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『チョコとタイムマシン』本編

俺がCTスキャン装置のベッドで目をさますと、生機学研究所のマッドサイエンティスト真鍋冴子こと通称サイコが、無邪気に目をキラキラさせながら興味津々に顔を覗き込んで来た。

サイコ「ねえねえ、何周目? 何周目?」

意味が分からない。
サイコとは昔からの腐れ縁だが、こいつの考える事はいつでも俺の想像を超えている。

バカと天才は紙一重という言葉があるが、こいつは紙一重の差でなんとかギリギリ天才側に位置しているようだ。

俺「何をまた意味不明な事、言ってるんだよ。俺、今この機械の中で寝て起きただけだろー。」

サイコ「あはははは! まっちゃんバカだなー! これがただのCTスキャン装置だと思ったのー? これはスキャンした脳波をデータに変換して、もう一度そのデータを脳に上書きする装置なのだよ! しかも、虚数周波数帯の受信データがあった場合はそれを上書きするオプション付きなのだよ! すごいだろう! 分かるかねー?」

俺「なるほど、さっぱり分からん! つまりあれか? その虚数波だかなんだかを受信したら俺の脳が乗っ取られるって事か?」

サイコ「おー! まっちゃん、意外と賢いな! その通り! しかし安心するが良い! 現時点で地球上に虚数波を発信する技術は無い! あっはっは!」

俺「ますます意味が分からん。だいたい、俺は恋愛相談に来たはずなんだが! なんでこんな装置の実験台にならないといかんのだ!」

サイコ「んー? 今まで『年齢=彼女居ない歴』だったまっちゃんが、突然二人の女性から本命チョコをもらったから、どっちの女性を選べばいいのかっていう命題でしょ? だからセーブポイントを用意してあげたのではないか!」

俺「セーブポイント? おまえゲームのやりすぎだろ! じゃあ、俺そろそろ行くわ。おかげでなんだか決心がついたよ。まあ、なんだ、ありがとな!」

サイコ「おうよ! あたしゃ、まっちゃんの選択を全力で応援しとるからな! だが、もしうまく行かなかったらまた相談に来るが良い! 待ってるぞい!」

そう、今年のバレンタインデーは、俺史上初の瞬間モテ期というやつだったのだ。
なんと、これまでの人生でただの一度も告白なんてされた事の無かった俺が、同時に2人の女性から本命チョコをもらってしまったのである。

1人は、大財閥の一人娘『五条原麗子』。

多少わがままなところもあるが、女優レベルの美人だ。

もう1人は、普通の中流家庭の三女『田中幸子』。

どこにでもいそうな、人なつっこくて明るい性格の良い娘だ。

どちらもとても魅力的な女性だったが、やはり生きていくにはお金が大事だ。そう考えた俺は、『五条原麗子』を選んだ。

俺と麗子はまもなく結婚し、誰もがうらやむような贅沢な生活を手に入れ、
5年後には、俺は五条原財閥傘下の商社社長に成り上がっていた。

しかし、経済的には恵まれていたものの、全ての決定権は麗子の父親である会長にあり、傀儡社長として上と下から板ばさみにされ責任だけを負わされ続けていた俺は、身も心もボロボロになっていた……。

そして、俺に興味を失った麗子は愛人を作り、家に帰って来ることは無かった。

こんなはずじゃ無かった……。
俺の選択は間違っていたのだろうか?


