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Vancouverの書店レポvol.6/本のカオス&ラビリンス。すべての独立系書店はこの生きる伝説に通ず

 2020年3月。COVID-19でカナダがロックダウンになったとき、バンクーバーにある我が家の近所は書店と花屋が開いていました(もちろん制限付きではあったけど)。日々の暮らしの中で、本と花の優先順位が高い街。よくよく見渡すと、バンクーバーにはユニークなインディペンデント系書店がたくさんあります。そんな書店の紹介インタビューシリーズ、のつもりが、書店員たちが語ってくれたのは、本への愛、そしてこれからの暮らしに活きる”幸福論”のようなものでした。

1973年に、自分の貯金と父からの借金でこの書店を購入

「近くにコーヒーショップがあります。そこで話しましょうか」
店主のDonと、店から歩いてすぐのWave coffeeへ向かう。
 バンクーバーが誇る書店『Macleod’s books』。『The Paper Hound』『The Polygon Bookstore』など、すでにこの日までに他の書店取材をいくつか終えていたのだが、どの書店員にも「他にどこを取材する予定なの?」と聞かれて『Macleod’s books』と答えると「Donには世話になったことがあるよ」「へぇーよく時間もらえたね!」「昔一緒に働いていましたよ、よろしくお伝えください」などなど、お店に対してというより、Don個人への敬意あふれるコメントがもれなく上がった。

②外観

 バンクーバーのインディペンデント系書店の道は、すべてDonに通ず。それもそのはず、47年もの間ダウンタウンのど真ん中で、世界中から集まる人々に厳選した本を提供し続けてきた。その貫禄は、何よりまず店内の様子に表れている。

③レジ

カオス。

本が洪水を起こしている、と、この店を評するときに誰かが言ってたっけ。圧倒的な紙のパワースポット。ラビリンス。取り扱うのは古書のみ、充満する”念”。「これ、何冊あるんですかね?」とスタッフに聞いたら、「3〜4万冊かな」と。その本たちの収まりどころを、店主のDonはほぼ全て把握しているという。

 お互い注文したカフェラテを一口含んでから、まずは書店を始めることになったきっかけを聞いてみた。 
「6歳の時から、中古書店に通いつめていました。コミックに興味を持って、そこから歴史や文学に派生していったのです。20歳のとき、カルガリーの古本屋でアルバイトをしてましてね。ある時、バンクーバーに旅をして、そこでボストンから来ていた二人の女性と知り合い、サンフランシスコに一緒に遊びに行ったんです。そして、旅から戻ったら私の仕事は無くなっていた。長いこと旅をしすぎてしまったんですね」

Don ポートレート

 懇切丁寧に、落ち着いたトーンで話してくれるDon。世界中の若者に共通する無責任さが、かつてこの紳士の人生にもあった。
「それから新しい仕事を探さなくてはならなくなって、なんとなくレコードショップでブラブラしていたら、友人と久しぶりにバッタリ会ったんです。なんでも、とある書店の入社面接を受けて内定をもらったんだけど、本当は小説家になりたいからその内定を蹴った、と。彼が辞退したその書店は、奇遇にも私が毎週通いつめていたお店でした。スタッフを募集していることを知った私はすぐさま電話で連絡をし、タイミング良くそこで働けることになったのです」
 その後、今度は南アメリカに旅をしていた時に、”なんとなく”だった思いが色を濃くして「バンクーバーで自分の書店を持ちたい」と思うようになる。そして、当時バンクーバーにあった『Macleod’s Books』 の初代オーナーが店を手離したがっているという情報を得て、「自分の貯金と父からの借金を合わせて、そのお店を買いました。それが1973年だから、もう47年になりますかね」

そう簡単に手に入らない本に固執してきた

 こんなに長く続けることは想像できましたか?
「私はとにかく長く続けたかったのです。ですが、もう終わりに近づいている気もします。そろそろたたみどきかなと。バックヤードの仕事がやたらと増えたし、店も大きくなりすぎました」

④内観2

 Donはとにかく忙しい。この取材の時間をもらうまでも、紆余曲折があった。メールや電話ではなかなかつかまらず、直接お店に突撃。「あ、そうだそうだ、例の取材ですね、日時を決めましょう」とそこで決まったスケジュールを、レジカウンター上にあった小さな紙切れの上に鉛筆で走り書きする姿を見て、今日の今日まで安心できなかった。

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 いつもとてもお忙しそうですね、と言うと、「その通りです。今、ふたつ抱えている問題があります」と、カフェラテを一度すすりながら険しい表情で語りはじめた。

まずひとつ目。
私たちは在庫も含め、非常に多くの本を抱えています
朝の開店前に在庫から新しい本を並べたり、すでにある本たちを綺麗に整頓する。開店してからしばらくして、一冊の本があるべき場所から15m先の本棚に移動しているのを見つける。時を同じくして、お客さんがいくつかの本をピックアップして違う場所に置いたり、レジカウンターに持って来たりする。
「その連続です。それらをまた同じ場所に戻すのは、大変骨の折れる作業でしてね

