口紅を買えなかった日のこと
私は口紅を一本も持っていない。
グロスや、わずかに色のつくリップクリームの類は持っているけれど、いわゆる「ルージュ」と呼ばれるような、正式な口紅といえるものは所持していない。
口紅は、いつか大人になったら買うものだという意識があったからかもしれない。仕事ができて、知性をまとっていて、所作が美しく、それまでの人生で得た経験の深みを佇まいから感じさせるような、「大人」の女性。
だから、まだ私には早いだろう、まだ口紅の似合う「大人」ではないんだから、と口紅を買うことをずっと先