俺はふと、サイコの「うまく行かなかったらまた相談に来い」という言葉を思い出し、すがるような気持ちで生機学研究所を訪れてみた。

なんと、サイコはわずか5年ちょっとで研究所の所長になっていた。

さすがは天才科学者だ。

サイコ「あっはっは! まっちゃん、久しぶり! その顔はどうやらうまく行かなかったようだね? 思ったより早かったなー! でも大丈夫! ちょうど例の装置が完成したところなのだ!」

所長ともなれば、少しは落ち着いているかと思いきや、サイコは相変わらず能天気で無邪気な天才マッドサイエンティストだった。

だが、それがむしろ懐かしくも頼もしく、なんだか涙が出そうになる。

俺「例の装置ってまさか?」

サイコ「そう! あの時のまっちゃんに、現在の記憶と意識を虚数波に変換して送信するのだー! なんと虚数波はこの宇宙で唯一時間を遡る事ができるのであーる! えっへん!」

にわかには信じられない話だが、こいつは天才で、嘘だけはつかない女だ。
彼女がタイムマシンを発明したと言うなら、それは疑いようが無く事実だ。

サイコ「見よ! これが『ハートリーパー初号機』だー!」

サイコがそう言って、かぶせてあったシーツをジャーンと取り除くと、中にはあの時と同じようなCTスキャン装置があった。

俺「ハートリーパー? なんか無駄にかっこいい名前だけど、これがタイムマシンなのか……?」

しばらく昔話に花を咲かせた後、俺はハートリーパーのベッドの上に横になり、サイコは装置を起動させる。

サイコ「あ、そうそう。スキャンがはじまると、過去の記憶が走馬灯のように頭の中に流れると思うけど、気にしないように!」

俺「おいおい、走馬灯ってなんだよ!? 俺死ぬの? 本当にこの機械大丈夫なのか? ちゃんとテストしたんだろうな!?」
 
サイコ「今度は選択を間違えるなよー! まっちゃん、幸せにな~れ!」

そう言って、サイコがボタンを押すと、大きなリング状のスキャン装置がグイーンと回りだしギュンギュンと加速していく。

俺の視界は装置の加速と共にグルグルと回り始め、脳みそを掃除機で吸い取られるような感覚と共に、過去の記憶が走馬灯のように高速再生されていく。

幸せから不幸へと転落していった麗子との日々。

サイコと一緒にバカなことばかりしていた大学時代。

陰鬱な日々の中でサイコと再会した高校時代。

記憶から消し去りたい黒歴史ばかりの中学時代。

そして、サイコとはじめて出会った小学生の頃の映像。

走馬灯は加速しつつどんどんと遡り、最後に俺は意識を失った……。

……

俺がCTスキャン装置のベッドで目をさますと、俺のもっとも頼りになる友人、そして未来の研究所所長、真鍋冴子こと通称サイコが、無邪気に目をキラキラさせて、興味津々に顔を覗き込んで来た。

サイコ「ねえねえ、何周目? 何周目?」

俺「2周目だ……。5年先の未来からおまえの装置で戻ってきたんだよ。」

サイコ「うっひょう! マジか! 私やっぱり天才だなー!」

俺「ああ、おまえはマジですごいやつだよ。本物の天才だ。」

サイコ「あっはっは! まっちゃんに褒められるとなんか照れるぜー! んで、1周目はどっちにしたんだい? 今度はどっちを選ぶんだい?」

俺「1週目は麗子を選んだ。でもうまく行かなかった……。やっぱり自分の身の丈に合った相手が一番なんだな。次は田中幸子さんと付き合ってみるよ。」

サイコ「そうかそうか! あたしゃ、まっちゃんの選択を全力で応援しとるからな! だが、もしうまく行かなかったらまた相談に来るが良い! 待ってるぞい!」

そして、俺は『田中幸子』を選んだ。
俺と幸子はまもなく結婚し、貧乏ながらも協力し合い、幸せな家庭を築いていった。

無我夢中で生きていると月日が過ぎ去るのは一瞬だ。

気がつけば、いつの間にか10年余りが過ぎていた。

医療用ナノマシン薬が発達し、健康面でもリスクの少ない時代になっていた。
噂では、このナノマシン薬の発明もあのサイコによるものらしい。

そうだ。
あの天才科学者、俺の恩人サイコは今どうしているのだろうか?

