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【ファンタジー】結心観音 (3) 【創作大賞2024 応募作品】


第三章 災い

神様の怒り

 若い夫婦が孤独な状態で生活を始めてしばらく経った頃、反物の買い付けと心助の畑仕事、結衣の裁縫が日々の仕事となり規則正しい生活も定着し始めていた。季節は巡り梅雨に差し掛かっていた。シトシトと降り続く雨が湿気を誘い、なんとなく家の中も湿った感じになっている。結衣は仕上げた着物にカビが生えないように、反物も風通しのいい場所で保管するようにしていた。そんな何気ない日の夕方。俄かに空が暗くなり、渦を巻いたようなうねった黒い雲が空を覆い始めた。次第に日差しが遮られ、まだ日があるはずなのに薄暗くなっている。次第に梅雨の雨とは思えない土砂降りの雨に変わり、茅葺の屋根に叩きつけ始めた。それまでには経験もないような雨の量だった。よく見ると、大粒の雨が大きな雹に変わり始めている。それも拳くらいの氷となって地面に叩きつけている。凄まじい物音が鳴り響き始めた。結衣は怖くなり心助にしがみついた。

バラバラ、バラバラ、ドーン。ガリガリガリ。

「心助さん、なんだか空が変よ、おかしいわ。こんなこと経験したことがない、怖いわ」

「ああ、僕も初めてだ。一体何が起こっているんだろう。こんなに大きな雹が降ってくるなんて経験したことがないな。とりあえずは家から出ない方が安全だと思うから、ここでじっとしていよう。僕が一緒にいるから心配しなくていいよ」

 若い夫婦は村八分状態なので連絡が一切入ってこない。そのことで余計に恐怖心が募っていた。そんな中、村では大騒ぎになっていた。軒下で遊んでいた子供たちは大急ぎで家の中に入り、石のような雹が家の壁や地面を叩きつける音に震えていた。親たちも初めての経験に子供たちを抱えてただ震えていた。村では災害や普段とは違う出来事が起きた時には、家長が村の中央にあるお寺の本堂に集まるしきたりがある。住民の無事を確認することと今後の対策を検討するためだ。村の中で最も頑丈で安全なお寺が集合場所となっていた。お寺が選ばれたのは、この村に神様が来たときに悪霊からも守れる場所という神様のお告げがあったからだと言い伝えられている。

 暗い空から大きな雹が降ってくる中、丈夫な屋根のお寺に村中の家長が集まり、村長を中心に話し合いが開かれていた。拳大の雹は傘では防ぎきれないのでみんな雨戸の戸板を外して体を保護するように頭の上にのせ、走ってお寺までやってきていた。戸板が割れんばかりに雹が叩きつける中、震えながら走ってなんとかお寺に辿り着いていた。何しろ災害の時は、お寺に集合しなければならないというしきたりを守るという責任感だけが家長たちの行動を後押ししていた。村の決まりが優先されることに誰も疑問を持ったことがない。その方が、余計なことを考えずに済むからだ。しかし、今回の出来事は、そんな村人たちに安心を与えるものではなかった。一箇所に集まっても何もできるはずがないとどこかで思っていたのだ。本堂に集まった家長たちは、一様に驚いた様子と何事が起きているのかを心配そうに本堂に入ると同時に軒下から心配そうに外を見上げていたのである。

「なんという恐ろしい光景じゃ。こんな恐ろしい天気は初めてじゃ」

「いやー、本当に怖いぞ。家の屋根を突き抜けて雹が入ってくるようじゃ。家族は全員一階に避難してるが、川の水が溢れてきたらどうしたらええんじゃ」

「何百年ぶりかの神様のお怒りなんだろうか」

「そんな。ワシらはなんも悪いことはしてないぞ」

「傘がわりにしてきた戸板を見てみろ。板があちこち割れてボロボロになってるぞ。こんな怖い思いをしてお寺に来たのは初めてのことじゃ」

 そこにみんなと同じように戸板で雹を防ぎながら小走りでやって来た村長が現れ、一息ついてから集まった村人の前に立ち話し始めた。村人たちはお喋りをやめ、尊重の言葉に耳を傾けた。

