北風小僧を憎んだろう

1月16日の正午過ぎ。
東中野の山手通りにいた。
物凄く強い風が吹いていた。
吹くなんてもんではない、十両力士のつっぱりくらいの衝撃はあると思う。


こんなカリンコリンな身体なので、横っ面に突風がぶち当たると簡単によろめいた。

歩こうとして片足を前に出した瞬間、俺はもうひとつの片足のみで体重を支えなくてはならない。

十両力士のつっぱりを片足だけで踏ん張れるわけはなく、いとも簡単によろける。
というか転びそうになるほどの突風だった。



それでも風強いなぁ。すごいなぁ。と単純に少し楽しんでいた。
だってこれだけ非日常的な風を感じれるなんてそうそうない。


ところが一つ、大事な事を思い出した。



俺は今日の朝、布団カバーを外に干してきたのだ。


カリンコリンといえども俺も一人の人間。
重さだって、50kgはある。もっとある。
60kgはないけど、それくらいの体重を目指している。
ともかく今は60kgはないが、50kgもあるのだ。

それが歩けないほどよろけるんだから、100均の洗濯バサミがこの風力に耐えられるはずがない。


これまで常にぬくぬくと過ごしてきた温室育ちの布団カバー君にとって、この凍てつくほどの烈風は相当な脅威となっているはず。



許してくれ。
こんな突風が吹くなんて思いもしなかったんだ。



洗濯して濡れていた布団カバーは朝一で物干し竿に吊るされ、ある程度乾いていたであろう。

しかし製造されて初めて体験する強風に布団カバー君は恐怖で枕を濡らしているかもしれない。
強風に対する恐怖で。




洗濯バサミ君だって、思っているはずだ。



俺一人でこのツッパリの如き烈風を任せるなんて、ブラックすぎるよ!
俺100円なんだぜ!しかも4つで100円!
てことは俺は25円よ。25円以上の働き求めんなよ!
布団カバーさんを手放しちゃっても文句言うなよ!十分頑張ったからな!





悔しいことに今二人の状況はわからない。
今は願うことしか俺にはできない。


なぜなら俺は今、家の最寄り駅から電車を乗り継いで辿り着いたDOUTORにいる。
そんな俺の肌に当たるのはエアコンの温かい微風のみ。

二人が今必死に戦っているにも関わらず、俺は安全で暖かく過ごしやすい場所でゆっくりしている。
なんて非情なやつなんだと罵ってくれても構わない。
ちくしょー!申し訳ない!




快適な室内にいながらも心配で仕方ない。

布団が吹っ飛んだとはよく聞くが、布団カバーが吹っ飛んだなんて初めての語感だぞ。

でも布団よりも布団カバーの方が吹っ飛ぶ確率は高いだろ。
いや、そんなこと案ずるんでない。


 
家に帰った時に無事に布団カバー君が俺を待っていてくれれば、それだけで今日は良い一日になる。



洗濯バサミ君もいつも物干し竿に挟みっぱなしで申し訳ない。
こんなにもむげに扱っていたなんて、この突風が吹くまで考えもしなかった。
今日は家に入れてやろう。いや、今日からは。



とにかく無事でいてくれるだけでいい。
耐え忍んでくれたら、また暖かい部屋で一緒に寝るんだ。
洗濯バサミも一緒にな。





そんなこんなで22時頃家に到着。
駅から歩いている間ずっと布団カバーが気になって仕方がなかった。


鍵を開け家に入り乱雑に靴を脱ぎ荷物を放り投げすぐさま布団カバーに会いに向う。



12時間ぶりの対面。
すると洗濯バサミはしっかりと布団カバーを離さず掴んでくれていた!




しかしまさかの光景を目の当たりにした。


なんと物干し竿ごと吹っ飛ばされており、布団カバーと洗濯バサミもろとも地面に転がっている…。



一個25円の洗濯バサミは物干し竿から布団カバーを離すことなく頑張ってくれていたのに。




完全に盲点だった。



俺は布団カバーと洗濯バサミの無事を祈るばかりで、物干し竿の無事を少しも考えてやれていなかった。
無情すぎる。


地面に転がった布団カバーを払い、物干し竿を元の位置にまた掛ける。



布団カバーを取り込むために洗濯バサミを摘むと、ボキッという音を立てた。


摘む箇所の根本の太い部分がきれいに真っ二つに割れてしまった。



うわぁぁあ。

最後の力を振り絞って、布団カバーをずっと掴んでいてくれていたんだ。
あの突風から守っていてくれたんだ。



今日は部屋で洗濯バサミを弔おう。
そして共に生活してきた仲間として労おうではないか。


Thank you for Sentaku Basami.

Sentaku Basami forever.

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