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虎に翼 第30話

直言(岡部たかし)がせっせと作る愛娘スクラップ、その冊子の隣に置かれた新聞記事の大見出しは「我軍 武漢陥落後も進撃の巨歩緩めず」。
……歴史的に見れば、日中戦争はこの武漢攻略戦で終結の糸口を見失った。「進撃の巨歩を緩め」なかったのではない、退くに退けない泥沼に突き進んだのだ。

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世相は暗い方向へ突き進んでいるが、高等試験に合格した、初の女性弁護士の一人となった寅子(伊藤沙莉)の周りはお祝い一色である。
ずっと前から応援してくれていた人も「よく堂々としてられるな」から「昔から利発な子と思っとったよ」と手の平返す人も、とにかく祝福に次ぐ祝福だ。

そして、花岡(岩田剛典)からお祝いの花束と共に、まことにふんわりした、微かな芳香程度のプロポーズ……

「猪爪なら成し遂げると思っていたよ。もし駄目でも(略)俺がいるから、その頃には俺も一人前になってるだろうからさ」

ん?えっ?これに、寅子はうまーく「ありがとう、私のことを考えてくれて」と流したが、それは……

「弁護士を目指したいなら、いくらでも挑戦するといいよ。来年駄目でも、俺が結婚相手としているからさ。結婚すれば俺が理解ある夫として支えるから、何度でも挑戦できる。諦めても結婚してるから嫁き遅れなく安心だ」

という意味ですか?この、悪気なく、しかしさりげなく駄目ポイントを加算してしまうイケメンは、これまでの朝ドラ作品で何人かいたぞ。そして、漫画『西洋骨董洋菓子店(よしながふみ著)』の橘も思い出す。大丈夫かい、花岡くん。

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綺麗に手の平を返した代表格、明律大学の総務部長(津村知与支)が集まった記者を前にして言う

「こちらの中山さん(安藤輪子)のご主人は、栄えある皇軍勇士として今まさに、大陸に出征中であります!どうぞ取材なさってください!」

この台詞に、冒頭の新聞記事と併せて日中戦争を意識する。中山先輩のご夫君の「君が女性弁護士にならねば他の誰がなるんだ」という励ましは、新聞記事上で戦中の美談として消費されてしまうのだろうか。

祝われれば祝われるほど、伏し目がちになってゆく寅子……

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訪ねてきた山田よね(土居志央梨)が語る、口述試験に落ちた理由。
服装…男物の服を身に着けていることを指摘されたのであった。もうここまで来たら疑いようがない、久保田先輩(小林涼子)が昨年不合格だった理由は「結婚の予定は?」と訊ねられ「それは試験に関係がないのでは」と答えたから。寅子が月経痛で本調子ではないのに合格したのは、その様子がしおらしく、殊勝に見えたから。
これまでの勉学の成果ではなく、女性らしいかどうかが合否を左右していた……生意気に見えないよう、男性の仲間に入れてもらえるよう、頭を低く、自分であることを殺さねばならない試験。

「私は自分を曲げない。いつか必ず合格してみせる」

果たしてその日は……来るのか。100年後の私たちは、これまで経てきた数々の試験、面接を振り返ることになる構成ではないか。

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祝賀会の寅子の演説は圧巻であった。「聞かせる長台詞」、伊藤沙莉ここにあり。朝ドラ史上、いやドラマ史上に残る名演説シーンだろう。

「志半ばで諦めた友。そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかったご婦人方がいることを、私は知っているのですから」
「私たち、すごく怒っているんです。ですよね?法改正が成されても、結局女は不利なまま。女は弁護士になれても、裁判官や検事にはなれない。男性と同じ試験を受けているのに、ですよ?女というだけで、できないことばっかり。まあ、そもそもおかしいんですよ。法律が私たちを虐げているのですから。」
「生い立ちや、信念や、格好で切り捨てられたりしない。
男か女かでふるいにかけられない社会になることを、私は心から願います。いや。みんなでしませんか?しましょうよ!(略)
「そのためによき弁護士になるよう尽力します。困っている方を救い続けます。男女、関係なく!」

そう、男女関係なく。この作品はここまで、苛まれる人物を描いてきた。女性というだけで望む未来が閉ざされる少女たち。性的に搾取される、よねととその姉、カフェーの女性たち。男らしさを履き違えていた花岡。社会的地位ある男性だからこそ追い詰められた直言。家父長制の犠牲となった梅子(平岩紙)と、その息子たち。
そして、すでにそれは中山先輩の夫で表されているが、これから登場人物に赤紙が来るであろう……徴兵される男性。

苛むのは社会構造。しかし、社会というのは人間が形成するものであるから、そこにいる私たちがその気になれば、変えられるはずなのだと、この作品は訴える。簡単なことではない、それこそ石を穿つような話だ。

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寅子の演説を聞いて、思わず笑い出す桂場(松山ケンイチ)。彼は、大物政治家から直接圧力をかけられても「水中に月影を掬い上げようとするかの如し」の判決文を書いた、反骨の人間である。自分以外にも周りの空気など跳ねのけて堂々と反骨精神を表明する人物、それも若い女性が現れたことが愉快で笑ってしまったのだ。こりゃ面白いことになってきた、となりますよね。
同じく、こりゃ面白いことになってきた、この国もまだまだ捨てたもんじゃないぜと笑い、寅子にクローズアップした記事を書いたのが竹中(高橋努)である。彼も実は反骨の新聞記者だろう。そして彼のあの記事が、第1話に寅子が開く愛娘スクラップ、一つだけ「でかした!」のコメントが添えられた記事であったという……
あの演説を聞いて、シーンとしらけた会場の男性陣の中で、笑顔を見せた桂場、竹中、さすが猪爪!と満足げに頷く轟(戸塚純貴)、素晴らしいと拍手した穂高先生(小林薫)。彼らは「わかりやすい女性の味方」としてではなく、理非を正す人物として作品にいる。

水滴石穿。男女関係なく、ひとりひとりが水の一滴になり、いつか石は穿たれるのか。

来週はいよいよ、女性弁護士として寅子が歩み出す。地獄への第一歩、観ます。
(つづく)






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