「村の皆さん、ご苦労さん。大変な天気になったもんじゃ。みんなも心配じゃろう。ワシも長いことこの村で生きているが、こんな恐ろしい光景は初めてじゃ。どうやら、久しぶりに山の神様がお怒りになってしまったようじゃのう。今回は洪水ではなく、とんでも無く大きな雹を降らせているみたいじゃが、このまま終わってくれることを祈りたい気持ちじゃ。村の被害も結構大きくなっているみたいで、困ったのう。何しろ今は神様の怒りが収まるのをみんなと一緒に祈って待つしかないようじゃ。こんな大きな雹にはワシらでは何もできん。みんな一緒に祈ってくれるか」

 恐怖でいっぱいの村人たちはただ祈っているだけでは不安が払拭できない。こんな時には、誰かのせいにしたくなるものだ。悪者を仕立て上げることで、自分たちに非はないと安心できるものである。村人の一人が、声を振るわせながら叫んだ。

「村長、これは清一の家の出来事を神様がお怒りになっているのじゃないのかい。こんなことは初めて経験することじゃぞ」

「おお、きっとそうじゃ、神様のお怒りにちがいない」

「そうじゃ、そうじゃ。それ以外には考えらんねぇ。なぁ、みんな」

「おお。だったら、あの若い夫婦に村から出て行ってもらうしかないのう。そうしないとみんな家が潰されてしまうぞ。ああ、やっぱりしきたりを守らねぇととんでもないことになるもんじゃ」

「まぁ、みんな待て。神様が怒っていらっしゃる間は、じっとしておくしか手はない。落ち着いたら、神様への貢物を持ってお参りに行こう。そして、もう一度あの夫婦のところに行って、村から出ることをお願いしてみるかの」

「村長、そんな生ぬるいことを行っている場合じゃないぞ。お願いじゃなくて叩き出すしかないんじゃないか」

「まぁ、そんなにいきりたつもんでない。ワシが話をしに行くよってな」

 一旦は村長の言葉でその場は収まり、ひとしきりお祈りをした後、お供え物の内容や日程が話し合われていった。そうしているうちに雹も小さくなり、天気は落ち着き始めた。しかし、真っ黒な雲に覆われた空は依然として何が起こるか想像できないような落ち着きのない動きをしている。村人たちは空を見上げてうねっている黒い雲を見ては不安そうに呟いている。

「村の家は何軒かは壊れているに違いないな。もう、雹は降らないといいが」

「真っ黒な雲も気味が悪いのう。まるで悪霊が渦巻いているみたいじゃ」

「悪霊? 馬鹿なことを言うんじゃねぇ。この村には神様がいらっしゃるんだ。悪霊なんか入ってくるはずねぇ」

「そうか、確かにそうだな。やっぱり神様が怒っていらっしゃるのかなぁ」

「ああ、そうに違えねぇ。悪霊なんていてたまるか」

 そんな村人の会話を聞いて喜んでいるかのように、黒い雲は激しくうねっている。時折、目ではないかというような小さな稲光も見える。その光景が余計に村人の恐怖心を煽ると同時にお寺に集まった家長たちは自分の家族と家のことも気になり始めていた。

 恐怖に直面すると色々なことを考えるものである。神様の怒りであれば、ある程度の被害で終わるはずという気持ちが表れているようだった。悪霊が暴れていたとすると村全体が破壊されてしまうかもしれないから信じたくはなかったのだ。それでも、今回の雹による被害は大きかった。天井に穴が空いた家は、近所の家に避難し、天候が回復した後にみんなで屋根の葺き替えをすることになるだろう。それにしても経験したこともない大きな雹が空から凄まじく大量に落ちた来たことは恐怖以外の何者でもなかった。そんな状況をじっと見守っているものがいた。東の神様の山の門番杉だった。

