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フィービ•スノウ San Francisco Bay Blues

今日は二月六日、外は雪が降ってきました。
とても冷え込んでいます。こんな日は冬の澄んだ空気のような凛とした音楽が聴きたくなります。

私はずっと千葉県在住なので、雪は年に一度降るか降らないか程度なんですけど、いつも一番寒い日に手に取りたくなるのが、フィービ•スノウのデビューアルバムです。
リビングの暖炉を燃やして、灯りを落として静かに聴きます。
あ、暖炉は空想でした。ほんとは電気ストーヴを点けたところです。

フィービスノウ
サンフランシスコベイブルース 1974年

Harpos Blues↓

スノウという名前に真っ白いジャケット。
ブルージーでもありジャズでもあります。
窓の外の白い雪景色と、非常に繊細なジャズの演奏の緊張感に包まれます。

フィービ・スノウの本名はフィービ・アン・ローブ。スノウというのは芸名です。
両親の影響で幼少期から音楽に親しんでいたフィービは、ジャズマンのチャーリー•ハーボなる人物に出会います。彼女の大きな才能を知ったハーボはフィービの力になり充分な音楽のレッスンを施します。

その頃のフィービ自身は、メジャーデビューする気はあまりなかったのですが、ハーボは彼女のために力を尽くしました。しかしそのハーボは突然亡くなってしまいます。

悲しみに暮れたフィービはハーボのために、彼から教わった事を開花させねばならないと思い、デビューを決意します。「ハーポのブルース」は彼のことを歌った曲です。

(歌詞)
私は、柳になって風にそよぎたい
恋する人になって虚飾を捨て去りたい
山になって雲間からそびえたい
でも、大人になって辛い人生を耐え忍ぶほかない。

20代前半とは思えない大人びた歌詞です。

「ポエトリーマン」↑はトップ5に入る大ヒットを記録しました。この曲は彼女が、人生で二番目に書いたもので、好きな人を「あなたは詩人よ」と讃えたラヴソングです。
私はこの曲でサックスのズート•シムズを初めて知って惹かれました。
当時はジョニ•ミッチェル等がトム•スコット等のサックスを取り入れるのが少し流行りで、私はロックやポップスにサックスの音を加えるのは苦手でしたが、トムよりも格上でベテランのズートシムズやジャズピアニストのテディ•ウィルソンら本格派を起用した事も、本作の魅力になっています。

Either or Both↑
私はこの曲が一番好きです。彼女の歌声は高音と低音を何の違和感もなく行き来していく不思議なビブラードです。カントリー色を漂わせるデビッドブロムバーグのドブロギターは味が有ります。そして、とても上手いフィービのアコースティックギターは綺麗な音なのです。それらはまるで暖炉(空想の)のある部屋の心地良さです。

Take your children home↑
ジャズタッチのピアノと、ボサノバ風のパーカッション、そのミックス感がとても好きです。時折入るハープがまた綺麗。

分からないけど凄いメンツらしい

フィービスノウは、黒人とユダヤ系の混血で、黒人音楽の本流からは少し離れているマンハッタンの移民区で出世しました。私の好きなエタ•ジェイムズも黒人とユダヤ系の混血ですが、エタはR&Bの本流、フィービは70‘sのシンガーソングライターとして括られ、ジャクソンブラウンやポールサイモンらと活動を共にしました。フィービ自身は、ジャンルを問わず様々なバックボーンを持っていて、ギターが上手くジミ•ヘンドリックスに憧れていたそうです。

Gone at last↑
ポールサイモンとのデュエット曲。ポールサイモンのグラミーアルバム「時の流れに」の中のヒット曲で、フィービは本作とはまた違った、力強いゴスペル風のヴォーカルを披露していて素晴らしいです。

フィービ•スノウは、2010年60歳の若さで亡くなりました。本作で驚異的なセールを記録し輝かしい未来を約束されながらも、生まれてきた娘が脳障害であったため、娘が31歳で逝くまで、ミュージシャンよりも母として娘を守り続けました。
フィービは娘が逝った三年後に娘の後を追って亡くなったのです。

窓の外は雪が積もり白銀の景色です。ズート•シムズのサックスの温もりは、暖炉(しつこい?)で燃える炎のよう。デディ•ウィルソンのピアノは、音もなく舞い降りる雪のよう。

ここはマンハッタンでもなくサンフランシスコでもない千葉県ですが、年に一度降るか降らないかの、雪の日です。

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