3分で読める短編小説「深海に沈んだ婚約者」
魔女、アイサ・フラールは仕事で変わった依頼をよく受ける。
この日来た男はこう言った。
35年前に海に沈んだ妻を助けて欲しい
男の婚約者は魔女だった。
魔女ならば、もしかしたらまだ生きているかもしれない。
アイサは頷いた。
アイサは男の用意した船に乗って、35年前に婚約者の魔女が乗っていた船が沈んだとされる場所にやって来た。
なぜ、救出するのに35年の間があったのかアイサは男に聞いた。
金を貯めるため 男はこう答えた。
アイサは自分の乗っている船や周りで働く船員を見て納得した。
男は学者を雇って、船が沈んだ場所までは突き止めていた。
しかし、海はあまりに黒く深く、人には潜って辿り着ける場所ではなかった。
アイサは指をくわえ笛を吹いた。
少し待つと体長20mはあるマッコウクジラが大きな潮を噴きながら、海面に顔を出した。
我に何か用かとクジラは問いた。
助けて欲しいとアイサが言うと、クジラはもう一度大きく潮を噴き上げて海に潜った。
30分後、船の上でジリジリと待つ人たちの元にマッコウクジラはまた顔を出した。
その鼻先には1人の若い女が乗せられていた。
男は腕を大きく広げ、クジラが放ってきた女を抱き止めた。
女は息をしていなかった。
仮死状態になっているとアイサは焦る男に伝えた。
すぐにアイサは魔法で女の仮死状態を解いた。
蝋細工のように真っ白だった女の頰に赤みが宿る。
アイサは温めた赤ワインをタラリと女の口端に垂らした。
女はゆっくりと目を開けた。
キョロキョロとあたりを見回し男を見つけた時、女はフワッと笑った。
「ずいぶん迎えに来るのが遅かったですね」
「すまない、もうすっかり年寄りになってしまった」
男は半分笑い、半分泣きながら答えた。
「プロポーズの返事がまだでしたね」
女はそう言ってから、男を抱きしめた。
マッコウクジラがまた大きく潮を噴いた。
後日アイサが受け取った謝礼の半分は、マッコウクジラの食べるイカに変わった。
「35年もの間、冷たい海の底に沈んでいても自らを仮死状態にして生き延びたのは、婚約者のプロポーズに応えるためであり、いかに魔女であろうとも普通は出来るものではない。
愛は時に魔法ですら不可能なことを成し遂げると文字にすれば簡単だが、これを研究する価値は大いにある」
後日アイサは依頼の記録を事件簿にこのように綴って総括とした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?