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友と呼ばれた冬~第18話

中野坂上の手前から渋滞が始まった。

「左車線に入ってくれ」

 交差点に左折の車がいると直進車が詰まるのはわかっていた。直前で右に戻れと指示する客も居る。そうすると中野坂上の交番の目の前で進路変更禁止の黄色い車線をまたがなければならない。タクシードライバーに取っては迷惑な指示だ。

「詰まったらそのままで構わない」

 俺の言葉を聞いて運転手は左車線に入った。後ろを振り返って確認したが不審な動きをする車は居なかった。

 俺は千尋がどこから尾行されていたのか考えていた。学校の出入りを監視するのは難しい。まず何ヵ所か出入り口がある学校を張り込むには一人では難しい。加えて学校の回りは不審者に対する目が厳しい。
 いつ出てくるか分からない千尋を長時間張り込むのは難しく、紫色のリュックは目印にはなったが同じ制服を着た生徒の中から一人を見つけるのは簡単ではない。同じリュックを持っている生徒が居ないとも限らなかった。

「今日、何か変わったことはなかったか?」
「学校がいつもより早く終わったので一旦家に帰ったんです。祖母に新宿警察署にお父さんのことを話してくるって言って出てきたんですけど……」
「そうだったのか。いま、おばあさんと連絡を取れるか?」
「はい」

 祖母に電話をかけ話していると、千尋の顔つきが変わっていく様子がはっきりとわかった。

「私が出たあと、祖母のところに会社から電話があったそうです。私が出掛けたことを伝えると父のことで急いで私に会って話をしたいと言われて、新宿警察署に行っていると伝えたみたいで……」

 祖母との電話を終えると自分が悪いことをしてしまったかのように言った。

「そうか。家を出たのは何時頃だ?」
「4時半に荻窪駅に着くように出たから4時20分位だったと思う」
「荻窪からなら少し早すぎないか?」
「新宿駅はあまり一人で来たことがなくて心配だったから」
「わかった。少し待ってくれ」

 梅島に電話を入れると、すぐに繋がった。

「梅島さん、いま話せますか?」
「所長はもうあがった。大丈夫だ」
「すいません。大野のことで何か動きはありましたか?」
「いや、残念だがまだ何も進展はない。どうしたんだ?」
「大野の娘のところに会社を名乗る者から電話があったらしいんです。おそらく16時半頃かと思うんですが、大野のことで急いで会って話がしたいと言っていたらしいんです」
「俺の知る限りではそういう話は聞いてない。その時間なら俺も事務所に居たがそんな電話をかけている事務員は居なかったぞ」
「わかりました。すいません、あとで詳しく説明します」
「わかった」

 隣で会話を聞いていた千尋の眼から涙がこぼれそうに見えた。

「会社の者というのはおそらく嘘だ」
「なんでそんなこと……」

 もし千尋が電話に出ていたら会社の者だと名乗る相手に、『大野のことで急いで会いたい』と言われたら疑わずに会いに行っていただろうか?それとも先に俺に相談をしただろうか?
 電話がただの千尋の所在確認だとしたらあの男が新宿駅に居るはずがない。腑に落ちないことが多過ぎて俺は混乱していた。

 ふとジャケットのポケットに入っている労働組合のチラシを思いだし千尋に聞いてみた。

「大野と二人で会社の行事に参加したことはあるか?」
「行事ですか?」
「あぁ、組合のイベントで毎年旅行や催しが開かれているんだが」
「あっ、それなら何度もあります。普段忙しくてなかなか遊びに連れて行けないからって、毎年私を旅行や家族向けのイベントに連れて行ってくれたんです」

 不安が真っ直ぐに現実へと向かっている気がした。祖母から千尋の行き先を聞けば荻窪からJR中央線に乗って新宿に出てくることは予測できる。
 千尋の顔を知っている者であれば……いや、これだけの乗降客が利用する新宿駅で、たとえ事前に利用路線が分かっても顔だけで相手を探し出すことは現役の探偵でもなかなか難しい。

 何かがおかしい。会社は千尋が祖母の家で暮らしていることを知らなかった。千尋が家を出たあとに電話があったというのも偶然にしてはタイミングが良い。祖母が不審に思って千尋の行き先を言わないことも考えられる。

「もしかして携帯電話にGPSアプリを入れているのか?」


「はい。お父さんと一緒に暮らしている時から入れています。お父さんが家を空ける時間が長いから心配だって言って。離れて暮らすようになった時も、そのまま入れておくように言われたので」
「そうか。今日は待ち合わせの前に新宿駅に着いていたんだな?」
「15分前位には着いていたと思います」

 男の顔を殴った傘から垂れ落ちた水滴が、小さく震える千尋の足元に忍び寄るかのように拡がっていた。


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