『この天候は尋常ではないな。またしても神様が留守の時の災害だ。もしかすると他の場所の悪霊を追い払う手伝いに行った神様たちが追い出した悪霊が憂さ晴らしにこの村にやって来たということではないだろうか。いくらなんでもタイミングが良すぎる。前回の大洪水の時も同じだったと思うぞ。雹はなんとかやんだようだが、雲の様子を見ていると、まだ悪霊が彷徨っているとしか言えないような不気味な黒い雲が広がっている。しかも、その動きは喜んでいるようだ。かといって神様が戻られるまでは動けない体では何もできないしな。村人たちも余計なことを考えなければいいが』

 門番杉は悪霊が村に入り込んで、悪さをしているということを察していた。しかし、村人たちはこぞって若者夫婦のせいにしてしまう勢いだ。門番杉は、自分が根が張って動けない体であることを悔しがりながら、村の様子を見守っていた。

『愚かな村人たちめ。あの若い夫婦は村人のためを思って作業をしているのに、追い出そうとしているのか』

 門番杉がハラハラしながら村を見守っていると、俄かに青空が広がり始めた。さっきまでの雹が嘘のようになくなり、雲間から太陽が覗き始めた。どうやら、神様が戻られたようだ。神様の戻りを察知して悪霊は退散し始めたのだ。天候が回復してしまうと村人たちの恐怖の矛先が若者夫婦に向けられてしまうことを心配し、門番杉は神様にいち早く報告しなければならないと首を長くして神様の帰りを待った。

神様の用事

 拳大の雹が村を襲う前、山の神様は、違う村を守っている神様からの応援依頼を受けて山を留守にしていた。遠い東の方の他国で多くの悪霊が集まって災いを起こしているので追い払うために力を貸してくれという依頼に応じていたのだった。数百年に一度は神様同士の助け合い的な活動が発生している。その時は多くの神様が災いを起こしている場所に一斉に集まり、力を合わせて悪霊を追い払うのである。単独の悪霊ならばそれぞれの神様で撃退できるのだが、悪霊も結束して集団となり災いを振り撒くようになると一人の神様では手に追えない。今回も数十もの悪霊が集まってしまい、手を焼いているという知らせが入ったのだった。悪霊も年月を経ると悪賢さが増していくようだった。山の神様は緊急を要するということで、門番杉にも行き先を告げることなく留守にしてしまっていた。一週間もすれば戻って来れると考えていたのでその間に悪霊が入り込むとは思ってもいなかった。

 遠い国で集団となった悪霊は、好き放題に災いをばら撒き始めていた。疫病に始まり、地震による地割れ、土砂降りによる洪水、猛風による竜巻、季節外れの猛暑、最悪は人間に取り憑いて人間同士に殺し合いをさせるというものだった。神様たちは何としても人への被害を食い止めたかった。そのために複数の神様を招集したのだ。悪霊であっても、きちんと浄化してやることで悪霊ではなくなるため、神様たちは決して悪霊を消滅させることはなかった。悪霊が犯す災いを最小化し、人への危害が及ぶのを事前に防ぐことに力を入れていたのだ。悪霊たちは神様のそんな行いを知っているかのように自分勝手にやりたい放題に災いを振り撒いていた。そして、時々神様たちの振る舞いを試すかのように、人間同士に殺し合いをさせるようなことをしていたのである。神様たちは、悪霊が取り憑いた人間をすぐさま隔離し、人の体に取り憑いた悪霊を取り除くことを最優先で対応した。その成果もあり、何とか人間同士による殺し合いは事前に防止されていた。しかし、悪霊がけしかけた獣たちは容赦なく人間に襲いかかり、犠牲者は増加していった。そんな光景を悪霊たちは横目で見ながら、人々の家に被害を加えたり、地形を変化させたり、作物を枯れさせたりして楽しんでいたのである。そして、多くの神様が集結して来そうになると見張り役の悪霊が素早く合図を出して、悪霊たちは浄化される前にバラバラになって逃げて行くのである。悪霊たちの鬱積はこうして解消され続けたのである。

