静かに進行した。質疑応答は発表の後に行われる決まりとなっている。
 まず八王子警察署刑事課長コトブキシンジによって女子高生連続殺人事件の大まかな概要が語られ、それから金剛探偵事務所の爆破からナツメサクラの誘拐へ話が及んだ。情報は詳細で正確なものであったが、不自然なほどにある名前が出なかった。
「ウエハラカムイは事件に関係あるんですか!」
 しびれを切らした記者の一人が声を上げた。
「彼が八王子医療刑務所を脱走していたことは本当なんですか!」
「質問は発表の後に―――」
 コウサカが窘めるも、その記者の一言がその場にいた何人かの堪忍袋を刺激したようだった。直後に何人かの記者も、
「どうして警察は今まで発表を控えたんですか?」
「記事の公開差し止めの理由は?」
 と、声を上げはじめ、
「巷に出回っているカムイネットとは何か関係が?」
「マンション『タイフーン』で死体が出たと聞いてますが!」
「河川敷でカムイらしき男が射殺されたそうですが本当ですか!」
 記者会見の会場は次第にうるさく、やかましくなり始める。
「ちょっと、みなさん!」
 コウサカが腰を浮かしかける。会見中止も脳裏に浮かんだそのとき、
「そこの私立探偵が同伴しているのは何故です!」
 という言葉と共に、金剛がマイクを持って立ち上がった。
「それが犯人の要求だからデース!」
 金剛はマイクで高らかに言った。ハウリングのキーンという音が一瞬なって、会場が水を打ったように静まり返る。その隙を逃さずに金剛はまくしたて。
「私の事務所を爆破し、サクラ=サンを誘拐した犯人は言ったデース! 謎を解け、とネ! 雛代高校の女子高生連続殺人事件、女子高生―――ヒナシロ・ガールズたちは結託して美術教師であるシモヒラアヤメ=サンを殺害したデース。まず事前にアヤメ=サンの油絵に青酸カリを塗り、絵具を溶くのに使う油に少量の塩酸を混入したネ。老眼の進行していたアヤメ=サンは絵を近くで見なければいけなかったデース。油絵の青酸カリと油の塩酸による化学反応は、青酸ガスを発生させたネ。それを吸ってアヤメ=サンは殺されたデース。しかしヒナシロ・ガールズの工作はそれだけに留まらないヨ! 青酸ガスを美術室から追い出すために、自然な形で廊下でアンモニアの瓶を割らせ、窓を開けさせ、さらに野球ボールの事故と言う形で窓ガラスを割ったデース! ただしここに一つ誤算があったヨ。窓ガラスは金づちで割られたから、野球ボールより小さな穴しか開かなかったデース。故に床に転がっていたボールはフェイク! これが謎の真相―――」
 金剛はそこで言葉を切って、顔を俯かせてためを作ったのちに、
「んなわけないデショ! ヒナシロ・ガールズをそそのかした人物が他にいるデース! 彼女たちをコントロールし、アヤメ=サンを殺させ、私の事務所を爆破して、サクラ=サンを誘拐した、あんたが何者かは、あだ分からないデース! しかし、私は、地獄の果てまでもあなたを追い詰めて、捕まえてみせマース! 首を洗って待ってロ! ウエハラカムイ!」
 金剛はテレビカメラの前へ指を突き付けた。するとそのとき、
『フフフフフ』
 そこからかぞっと寒気のするような不気味な笑いが記者会見の中に響いた。マイクを通したようなこもった様な声である。
『謎を解いたようだね、金剛さん。だがまだまだゲームは序盤だ。次の謎が君を待っている。全部解けたら君が可愛がっている五月雨を返してあげるよ。手荒な真似はしないさ。これは君のトロフィーだからね………さて、次の問題はもうそろそろかな』
 ブチン、という音がして音声が途切れる。
「会見は中止します! 皆さん、ご退席下さい!」
 コウサカがそう言った次の瞬間。
「ゴハッ!」
 記者会見の席にいた警視庁捜査一課長の口から泡が漏れ、それから体を震わせて机の前に倒れた。
「うわああああ!」
 会場内に悲鳴が上がる。普段、特種に飢えているはずの記者たちは、目の前で起きた異常事態に対して、シャッターも切れずに逃げ出していた。
「せ、先生! 先生! 何が起こったんです!」
 人ごみを掻い潜って、五月雨が金剛の下へ駆けつけた。
「これは戦争デース………」
 倒れた捜査一課長の死体を前に、金剛の額から汗が一滴流れ落ちた。

KILLER IS DEAD IS OVER......

Poupée de cire, poupée de son

LET IT DIE IS COMING SOON......

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