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『ねぇ 知ってる?』

『ねぇ 知ってる?』【超短編小説 081】

志津子は、修治のマグカップに白湯を注ぎテーブルの上に置く。
「ありがと」と、ぽつりと言うと、修治は自分の目の前に置かれたマグカップを一瞥して再びスマホをいじりはじめた。

夜の9時。この時間でも暖かくなってきた5月の初め。風呂上がりの志津子は頭にタオルを巻いたまま自分のマグカップで白湯を飲みながら修治の姿を見ていた。

同棲して半年が経つ。最初は一緒にいてもスマホばかり見ている修治に腹が立ったが、今はもう怒ることは無くなった。諦めたのではなく、修治はスマホでゲームをやるわけでもなく、YouTubeを観るわけでもなく、志津子と行きたい場所や店、ふたりで買いたい物の検索をしてくれていることが分かり、それが嬉しかったからだ。

でも、かまってほしくなる時もある。今夜もそんな夜だった。

「ねぇ 知ってる?」
テーブル越しの修治の顔を覗き込むように前のめりになりながら志津子は聞いた。

「ん・・・・」
修治はスマホから目を離さずに、興味なさげな返しをする。

「ねぇ 知ってるの?」

「何を?」

「・・・」
志津子はまだ目を合わさない修治をじっと見つめている。

「知ってるって、何を?」
スマホを見ながら質問する修治。

「もう、いいや」と言い放ち白湯を飲み干す志津子。
その言い方の強さに驚いて、修治はやっと顔を上げて志津子の顔を見た。

「つん」とそっぽを向く志津子に対して
「知ってるって、何を?」と、もう一度修治は聞いた。

「あんまり興味ないみたいだからもういいよ、まぁ今話すような内容でもないし。気にしないで」

「何だよそれ。すごい気になるじゃん。ちゃんと聞くから教えてよ」
スマホをテーブルに置き、懇願するように志津子を見上げる修治。

しかしそんな修治の姿には目もくれずに洗面所に向かいながら一言。
「わたしが何の話をしたかったのか、考えて」

修治は一人、上を向きながら考える。頭をぼりぼり掻きながら考える。
洗面所から志津子が髪を乾かすドライヤーの音が聞こえる。
すぐに集中力を欠いた修治は、大きなため息を吐いて志津子が入れてくれた白湯を一気に飲み干した。

洗面所から志津子が戻ってきて再びシャンプーの心地よい香りに包まれる。

修治は、観念したようにテーブルの上に伏せながら両手を合わせる。
「しづちゃん、考えても全然分からない。けど、気になって仕方がない。頼むから教えてくれ。」

「明日でいいよ、もう寝よう」

「いや、嫌だ。気になって眠れない」

「わかったわよ」そう言って志津子は、イスに座ったままの修治の頭を撫でながら、修治の耳元に顔を寄せて呟いた。

「ねぇ 知ってる? あなた半年前に死んだのよ」

志津子の腕の中にいた修治の姿は「すぅ」と消えた。
残されたスマホとマグカップだけがテーブルの上で、彼の存在を証していた。

「おやすみ修治」

マグカップ女性01

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