 今回も悪霊たちはバラバラになって逃げ出してしまった。不幸なことにその中の一つの悪霊が山の神様が留守にしていたこの村に神様より早くやって来てしまい、災いを振り撒いていたのである。おりしも村人たちは、心助と結衣の夫婦が村を出て行かないことに神様が怒ったと勘違いし、二人を追い出そうと考え始めてしまったのだ。

 悪霊は、うねるような黒い雲の影から右往左往する村人を見て笑っていた。しかも、聞こえてくるのは「神様の怒り」ということと「若い夫婦への攻撃」だったので、笑いがとまらなくなっていた。悪霊は、若い夫婦への攻撃をさせるには雹を降らせるのをやめて穏やかな状態に戻してやる必要があるなと考えた。そこで雹から雨に変え、土砂降りを小雨に変えた。村人たちが若い夫婦へ押しかけていくのを雲の間からニヤニヤしながら見ていたのだが、神々しい気配を感じ、神様が戻って来たことを察してしまった。

『ちくしょう。もう少しで面白い光景が見られたのに残念だな。神様との一騎打ちだと負けてしまうから、今日のところは退散するとするか。まぁ、また数百年後に楽しませてもらうとしよう。人の醜い心を食べ損ねたのだけが心残りだけど仕方がない。しばらくは暗い海の底で仲間となる霊魂が沈んでくるのを待つことにしよう。悪霊となった今でも我が身の方が可愛いしな』

 そう言い残すと、一瞬にして悪霊は山を越え川をこえ、はるか遠くの海の中へと消えていった。青い空が回復した後、村中に降り注いだ雹はそこら中で太陽の光に暖められ溶けていた。雹が溶けた後にはなぜか塩の塊がポツポツとあった。そのことから海の中に住む悪霊の仕業だとわかるのだが、村人たちは雨上がりの道や屋根の上になぜ塩があるのか不思議に思っていただけだった。そのうちに梅雨の雨で流され、そのこと自体も村人の記憶からは流されていったようだ。

 神様は戻ってくる途中、うねるような黒い雲を確認していた。まさか自分の留守に追い払った悪霊の一つが災いを持って村にやってくるとは思っていなかったのである。焦った神様は、悪霊を自分の村から追い払うためにその存在を隠すことなく、神々しい光を放ちながら黒い雲目掛けて飛んできたのである。結果、悪霊に悟られてしまい、再び逃げられてしまったのである。それでも、神様としては人に対する被害を出さずに済んだことでホッとしていた。そして状況を確認しようと門番杉のところに向かったのである。空には一筋の虹が表れていた。雨上がりの虹だと誰もが思っていたのだが、それは神様が飛んで戻ってきた後だったのである。金色に近い黄色が強く発色しているちょっと変わった虹だったが村人は天気が回復した兆しだと両手をあげて喜ぶばかりだった。門番杉のところに戻っきた神様は、早速訪ねた。

「どうやら私が戻ってくる前に悪霊がやって来たようだな」

「はい、神様。神様が戻られる前に、拳大の雹を村中に降らせる悪霊が現れました。幸い、村人に被害はありませんが数軒の家は、屋根や戸に被害が出たようです。また、この森の木々たちもかなり枝を折られました。私も数本の枝が折れてしまいました」

