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野生を取り戻せ!

「えっ〜、皆さん。もう少しでサファリーパークにつきますが、準備はいいですか?今から君たちはサバンナのチンパンジーと一ヶ月暮らしていただきます!私から見れば引きこもりでデフチンの君たちはさしずめブタです。これは比喩じゃなくて実際にそうなんだからね。君たちだってブタがイノシシだったってことぐらい知ってるでしょ!あの人まで殺しかねない獰猛で筋骨たくましいイノシシがなんでブタみたいな醜い生き物になったんだろうか。それは君たちの親みたいな人間がイノシシを甘やかして、彼らが持ってた野生を長い年月をかけて殺してしまったからなんだ!幸いにも、君たちの親は君たちが完璧なブタになる前に自分の罪の愚かしさに気づいてくれた。親御さんは私の前で泣いてたよ!あの子があんなブタみたいになったのは私のせいなんです!先生あの子はブタから立ち直れますか?親御さんからそう聞かれたとき私は答えたよ。あなたの息子さんはきっと立ち直れます!あの子たちを一ヶ月野生のチンパンジーの群れの中に放り込んで自然の厳しさというやつを教えます。チンパンジーは知っての通り人間の祖先です。いわば人間にとってのイノシシだ。きっとデブチンの彼らに自然での生き方を教えてくれるでしょう。あんな彼らだってチンパンジーと一緒に暮せば一ヶ月もしないうちにブタの引きこもりから卒業するどころか野性味溢れる男なってあなた方の元に現れるだろうとね。さぁもうすぐサファリパークはすぐだぞ!時間はないぞ!」
 小塚ハンティングスクールの校長小塚狭史はそうスピーチした途端バスに詰めまれた大量のデフチンたちは一斉に怯えて泣き叫んだ。しかし小塚たちハンティングスクールの面々は、怯え、泣き叫ぶデフチンたちを走るバスから次から次へとサバンナに放り投げた。そして全員をサバンナに放り投げると、小塚は彼らに暫しの別れを告げた。
「しばらくの別れだ。君たちの一ヶ月後を期待している。俺でさえ震えるような野性味溢れる男となってくれ!」

 それから一ヶ月が経った。小塚狭史は今度はデフチン達の家族をバスに乗せてサファリパークへと向かっていた。家族たちは息子がどう変わったのかと期待と不安の混じった表情で無口でバスに乗っていた。彼はそんな家族達を安心させようと、バスの中の家族達に向かって彼らの大事な息子達の現状について報告した。
「心配しないでください、皆さん!あなた方の息子さんたちは驚くほど変わりました。あの一ヶ月前のデブチンぶりは何処へやら今はすっかり野生を取り戻しまるで原始人に帰ったみたいにウホウホ言って暴れまわっています。これでもう安心です。皆さん窓の外を見てください。遠くの方にチンパンジーが見えますか?いかにも獰猛な動物でしょ?野生のチンパンジーは見かけによらず恐ろしく獰猛な奴なんですよ。ああ!あのチンパンジーにまじって息子さんたちがいるかもしれません。一ヶ月野生で暮らしたら人間だって変わりますよ。もうチンパンジーとの区別がつかない……」
 そこまで小塚が言ったとき、突然バスの席から女性の叫び声が起こった。そして叫び声をあげた女性は「みてみてあなた、あれをみて!」ととなりの夫に向かって窓に向かって指を指した。それをみた夫は小塚に向かって「なんだこれは」と詰め寄った。
「ちょっとあれをみてくださいよ!あのちぎれた『今から引きこもります』のTシャツは私たちの息子のものじゃないですか!そのそばでチンパンジーが食ってるのは何ですか!あれは明らかに人骨じゃないですか!ああ!まさかうちのバカ息子はチンパンジーに!」
 それを聞いた小塚は真っ赤になって激昂して否定した。
「バカな!あれはチンパンジーの風習で死んだ仲間を食べて弔ってるんですよ!アフリカの野生のチンパンジーならともかく、こんなサファリパークのチンパンジーが人を食べるわけないじゃないですか!」
 チンパンジーが人間を食べる。その言葉を聞いた途端バスの中の人間は一斉に凍りついた。そして彼らは一斉に騒ぎ出した。「ああっ!あそこにうちの息子のフィギュアがあるぞ!ああっ!こっちのチンパンジーもなんか食ってる。あれはどう考えたって猿じゃない!やっぱり人骨じゃないか!もしかしたらあの人骨はうちの息子じゃないのか!」「ああっ!うちの息子はどうなったのよ!まさかうちの息子も!」とうとう彼らは耐えきれず一斉に立ち上がり小塚狭史に詰め寄った。
「この人殺しめ!引きこもりでデフチンの息子をたったの一ヶ月で野性味溢れる男にするっていうから高い金出したんだぞ!それがこんな事になるなんて!貴様訴えてやる!」

 小塚狭史は家族達からの罵声を黙って聞いた。彼はもうごまかしきれないと思った。彼が放り投げたデフチンが最初にチンパンジーに食われたのは一週間後だった。それからデブチンは次から次へと食われていった。ああ!サファリパークのチンパンジーだからまさか多少の怪我はあっても食われる心配はないと思っていた。彼はその場で号泣すると家族達に向かって土下座して叫んだ。
「皆さんの大事な息子さんのかけがえのない命を奪うような事になってしまって私としてはなんと謝罪していいかわかりません!私は息子さん達をチンパンジーのようにたくましくしたかったのです!チンパンジーのようにたくましく社会を歩き回って欲しかったのです!だけど……だけど私は!」
 それを聞いた家族の一人が小塚に向かって怒鳴った。
「ふざけるな!そんな謝罪をしたって息子は帰ってこないんだよ!どうするんだ!可愛い息子を亡くした私たちにどうやって弁償するんだ!」
 家族の叫びを小塚狭史は黙って聞いた。そしてそのまま沈黙していたがやがて重い口を開いた。

「皆さん、今の私には金も物もないので弁償はできません。しかし、息子さんの代わりは探してあげられます。それはあの息子さん達を食べてしまったチンパンジー達です!彼らなら息子さんの代わりになれるどころか上位変換にさえなれます。私は息子さん達をあのチンパンジーのような野性味溢れる筋肉質の人間にしたいと思っていました。あのチンパンジーなら見てくれもいいし、あのブサイク極まりなかった息子さんよりも100倍素晴らしいです!皆さん、チンパンジーはあなた方の息子さん達の人数分います!どれでもよりどりみどりです!さぁ、皆さんあんな酷いデフチンなんか忘れてこれからはあの野性味溢れるチンパンジーを本当の息子だと思って育てていきましょう!」


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