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休日は 箱を運んで 銭稼ぎ(後編)

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公園での休憩から事務所へ戻ると、見るからに大学生然とした青年が元気に立っていた。昼から合流するタイミーさんだ。午前からすでに大量の箱を運んでくたびれている我々の目に比べると、彼の目は輝いている。しかも尋常でない輝き方をしていて、俳優の片桐はいりさんのような輝きを放っている。だから、便宜上、この文章で彼のことは「片桐くん」と呼ばせていただくこととする。

片桐はいりさん

昼からは何やら折りたたみのテントの搬入があるようで、路面に駐車した4tトラックから20kgほどの重量のある段ボールを200こほど事務所へ運び込む。午前中からいるAさんとBさんのペア、そしてぼくと片桐くんのペアに分かれ、トラックのおっちゃんから段ボールを受け取り、手押し台車に3つ積み上げる。そして通行人に注意しながら事務所へ台車ごと入り、指定された場所へ、段ボールの外側に表記されたテントの色ごとに分けて積み上げる。これをひたすら繰り返すのだが、午前中からの足腰の疲労と現在の作業で新たにのしかかる腕の疲労がひどく、体全体がどんどん疲れてくる。それなのに、片桐くんはよく喋る。「タイミーは何回目なんですか?」と片桐くん。「初めてです」とぼく。「ぼく5回目なんですよ」と片桐くん。「そうなんですね」とぼく。「なんでタイミーやろうと思ったんですか?」と片桐くん。欲しい本とかレコードがあって……と言おうかとも思ったけれど、あまり喋る元気もないし、別に特段片桐くんと仲良くなりたいわけでもないので「ちょっとお金を使いすぎちゃって」と濁す。するとすかさず「何に使ったんですか?」と片桐くん。「飲みすぎちゃって」とぼく。「お酒が好きなんですね、よく飲み会をしてるんですか?」と片桐くん。「ついひとりで行きつけのお店に行っちゃうんですよね……」だなんて言った暁にはまた「どこのお店ですか?」などの質問が飛んできそうなので、「飲み会よくやりますね」と会話を終わらせる。君は来たばかりだから元気だろうけれど、ぼくはけっこう疲れているんだよという顔をして、ひたすら箱を運び続けるのである。

その後も「時給もう少し上げてほしですよね」とか「飲み物支給して欲しいですよね」とか「この事務所空気悪くないですか? 外に行っていい空気吸ってきます!」とか、愚痴というか不満のような言葉を発している最中も常に目を輝かせている片桐くんがいてくれたおかげで、ぼくは1日を乗り切れたのかもしれないと思った。そうこうして、夕方になり、この日の業務が終わる。手のひらの面が黒ずんだ軍手を外し、自動販売機で買ったただの炭酸水(この日2本目)を飲み干し、「おつかれさまでした」と行って家路に着く。

この日の勤務時間はは9:00-18:00。8時間の労働と1時間の休憩。時給は1008円で、基本給は8064円。それに交通費の500円が加算されて、報酬は8564円だ。

初めてのタイミーを使ってのバイトだが、いい点がいくつかあるように思った。まずは、いつでも仕事を探せるという点だ。例えば、明日の予定が飛んでしまって、何もすることがないという状況に陥ってしまっても、アプリをひらけば仕事がたくさんある。それは飲食店のホールや洗い場(ホールは飲食店経験者限定の場合が多い)のようなものもあるし、コンビニのレジ(大概は経験者限定)もある。美容師や薬剤師、福祉施設などの仕事(要資格)もあれば、荷物運びや宿泊施設の清掃など体力仕事もある。自分の時間と体力とその他いろいろを鑑みながら、気楽な小遣い稼ぎのような感覚で労働をすることができる。ただ、やはり肉体労働が主で、働き手がどうしても限定されやすいということが難点かもしれない。これからタイミーが世の中に浸透して、職種が増えるとおもしろくなるだろう。

さらに、驚いたのは給料の支払いについてである。出勤と退勤は各職場にあるQRコードを読み込んで管理するのであるが、退勤をしたところでまずアプリ内に給料(今回だと8564円)が貯まる。メルカリの売り上げがアプリ内に貯まるような感覚だ。そして、紐付けした銀行口座に振り込み申請をすると、5分後には給料が支払われている。しかも振り込み手数料は0円なのである。かつてメルカリでものを売ってお小遣いにしていたぼくは、手数料の高さと振り込みの遅さに悶絶をしていたけれど、そんなストレスが全くないとは驚きだ。だから、その日に稼いだ給料をさっそくATMで引き下ろし、街へ繰り出して酒を飲むという行為が可能なわけだし、今月飲みすぎたなぁと思ったら、休日にちょいと銭を稼いだり、本業だけではなかなか手を出せない贅沢のためにコツコツ稼いだりすることもでき、これはなんと画期的なことだろうかとぼくは感動をした次第なのである。

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