「そうか、そんなことになっていたのか。申し訳なかった。あの悪霊は、私たちが遠い東の国から追い払ったものだったようだ。深い海の中に眠っている悪霊で数百年に一度目を覚まして人間を襲うことを繰り返しているのだ。浄化してやりたいのだが、今回も出来なかった。私たちから追い払われ逃げる途中で、この村を通り災いを撒き散らしたのだろう。私が戻って来たので慌てて退散してしまったようだ。遠くから悪霊がいることがわかったので、急いで戻って来たのだ」

「そうだったのですか。数百年に一度ということは前回も現れた悪霊だったのですか。前回はとんでもない豪雨や地震といった天災に見せかけた災いと確か人同士で殺し合いをさせる悪霊たちだったのですよね」

「そうなのだ。その中の塩水の豪雨を降らせた悪霊が今回この村を腹いせに襲ったのだろう。なんとか浄化してやりたいのだが、いつも上手く逃げられてしまうのだ。今回も見張り役の悪霊や指示役の悪霊もいて、連携して動くようになっていたのだよ。そういえば、以前、若い娘の父親が獣道から滑落した事故があっただろう。あの事故もたまたま別の悪霊が通りかかって、私がここにいることを察知し、山を越えることなく嫌がらせのように大雨を山肌に叩きつけて逃げていったために起こってしまったのだよ。娘の父親には可哀想な試練になってしまったが、残念な結果につながってしまったのう」

「あの娘の父親の事故も悪霊のせいだったのですか。悪霊も学習しているということでしょうか。恐ろしいですね。また、数百年後にやってくるのでしょうね。あっ、そういえば、神様、村人がまたしても神様の怒りだと勘違いしているようです。何人かの暴走した村人たちは若い夫婦を追い出そうと、鍬や鎌などを手に取り、若い夫婦の住んでいる家に向かっているようです。私はご覧の通り動くことができませんので、何もしてあげられません。このままで宜しいのですか」

「うむ。人間にとっての運命は受け入れのも変えるのも人間の判断に委ねているのだ。ただ、時折襲ってくる悪霊の到来だけは、人間にゆだねるのはあまりにも酷なので、私が防いでいるに過ぎない。しかし、それも完全に防げるわけではないのだ。娘の父親の時のようなこともあるし、今回のように留守にしている間に入り込んでくる悪霊もいる。心が痛いのは、悪霊のことを人間が知ったとしても防ぎようがないということなのだ。せいぜい、お札を備える対策しかない。ただ、お札を貼ると悪霊は天候を利用して今回のような被害を与えてしまうことにつながってしまうのだよ。それでも人間には強く生きてもらいたいとは思っている。今回、村人が若い夫婦を追い出そうとしているのは、悪霊の思う壺かもしれないな。悪霊は、人間たちの憎悪や恨みの思念を喰い物にして増大していくから、どんどん強くなってしまうことになる。人間たちが全て慈愛に満ちた生活をしてくれれば、次第に悪霊も近寄らなくなるのだが。難しいだろうな」

「村人全員が慈愛に満ちた毎日を過ごすということですか。確かに、欲を持っている人間にはできそうにないことですね。しかし、欲を持っているからこそ、人間の社会は発展し続けるのではありませんか」

「門番杉よ。そなたも人間のことを十分過ぎるほど理解したようだな。その通りだよ。今回、騒動を起こしかねない数人の村人たちも根は優しい心の持ち主には変わりない。ただ、みんなを守りたいという気持ちが強過ぎるが故に、排除すべきものを見つけ追い出してしまうことで安心しようとしているに過ぎないのだろう。だから、私としては若い夫婦がどう対応するのかを見届けてみたいのだ。あの二人は遠からずもう一度私を訪ねてくるだろうから」

 こうして、門番杉の報告を受けた神様は、若い二人に降りかかる試練をあえてそのままにした。神様なりの考えが裏にはあるようだった。

恐怖の矛先

 天候が回復した直後、村人たちは話し合いを終え、それぞれの家に帰り、壊れた箇所を修理することとし、集まったお寺から戸板を担いで帰っていった。ただ、数人の村人は再度集まることを約束しあっていた。