数十年ぶりに会いに行こう。
そして、お礼を言わなければ……。

俺は会社に有休届けを提出し、久しぶりにあの生機学研究所を訪れた。

しかし、出迎えてくれたのはサイコではなく、40代と思われる白衣の男だった。

「どうも。所長の渡橋です。真鍋前所長のご友人の……まっちゃん様ですね? お噂はかねがね伺っておりました。」

俺「え、ええ、そのまっちゃんです。サイコは? 所長辞めたんですか?」

渡橋「真鍋前所長は、半年前にお亡くなりになりました。過労で倒れてそのまま……。寝る間も惜しんでナノマシンのご研究に没頭されていましたし、物理的にはどう見ても不可能なペースで様々な論文を発表なさっていました。その上なにか個人的なご研究もされていたようで……。普段は、辛い顔1つせず明るく振舞っておいででしたが……。」

なんだ? この男は何を言っているんだ?

サイコが亡くなった? 死んだってことか!?
そんなバカな! あのサイコが死ぬなんて……。

俺「そうだ! ハートリーパー、いやサイコが使ってたCTスキャン装置は!?」

渡橋「あれは使用用途が不明だったので、前所長が亡くなった後に廃棄処分になりました。あれが何か? あ! そういえば、あなたに渡して欲しいと頼まれていたものが……。」

渡橋はそう言って、奥からプレゼント用にパッケージされた小さな箱を持ってきて、俺に渡した。

外はすでに夜の帳が降りていたが、研究所を後にした俺は、駅に向かう気には到底なれず、街灯もまばらな郊外の道をよろめきながら歩いていた。

サイコ……。
いつもあんなに元気に俺をはげましてくれてたじゃないか。
俺の幸せばかり心配して、自分が死んでどうするんだよ……。
おまえが……、おまえが幸せにならなきゃダメだろう!

俺の震える手が、渡橋に渡されたプレゼント箱を開けると、中には、「HL2」と刻印された、いびつなハートチョコが入っていた。

慣れない手つきでチョコを作っているサイコの姿が目に浮かび、涙が溢れてくる。

なんだよ、これ……。
なんで今更チョコなんだよ。
どうしてあの時に渡さないんだよ。

ああ……そうじゃないな。今更なのは俺の方だ。
今ごろ自分の気持ちに気づいてる俺は、救いようが無いバカ野郎だ!

涙と鼻水でグチャグチャになったハートチョコを、俺は半ばやけくそになって、ガツガツと一気に口に詰め込んだ。

口の中で溶けていくほろ苦いチョコの成分が次第に体中へと広がり、少しずつ全身が熱くなっていくのを感じる。

この熱量は、サイコの愛情か俺の後悔か……。

…ん?

いや、違う!
これは、ホロン系ナノマシン薬を飲んだ時の感覚だ!

体中に行き渡ったナノマシンがお互いに通信を交わし、全体で1つのプログラムを実行しようとしているのだ。

そうか、HL2ってそういう事か!

全身の体温がどんどん上昇し、脳が体全体に溶け出していくような感覚と共に、再び過去の記憶が走馬灯のように高速再生されていく。

幸子との日々…麗子との日々…大学時代…高校時代…中学時代……。
そして、両親が不仲で最悪の環境の中、泣いてばかりだった小学生の俺。

そんな俺を、サイコは子供ながらに、いつも気遣ってくれていたことを思い出す。
「大丈夫だよ! わたしがまっちゃんを絶対幸せにしてあげるから!」

そのまま、走馬灯は加速し遡り、最後に俺は意識を失う……。


そして……

俺がCTスキャン装置のベッドで目をさますと、
俺にとってかけがいの無い大切な友人、
そして世界一愛しい存在、真鍋冴子こと通称サイコが、
無邪気に目をキラキラさせて、興味津々に顔を覗き込んで来た。

サイコ「ねえねえ、何周目? 何周目?」

<完>

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