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39回目 Toni Morrison, 'A MERCY' を精読 Part 3。 そのテーマの重みを確と読み取らねばなりません

<報告> 前回投稿(38回目)に添付した Study Notes の Page 2, Page 3に誤りを見つけ、訂正を加えました。訂正部分は赤字で明示しています。既にこの Study Notes をご覧頂いている方には、ご確認頂けますようお願い致します。当該ファイルは然るべく差し替え済みです。


A. フロレンスが味わう屈辱感

屈辱感については、前稿(38回目投稿)の冒頭で取り上げた部分、 to lie quietly in the dark--weeping perhaps or occasionally seeing the blood once more-- が、この小説の主題が何であるかを予告していたのです。主題である屈辱的な出来事として現れるシーンの一つを次に取り上げます。

鍛冶職人の居場所を探して冬の野山を歩き進む途中に見つかった村の一軒、白人母子家庭では、食事にもありつけたのですが。そこに押しかけてきた村人たちにフロレンスは珍しい生き物、あたかも初めて目にした動物であるかの如く、「確認検査」の対象にされますが、何とかそこを逃げ出すことに成功し、この鍛冶職人の住処を探す歩行を再開します。

[原文 A1] I walk alone except for the eyes that join me on my journey. Eyes that do not recognize me, eyes that examine me for a tail, an extra teat, a man's whip between my legs. Wondering eyes that stare and decide if my navel is in the right place if my knees bend backward like the forelegs of a dog. They want to see if my tongue is split like a snake's or if my teeth are filing to points to chew them up. To know if I can spring out of the darkness and bite.
[和訳 A1] 私は一人になって歩き続けます。一人といっても、この時の私にはあの何人もの目が付いています。この目は私のことが良く解らない目なのです。私をじろじろ目視・検証しようとする目です。しっぽがついてはいないか、二つ以上の乳首がありはしないか、男が手にしていたムチ打ち棒が私の太ももの間を指し示しもします。好奇心いっぱいの大勢の目が私を取り囲んでいます。私を見まわし、おへそが自分たちと同じ位置にあるのか、私の膝が犬の前足のように後方に折れ曲がるのか見てみたいのです。蛇の舌のように私の舌が二つに割れていないのか、人にかみつき噛み砕くのに適したように先のとがった歯が並んではいないのかという訳です。暗闇に潜んでいていきなり跳びかかり噛みついたりしないのかを知りたいのです。

From line 29 on page 112 to line 6 on page 113,
"A Mercy", a Vintage edition paperback

[原文 A2] Inside I am shrinking. I climb the streambed under watching trees and know I am not the same. I am losing something with each step I take. I can feel the drain. Something precious is leaving me. I am a thing apart. With the letter I belong and am lawful. Without it I am a weak calf abandon by the herd, a turtle without shell, a minion with no telltale signs but a darkness I am born with, outside, yes, but inside as well and the inside dark is small, feathered and toothy.
[和訳 A2] 私の内側、心には不安が高まります。たくさん立ち並ぶ木々に見つめられながら、その直ぐ下を行く川の砂地によじ登るのですが、その時、私は自分がそれまでの自分ではないことに気が付きます。一歩一歩、歩むごとに何かが私から零れ落ちていくのです。水が滴り落ちるようにです。自分にとってとても大切なものが私から離れて行くのです。私は何からも見放され、一人ぼっちです。あの手紙を身に着けているときは私は何かに属していました。このように一人でいても法律に違反していません。それをなくした今の私は群れからはぐれたか弱い子牛です。甲羅をなくした亀です。生まれながらの暗い色の肌しか自分の素性を示すしるしはありません。このしるし、目に見えるもののことですが、心の内側もよく似たものです。心の内側が暗い色なのは野蛮・動物で羽根毛があったり尖った歯や牙を備えています。