「なぁ、村長はああ言ったけれど、今のうちにあの夫婦を追い出しておかないとまた神様がお怒りになるかもしれないぞ。ワシたちが悪者になって若い夫婦のところに乗り込んで村から出ていくように脅してやろうじゃないか」

「そうだな。脅すのはあまりいいこととは思えないが、背に腹はかえられんな。誰かが悪役を引き受けないと村全体に被害が及ぶからなぁ」

「よし、じゃあ、一旦戸板を家に置いたら、鍬か鎌を持って集まろうか。徹底的に悪役を演じるぞ」

「そうだな。村長とか住職にわからないように畑の様子を見にいく格好をして西に行く道の真ん中あたりで落ち合おう。日が沈む前に掛け合って村から出ていくことを約束させよう。よし、心を鬼にするぞ」

 こうして数人の村人は一旦家に戻ったあと、若い夫婦が住む家に鼻息も荒く小走りで向かって行った。そんなこととは知らない心助と結衣は仕入れた反物を整理しながら、出来上がった着物を風通しがいいところに整理している最中だった。

「ものすごい天気で信じられないくらいの雹が降って来たけど、不思議と我が家は被害が無いな。神様が守ってくれたのかな。でも村のどこかでは被害が出ているに違いないぞ。怪我人がいなければいいけどな」

「本当ね。すっかり晴れあがってしまったけれど、私たちの家はどこも壊れていませんね。でも村の人々の家はどうなんでしょう。私たちには教えてもらえないのでわかりませんけれど、心配です」

「結衣、我々が心配してどうなるものでもないけど、こんな村八分にされても気にはなるよなぁ。僕たちが育った村なんだから」

 村の心配をしながら、そろそろ夕飯の支度をしなければならない時間だと結衣は思い、庭にある井戸へ水汲みに行こうと思い、下駄を履き玄関を開けて出ようとした時だった。何人かの大きな声が近づいてくる気配を感じ、立ちすくんだ。

「心助はいるかー。その女房はいるかー」

「お前たちは村に大きな迷惑をかけているぞー。分かっているのかー」

「すぐさま、この村から出ていけー。出ていかないと火をつけてしまうぞー」

 手には鍬や鎌を持ち、高く掲げながら近づいてくる。結衣は恐怖のあまり後退りし、心助に助けを求めた。

「心助さん、心助さん、大変。村の人たちがすごい形相で叫びながらこっちに来てるわ」

「えっ、村の人たちが。一体何事なんだ」

 震える結衣を抱き抱えるようにして、心助は家の外に出て村人を待ち受けた。しばらくすると息を切らした村人が庭のところまでやって来ていている。人数は三人だ。心助は結衣を庇うように自分の後ろに行くように促し、三人の村人から結衣を守ような体勢で迎えた。村人たちは心助を囲むようにして仁王立ちになっている。心助が先に話しかけた。

「一体、何事ですか。僕たちが何かしましたか。それよりもさっきまでの酷い天気で村は被害を受けてはいませんか」

 その時、一人の村人が異変に気がついていた。

「おい、心助の家は何処も壊れていないぞ。あんなに大きな雹が叩きつけるように降ったのに、扉も屋根もなんともなっていない。おかしいぞ」

「何。あっ、本当だ。どういうことじゃ。こいつらもしかして何かの術でも使ったのか」

「えっ、まさかそれで神様が余計にお怒りになったのか」

 人は自分たちの都合のいいように解釈し、自分たちが正しい行いをしていると信じたがるもののようだ。心助は何を言われているのかさっぱりわからず、再度問いかけた。

「皆さん、僕たちが皆さんに迷惑をかけたのでしょうか」

「迷惑も何も、お前たちか村から出て行かないから、山の神様がお怒りになってありえないくらい大きな雹を降らせたのじゃ。村は大迷惑なんじゃ。家が壊れて修理しなければならないところもあるんじゃ」