それらの本の中には、希少価値のあるものも多い。
「コンスタントに出版される本よりも、誰もそう簡単には手に入れられないような、ある特定の分野のクラシックな本に固執してきたのです。今はそういうことをしている書店はなくなりましたね。コピーが簡単に手に入りますから」

 道を挟んだ向かい側に、ほぼお店と同じくらいのスペースの倉庫がある。そこには、「19世紀から20世紀初頭にかけての、日本のカルチャーをまとめた貴重な資料も何百冊ある」とのこと。

⑦Don ポートレート

「日本の文化に興味を持つブックコレクターもいてね。日本人はその頃のことを全て忘れてしまっていると思うけど
と、Donは冗談交じりに言った。

ちゃんと座って、ちゃんと読む。それは、紙の本の力

ふたつ目の問題。
ここ10年くらいですね、人々が雑誌や新聞と一緒に、本をリサイクルに出して捨ててしまうようになったのは

以前は、本をリスペクトする文化があって、本だけでなく、それに関わる書店員や出版社の社員、図書館の司書たちがどこか神聖なものとして扱われていた。今はそれがインターネットにまつわる人々にとって替わり、それはそれは根底から大きく変わってしまった、と。

「住むスペースがどんどん小さくなっているのも影響しているようです。パリの書店員と話をする機会があったとき、彼は、お客さんが本のコレクションを持つようなスペースを持つのが難しくて、本を捨ててしまうんだと。まあほとんど電子化されていますからね。みんな本を収集しなくなります」

 私が若い頃は、自分たちが読んだ本は持ち続けようと思っていた、とDonは続ける。
部屋で積み重なったその本たちが、私の知識の証でした。でも今は、待っているだけで簡単に自分たちが欲しい知識にアクセスできて、それが蓄積されない。うちに来るお客さんでも、自分たちが何が欲しいのかわからない、だから何を聞いたらいいのかもわからない、という人が増えたように思います」

⑧おすすめのカナダの写真家

少し間を空けて、「今はすぐ”次”に行ってしまいますね」と続ける。
「Wikipediaでわかったつもりになる。ほとんどの人は、オンラインであちこち飛びながら読んでいると聞きます。でも一方で、若い人たちからよく聞くんです、パソコンに疲れたらリラックスしたくて紙の本を読む、と。スローダウンして、ちゃんと座って、ちゃんと読む。それは、紙の本の力ですね。作家たちはその作品の中で、ときに素晴らしい表現をしているものです。決してスキップしてはいけません

なるほど、紙の本の魅力って他には何があると思いますか?
「イメージを膨らませられることです。たまにお客さんが、『この本映画化されてたよ!』と教えてくれます。でも、私は本で読みたい。そのキャラクターの声も自分で想像しながら」

スーツケース4箱分買って行ったお客さんも

 以前は、観光地から近い地の利もあって、世界中から旅人たちが足を運んで来た。でも今は、Covid-19の影響でめっきり減ってしまった。
「ヨーロッパ、アメリカ、そして中国。日本人は少なかったですね。中にはユニークなお客さんもいましたよ。中国で有名な本の収集家で、スーツケース4個分買っていったり

他にもジャンボジェットを所有していて、シアトルでショッピングをした後にうちに寄ったそうなんですが、たくさんのスタッフと、両脇に100ドル札でいっぱいのバッグを持ったボディーガードと一緒で。フィリピンをコントロールしている7つの家族のうちのひとつ、だったんですけどね。他にも外交官、科学者、学生。もしあなたがここにいたら、いろいろな人と出会えましたよ」

写真集説明

 洪水で水浸しになったり、隣に共産党のお店があって火炎瓶が投げられ、そのとばっちりでお店が燃えてしまったり。1時間ちょっとの取材では聞ききれない歴史が、この店にはある。そして、未来も。

「確かにこの業界の状況は厳しい。けれど、あまり暗い未来は想像したくありません。まだまだたくさんの人が本を読んでいますから」
 やりがいを感じるのは、自分が古本屋に通ったあの6歳の頃のように、子どもたちが本への情熱を見せる瞬間だそう。そう言いながら、おすすめの本を教えてくれた。ほとんどが、この場所に来ないと買えないものだったことが、なんだか嬉しかった。

Recommended Books for BOOKS AND PRINTS

⑨レオナルドコーエン詩集

(鍵のかかった本棚から)
全てレオナルドコーエン詩集のfirst edition。
注:カナダのシンガーソングライター、詩人、小説家。80歳を超えた後もアルバムをリリースするなど、精力的に活動した。代表曲は「ハレルヤ」(1984年)。

10 レジ前希少本

1614年初版で、教会での出来事をまとめたもの(3750$/1冊)。こういった本は、通りをはさんだ倉庫にたくさんあるそう。

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1930年代 の写真集『From one china to the other』。
上目黒にあったアメリカンスクールから海を渡ってやってきた一冊。

12 裸のランチ 初版

『The naked Lunch(裸のランチ)』初版、1965年。125$

💡SHOP DATA
455 West Pender Street, Vancouver BC
☎︎(604) 681 76 54


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