Lines 6-14 on page 113,
"A Mercy", a Vintage edition paperback

[原文 A3] Is that what my mother knows? Why she chooses me to live without? Not the outside dark we share, a minha mae and me, but the inside one we don't. Is this dying mine alone? Is the clawing feathery thing the only life in me? You will tell me. You have the outside dark as well. And when I see you and fall into you I know I am live. Sudden it is not like before when I am always in fright. I am not afraid of anything now. The sun's going leaves darkness behind and the dark is me. Is we. Is my home.
[和訳 A3] こんな事実をお母さんは知っていますか? 何が理由でお母さんは私がお母さんと離れ離れで生きることになる道を選んだのですか? 母さんと私は暗い色の肌である点で同じだから、肌の色が理由ではないのです。しかし心の内側にあるものは同じではないのです。これほど強い望みは私だけのものですか? 羽根毛の生えたもの(食鳥)の羽根毛をむしっている生活しか私にはないのですか? 母さん、教えてください。母さんも私と同様に暗い色の肌をしています。そして私は母さんを目にして、母さんの胸に抱かれるときは本当に生きている気がします。突然にそれまでとは変わってしまい、いつも恐怖に包まれています。しかし今日の今は、何をも恐ろしいとは思いません。お日さまが沈む時には暗い色の世界が残されます。暗い色の世界は私自身です。いえ、母さんと私との二人の世界です。この色の世界は私のホームです。

Lines 14-23 on page 113,
"A Mercy", a Vintage edition paperback


B. フロレンスの母が味わった屈辱

小説最後の章はフロレンスの母の独白です。アフリカから売り飛ばされ苦しい船旅。バルバドス島に到着。この時点ではこの先どういう生活になるのかを必死に推理・推測します。その過程のごく一部が次の文章です。

[原文 B1]Barbados, I heard them say. After times and times of puzzle about why I could not die as others did. After pretending to be so in order to get thrown overboard. Whatever the mind plans, the body has other interests. So to Barbados where I found relief in the clean air and standing up straight under a sky the color of home. Gratified for the familiar heat of the sun instead of the steam of packed flesh. Gratified too for the earth supporting my feet never mind the pen I shared with so many.
[和訳 B1] 管理者たちがバルバドスだと言っているのが私にも聞こえました。他の何人もの人たちが死を選んだようにどうして私は死ねないのだろうと何度も何度も考え日々を過ごしました。死ねば甲板から海に投げ捨ててもらえるからと何度も死んだふりをしてみました。そんな日々を過ごしたあげく、ようやくこの時がやってきたのでした。頭でこうすればと考えることと身体がこうしたいと望むことはべつなのです。たどり着いたバルバドスです。きれいな空気に触れ、私の国と同じ色の空の下で背筋を伸ばしてみて救われる思いを味わいました。混みあった肉体が発する蒸気に替わってなじみある太陽の暖かさに感謝しました。加えて、ひどい大人数の人々と一緒くたの収容小屋のことには触れないことにしてですが、土の大地を踏みしめることができて感謝しました。

Lines 1-10 on page 163,
"A Mercy", a Vintage edition paperback

[原文 B2]The pen was smaller than the cargo hold we sailed in. One by one we were made to jump high, to bend over, to open our mouths. The children were best at this. Like grass trampled by elephants, they sprang up to try life again. They had stopped weeping long ago. Now, eyes wide, they tried to please, to show their ability and therefore their living worth. How unlikely their survival. How likely another herd will come to destroy them. A herd of men of heaped teeth fingering the hasps of whips. Men flushed red with cravings. Or, as I came to learn, destroyed by fatal ground life in the cane we were brought there to harvest.
[和訳 B2] ここの収容小屋は私たちを運んだ船の船倉の貨物部屋よりも狭いものでした。一人一人が呼び上げられ、飛び跳ねたり、腰を大きく曲げたり、口を大きく開いたりさせられました。これらの動きとなると子供たち方が上手でした。象の一団に踏みつけられた草のように私たちは生活を始めるべく意気込みました。私たちはとっくの昔に涙を流すことを無くしていました。私たち誰もが自分を集まった多くの人の目に格好よく見せようと努力し、自分の能力の高いこと(力が強い、まじめだなどの特性)、ひいては自分の命・活力に値打ちのあることを示そうと努力しました。生き延びることができる可能性が如何に小さかろうと。他の集団が現れて私たちを殺してしまう可能性が如何に高かろうが私たちはそうしたのでした。他の集団とは、口に食べ物を一杯にしていて、ムチにつながる金具を指に絡ませている一群の男たちのことです。この連中は残酷な行為ができることへの期待感で顔を赤らめていました。この男たちに殺されるのでなければ、後になって判ったことですが、畑地に生存する危険な生物によって、その収穫作業のために連れてこられたサトウキビ畑で死ぬことになるのでした。