「そうじゃ、そうじゃ。お前たちのせいじゃ。早く荷物をまとめてこの村から出ていけ。これ以上、災いが起きては叶わんぞ」

「お前たちは村人の誰からも助けてもらえないのじゃ。だから早く出て行ってくれ。でなければ出ていくしかないようにしてしまうぞ」

「ちょっとお待ちください。僕たちは皆さんに感謝はしていますが、迷惑をかけるようなことはしていないつもりです」

「心助。お前じゃなくお前の女房の家がこの村のしきたりを守らなかったんじゃ。それで神様はお怒りになったんじゃとみんなが言うとるぞ。お前の後ろに隠れている女房だけを追い払ってもいいぞ。心助、そうすればお前はこれからも村に住めるようになるぞ。今まで通りにな、どうじゃ、女房と離縁して追い出してくれるか」

「申し訳ありませんが、僕たちは共に死ぬ時まで夫婦でいると誓い合いました。だから、離縁などということはできかねます。それに、神様がなぜ僕たちのことをお怒りになるのでしょうか。先日、妻が神様の山に入ろうとしたことがあったようです。その際、まだまだ修行が足りぬから入山は許さんと言われたのです。だから今僕たちは修行の代わりになるような恩返しをしようとしています。なので、神様がお怒りになるとは思えません。どなたか、神様にお尋ねになられたのでしょうか」

「いや、それはしとらん。じゃが、村長もそんな風に言っていたぞ。お前たちのせいだと」

「しかし、天候が悪くなるのは誰のせいでもなく、ましてや神様がそんなひどいことをなさるとは僕には思えません」

 心助の後ろに隠れていた妻の結衣も小さな声で補足した。

「私は門番杉さんと話をしましたが、村を守ってくださっている神様が、そんなひどいことをなさるとは考えられません。もちろん人にもできないことなので原因は分かりかねますが、神様ではないと私も信じています」

「じゃあ、誰がこんなひどいことをできるというのだ。しかもお前たちの家は全く被害がないじゃないか。ワシらの家は扉は割れ、屋根には大きな穴がいくつも開いているのだぞ。一体誰のせいだというのだ」

「申し訳ありませんが、僕たちにも分かりません。門番杉なら何かを知っているかもしれません。神様ともお話しされているはずですから」

「神様の山に近づくのはワシらは遠慮する。お怒りを買ってしまうとやぶ蛇になるからな」

「それでは、僕たちが行って話を聞いて来ましょうか。ただ、冬の季節にならないと門番杉は口を聞いてくれませんので、雪の季節までお待ちください。きっとそれまでは神様が皆様を守ってくださると思います」

「なんだ。そうやって冬までは動かないつもりなのだな」

「いえいえ、そうではありません。僕たちも門番杉から言われた修行をやり遂げなければならないのです。それは冬までかかってしまうのです。そのあとは、僕たちはこの家から出て行きますので、それまでお待ちいただくわけには行きませんか」

「冬に入るときに村を出るというのか。そんなことをしたらお前たちはのたれ死んでしまうぞ」

「僕たちは死を恐れているわけではありません。今生でやり残していることをやり遂げたいだけなのです。そのために時間が少々必要なのです。お願いします。僕たちに時間をいただけないでしょうか。それに壊れた村人の家の修理の段取りを急がれた方がいいように考えますが、いかがですか」

「まぁ、確かに早く修理しないといけないとは思うとる。じゃが、お前たちに手伝う権利はない。心配する権利もないんじゃ」

「わかっています。でも心配してしまうことは止められません。これまでお世話になって来た村なんですから」

「うっ、そりゃそうじゃろう。ワシらだって好きでこんなことしとる訳じゃない」

 いきり立っていた村人たちは、静かに話をされたことで頭に上っていた血がだんだん引いて行ったようだった。振り上げていた斧や鎌もいつしか下ろされ、仕方がないなという雰囲気になりつつあった。そうしていると、ぜいぜいと息を切らして駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。どうやら、異変を聞いた村長が焦ってやって来たのだ。

