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友と呼ばれた冬~第5話

 俺はテーブルに置いてあるノートパソコンに目を向けた。画面を開いて電源ボタンを押したが電源が入らない。コードが繋がっていないので充電が切れているようだったが、電源コードは目につくところに見当たらなかった。


 大野の失踪に関して手掛かりが欲しい今、パソコンに何が入っているのか見てみたかった。

「これ、借りてもいいか?」
「わたしも見たかったんですけど電源コードが見つからないんです」
「そうみたいだな」
「どうぞ、持っていって調べてみてください」
「わかった」

 窓に近づいてタバコの煙を外に吐き出した、と同時に心臓の鼓動が速くなった。ほんの一瞬だが暗闇に小さな灯りが見えた。そこはちょうどアパートの正面側の路地と大野の部屋の窓が同時に見渡せる路地裏だった。

 気のせいだろうか?街灯もない暗い路地に一瞬の小さな灯り。

 あれはライターの火を手で隠してタバコに火をつける動作から漏れる灯りに見えた。平静を装いながら窓を閉めてカーテンで外と遮断をし、携帯灰皿に吸殻を入れた。もしあれが俺の想像通りだったら誰かがあの場所で大野の部屋を監視している可能性がある。たまたま通りすがりの誰かが立ち止まって煙草に火をつけただけかもしれない。そもそも見間違いだったのかもしれない。

 千尋にはそのことを告げずにこれからどうするかを考えた。時計を見ると23時を回ろうとしていた。

「いま出来ることは何もない。俺は明日、仕事が明けたら大野の営業所に行って詳しい話を聞いてこようと思う。君は、大野は家にも居なかったと会社に連絡を入れてくれるか?」
「わかりました。お願いします」
「一つ頼みがある。俺に大野の調査、いや、大野のことを調べる許可をして欲しい」
「許可?ですか?」

 千尋が困ったような顔で見ていた。子ども相手の適切な言い回しが思いつかない。

「いくら会社の同期でも会社は俺が大野のことを色々と聞くのを嫌がるだろう。君に、大野――父を調べることを俺に委任するという委任状を書いて欲しいんだ。それからこの書き置きも借りたい」
「わかりました」

 千尋は台所に行くと薄紫色の大きなリュックを持ってきた。中から学校のノートを取り出すと最後のページを切り取り、俺の言う通りに委任状を書いて最後に名前を書き込んだ。大野の小さな字とは対照的なしっかりとした字だった。ノートの表紙に高円寺にある中学校の名前が見てとれた。

「真山さん、探偵だったんですよね?」

 千尋が何かを期待するような目を向けてきた。

「遠い昔の話だ」
「父はほとんど友達の居ない人でした。でも、真山さんの話はよくしていたんです。同期に元探偵が居るんだって」
「探偵なんて珍しいからじゃないか?大野とは仕事中に話をする程度の仲だ」

 千尋から友達と言う言葉がでたことに違和感を覚えた。確かに俺たち同期は仲が良かったが、友達と呼べるほどのものではなかった。かと言って俺は友達という概念がよく理解できていなかったし、友達というものがどんなものであろうと俺は一人で居ることを好み、一人の時間、一人の空間が無ければ到底生きていくことができないことがわかっていた。

 大野が俺と同じような闇を抱えているようには見えなかったが、俺が大野について深く知っているはずもなかった。親しさの感じ方に相手との温度差があると罪悪感に似た感情が涌き出てきた。

 千尋は悲しそうな目をしてうつむいていた。もう少し言い方があったかもしれないが、ここで千尋に話を合わせても大野は見つからない。人間関係の煩雑さはんざつさが苦手な俺の心に、あまり深入りしたくないという思いが急速に膨らんできた。しかし同時に探偵をしていた頃の非日常的な日々がフラッシュバックして俺を高揚させていたのも事実だった。

「もうこんな時間だ。明日も学校があるんじゃないのか?家まで送っていこう」

   千尋は今日はここに泊まってここから学校へ行くと言ったが、俺は先ほどの路地裏が気になっていた。この子をここに一人で残すのはいい考えだとは思えなかった。

「もう少し状況が見えてくるまでここには来ない方がいい。その鍵も借りていいか?後で詳しく部屋の中を見てみたい」

 見るべきものは無いように思えたが千尋をこの場所から遠ざけるために合鍵を預かった。千尋はなにか言いたげに口を開きかけたが俺が玄関に向かうと大人しく後についた。

 千尋に会ってからの一連の行動を思うと他人を疑うことがないように思えた。母親は他界し父親とは別居していても親の愛情を充分に受け取って育っているように見える。
 しかし、そのことを人生の強みにするにはこの子はまだ若すぎたし、他人を疑わずに生きてきた者たちの末路を俺は散々見てきていた。


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