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村上ホームラン療法

そんなわけで、休職中でござんす。
人生初の休職ライフが過ぎていっています。

気づけば上品先生から「じゃ、今日から休職ってことにしておきますね」と言われた宣告日からすでに半月以上がすぎていて、ゴールデンウィークももう終わっていたりして、ええっ!と思ったりしている。

仕事に行かない、ということは決まった予定が通院くらいしかないので、あっという間に曜日感覚がなくなります。曜日、ほんとわかんなくなるよ。
最近ではテレビはあまり見たくないので、夜22時くらいを過ぎてようやくテレビのスイッチをつけるのであるが(そして23時くらいには消す)、はて、つけてみるまで今日が何曜日なのかわかっていなかった、ということがよくある。

「グレーテルのかまど」をやってる、あ、月曜日なんだ!
とか、
「歴史探偵」やってる。お、水曜日か。
などのように、一日の終わりにその曜日を知るのである。
まぁ、曜日なんてそれくらいのもんなんでしょうね。知らなくてもなんてことないよ。

家事は概ねできない。
鬱になると家事や身の回りの事ができなくなるというが、本当である。やりたくてもやりたくても、体が言うことを聞いてくれない。
娘のお弁当は夫(もしくは娘自身)が作り、食事の片付けや洗濯などもすべて家族がやってくれている。わたしはそれを「ごめんね役立たずで…」「ほんとうに申し訳ない」などと言って胸を痛めながら、それでも鉛のような脳と体で横になり、なにもできずにいるのだった。
それはそれは辛い時間だったな。

ちなみに夫はわたしが申し訳なさがる度に、「申し訳ないとか役に立たないとか思う必要はない。今のあなたは、病からの回復というひとつのことだけ考えてくれたらそれでいい。それに実際こんな家事なんて、なんてことないんだから」と言う。ありがたくてこの人には足を向けて寝ないように気をつけている。

心身の調子はといえば、うーん、前半はビッグサンダーマウンテンもしくはスプラッシュマウンテンのようだった。
一時はもうわたしは生涯ずっと鬱人間だと思い、鼻水垂らして泣きながら「もう私の鬱は治らないと思う」と夫に訴えたり(そしてその度に穏やかに諭してくれる夫にマジ感謝)、一人きりの部屋の中でつらく悲しんでいたらハァ、ハァ、ハァ、となぜか息が荒くなってきて胸がギューッと痛くなって、おそらくあれはパニック発作のようなものだったのだろうか?そんなことにもなってしまったり。
苦しくて苦しくてたまらなかった。
つらくて、苦しくて、いなくなってしまいたいくらい。でもいなくなれないんだ。

「どうしていいかわからない」

その12文字を握りしめて、わたしは4月を必死に生きていた。

ピルクル
ミニッツメイド

で、五月。

わたしの場合、何もせずに家でぼーっとしていると鬱が悪化するので、出かけたり何かしたり人に会ったり試行錯誤していた。

GWには四季さんに会った。

前日に、

「明日大丈夫そうですか?もし無理そうならごめん的なスタンプ1つで大丈夫ですよ」

というようなLINEをしてきてくれて、こういうのすごくスマートだなぁ、そしてありがたいなぁとしみじみ思った。

久しぶりに会った四季さんはとても素敵な黄緑色のストールを首に巻かれていて、イッセイミヤケに夢中であることを聴かせてくれた。四季さん、いつもなにかに夢中なんだよな。しかもそれを素直に教えてくれて、それがすごく素敵で、かわいくて、わたしは彼女のそんなところが好きだ。

綺麗なお洋服を着る、という刺激を受けて、「そういえばわたしはこのひと月あまりどうでもいいチノパンとトレーナーばっかり着ているな」と思い返す。くすんでる。また、綺麗なお洋服が着たいと思えるくらい元気になりたい。

あと、映画も観に行ってみた。

「ブルックリンでオペラを」というタイトルに惹かれて。
が、思っていたのとまったく違う展開、ストーリーで、途中で見るのをやめて映画館を出ようようかと思ったほど。
なんじゃこりゃ~気が塞ぐ~……いま私が見るタイプのものじゃないよ…と思っても時すでに遅し。
アン・ハサウェイが洋服を脱いで絶叫した場面ではもう白目を剥いて気絶しそうになったが、最後まで見たらまぁ「はい、よかったね~」な終わり方だったのでまあよかった…。二度と観ないけど…。

そして、不思議な事件が起こるのである。

3月に、GWの神宮球場の野球のチケットをとってあった。その頃はまだ元気だったからなのだが、いまの私に野球は無理かな?(気分的にも、体力的にも)と不安があった。
ただ少し調子が良かったから、夫の「気分が変わるかもしれないから行ってみたら?疲れたら早めに帰ればいいし」との後押しもあり、なんとか体調を整えて観に行ったんです。

夕暮れの神宮はいつもきれい

わたしの好きなパノラマルーフ席。
ヤクルト対中日。
座席に座ったとき、試合が始まったとき、はたしてどんな気持ちになるか。「帰りたい」「つらい」と思うかもしれないな、と懸念していたけれど、球場でのわたしの心の中には「野球って楽しい」がぐんぐんと広がっていた。
手を叩いて応援し、点が入ると歓喜して傘を振る。一球に喜び、一球にくやしがる。
つらいことなんて忘れて、心から野球を楽しめていた。

そして、事件は村上くんのホームランを見たときに起きた。
村上くんがドカーン!と打った球を目で追って、スタンドに入ったのを確認した瞬間、

「パーン」

という音がしたのだ。

打撃音ではありません。わたしの頭の中で、パァーンとなにかがはじけたのだ。
「おめでとう!」のクラッカーみたいな感じのなにかがめでたく炸裂する音が頭の中で鳴った。

脳内で誰かに「おめでとう!」と言われてクラッカーを鳴らされた、みたいな感じです。はて、誰?なに?なんなの?

結局なんだったのかは分からないのだが、
実はその日以来、鬱になってからずっとお腹の中にあった鉛のようななにか黒々した重たいものが消えている。

あれ?

消えている。
昨日まであったあの、黒くて苦しくてつらいあいつ。どこいったんだ?

そして心身の調子がとても良くなり、平常心を保てるようになった。朝起きて、ゴロンと横にならずにちゃんと顔を洗い、化粧をし、朝ごはんを食べ、勉強しに出かけ…ということができている。

今日の診察では上品先生も驚いた顔をして「すごい。顔つきがぜんぜん違いますよ」と笑っていた。あまりにもいきなり調子が良くなってしまったので大丈夫か?と自分ではかなり怪訝なのだが、もしかするとこれは村上ホームラン療法だったのではないだろうか。

村上くんホームラン打つ

歓喜する……脳に多幸感をもたらす幸せホルモンが大放出
叫ぶ……大声を出すことによりエンドルフィンの放出が促される
両手を上げてバンザイする……肩周りのストレッチとなり脳の血流を良くする

鬱が良くなる

みたいな……。

いやほんとに、もしかしたらそういうことってあるのかもしれませんよね。
村上くん、ありがとう。

とにもかくにも、調子は良くなってきました。
全快とはいえないけど、まさか5月半ばでこんなに元気になれるとは思っていなかった程度には元気になれているので、引き続き焦らず元気になっていくのをゆっくり目指そうと思う。

上品先生には「こんなに元気だったらもう仕事戻れますよね。次回の診察で復職判断しましょうか」と言われてしまったが……焦らず、焦らず。