Lines 10-21 on page 163,
"A Mercy", a Vintage edition paperback

[原文 B3] Snakes, tarantulas, lizards they called gators. I was burning sweat in cane only a short time when they took me away to sit on a platform in the sun. It was there I learned how I was not a person from my country, not from my families. I was negrita. Everything. Language, dress, gods, dance, habits, decoration, song--all of it cooked together in the color of my skin. So it was as a black that I was purchased by Senhor, taken out of the cane and shipped north to his tobacco plants.
[和訳 B3] ヘビ、タランチュラ、この地ではゲイターと称されるワニのようなトカゲです。私はサトウキビ畑で汗を炎のように吹き出し燃えました。しかしそれは少しの期間で、その畑から連れ出され、太陽にさらされた展示用の舞台に座らされました。私が自分の国、自分の家族と繋がりを持つ人間とは考えられていないことを知ることになったのがこの時でした。私はニグリッタと呼ばれる一括りの女性たちの一人でした。様々なはずのものすべて、言葉、衣類、神、踊り方、習慣、飾り方、歌、これらすべてが無視され、私と同じ肌の色を共通要素として一括りにされたのです。そのような流れから私は一人の大将(ポルトガル人のセニョール)に一人の黒人として買い上げられ、サトウキビ農場から北方のタバコ農園に移送されたのです。

Lines 21-30 on page 163,
"A Mercy", a Vintage edition paperback


C. フロレンスが屈辱を乗り越えたいと考える理由

フロレンス自身のお話、恋した鍛冶職人に向けた話は、この最後の部分になるとヨーロッパ人全体に向けた、彼らが作り上げた文化へのあこがれとそれが道連れにして作り出した差別への抗議とが混然一体となった叫びの様相を帯びてくるのです。私の思い込みが過ぎるのかもしれませんが。

フロレンスは鍛冶職人の住まいにたどり着きこの男にレベッカが待つ家に向かわせることに成功します。しかしフロレンスの苦難のお使いの旅のもう一つの目的、彼と一緒に暮らすという希望は無残に拒否され叩き出されます。今は亡きジェイコブの家にもどって始まったフロレンスの生活が以下の文章です。

[原文 C] It is three months since I run from you and I never before see leaves make this much blood and brass. Color so loud it hurts the eye and for relief I must stare at the heavens high above the tree line. At night when day-bright gives way to stars, jeweling the cold black sky, I leave Lina sleeping and come to this room.
If you are live or ever you heal you will have to bend down to read my telling, crawl perhaps in a few places. I apologize for the discomfort. Sometimes the tip of the nail skates away and the forming of words is disorderly. Reverend Father never likes that. …
[原文 C] あなたの処から逃げ出して3ヵ月になります。私は草木に葉がこれほどまでに酷く血を噴出させ、膿を持たせることがあるとはこれまで聞いたことがありません。その色があまりにも痛々しいので、目を癒すべく木が茂る山並みのはるかに上方の大空を見つめないではおれません。夜が来て昼間の明るさが星たちにその場を譲り、星たちが宝石のごとく冷たく暗い空を飾る時刻になると隣で眠るリナをそのままにしてこの部屋に上ってきます。
  もしあなたが生きているのなら、あるいは傷が癒えているのならば、私のお話を読み・理解してください。このお話に膝まづかざるを得ないはずです。あるいはおそらく、お話のところどころで、這いつくばざるを得ないはずです。読みにくい箇所があったらお許しください。私の指の爪の先がくるって、時々ですが言葉が不規則になるのです。あの司祭さまだったら、このような誤りを決してお許しにならないのです。・・・

Lines 7-17 on page 156,
"A Mercy", a Vintage edition paperback

(付記:私の読み方) 眠り込んでいるリナを残して、フロレンスが上がってきた部屋は亡きジェイコブが建てた豪邸のメインルームです。二人の下働き男がジェイコブの亡霊が住んでいるとひそひそ話をしていた部屋です。フロレンスはここで夜中にランプの灯りの下、自分の身体で光が屋外に漏れるのを防ぎながら、この小説にある彼女の物語(告白)を綴り続けているのです。それは鍛冶職人に向けた怒りとあこがれの入り混じった独白であるとともに鍛冶職人に代表させたヨーロッパの先進の文化、それを作り上げ維持し繫栄しているヨーロッパ人への訴えなのです。   < 以上 >


D. Study Notes の無償公開

以下に私の Study Notes、原書 Pages 99 - 164 に対応する部分をワードファイルと PDF ファイルの2形式にて公開します。A5サイズの冊子形状にフォーマットされています。