「おーい。バカな真似をするんじゃないぞー」

 玄関前の庭で心助たちが村人たちに囲まれているのを確認して、村長は焦っていた。みんなの所にやって来た時には、息が上がって話すこともできなくなっていた。心助は結衣に村長に水を持ってくるように伝えた。結衣は井戸まで行き水を汲み、湯飲み茶碗に水を入れて村長に差し出した。村長はあまりの苦しさのため、何も考えることなく出された水を飲み干した。

「あーー、やっと落ち着いた。全く、たまげたぞ。お前たちが心助を追い出してくると言って押しかけていったと聞いた時にゃ。はぁはぁ」

「村長だって神様のお怒りだって言ったじゃろう」

「ああ、言ったが、話はワシが行ってするとも言ったじゃろうが」

「まぁ、そうだったけど、ワシらでやった方がええと思ってな、な、みんな」

「ああ」

「ん、おかしいな」

「村長、何がおかしいんじゃ」

「いや、水が塩辛くないんじゃ」

「そりゃ井戸水だからじゃないんか。あっ、雹の落ちたところは塩が沢山あったんだった」

「そうじゃ、だから村中の井戸水はまだ塩辛いんじゃ。明日になれば薄まっているとは思うがの。しかし、ここの井戸はいつもの井戸水じゃ。不思議なこともあるもんじゃな」

「あのー、宜しければ、他の村の人もこの井戸水を汲んで行かれてはいかがですか。私たちは、家の中にこもっておりますので、好きなだけ汲んで行かれてはと思います」

「むむ、いや、そうはいかん。村人の方があんたたちを相手にしないようにしているのだからあんた方から助けてもらうわけには行かん。明日までの辛抱だからな。で、話はどうなったんじゃ、お前たち」

「ええ、なんでも冬までこのままここに住ませてくれと言われて悩んどります」

「冬までか。いいではないか、それで。何も揉め事を好んで起こさずとも」

「まぁ、村長がそういうのなら、それでいいんですけど」

「よし、じゃあ、みんな引き上げよう。この夫婦には二度と近付かんようにな。邪魔したな、心助さん、結衣さん」

「いえ、こちらこそ。気をつけてお帰りください」

 意気消沈しかけたところに村長が現れたものだから、村人たちも帰るきっかけができてホッとしたようだった。それにしても、全く被害を受けていない家を目の当たりに見て、みんなは口にはしなかったが、もしかしたら若者たちには神様の庇護があるのではないかと思っていた。本音としては、井戸水も分けて貰いたいと思っていたのだ。明日までに井戸水が元に戻らなければ、夜にでもこそっと水をもらいに来てしまおうと考えてもいる様子だった。しかし、地下水の浄化能力は高かったようで、村人の心配も一日経って忘れ去られていった。誰も尋ねてこないことで、若い二人は村人も事なきを得たのだろうと想像でき、安心していた。

入山

 災害のことをすっかり過去のこととして忘れ過ぎようとしている頃、ようやく村人全員分全ての着物が出来上がった。出来上がった色とりどりの着物が綺麗に畳まれ、所狭しと積み上げられている。村人一人一人を思い浮かべながら、がらと色の選択をしていた頃を懐かしく思い出しながら、心助と結衣は見つめあって喜んだ。作った着物は、もちろん二人のことを悪く噂している女性たちや脅しに来た村人たちの分の着物も含まれている。誰一人として差別などはしていなかった。二人はいよいよこの日が訪れたというようにほっとした顔でお互いを見つめあった。夫は妻を優しく包み込むような眼差しで「ご苦労様」と視線で訴えているようだ。そして、日が暮れてから二人で手分けして一軒ずつ着物を配って回った。もちろん、直接手渡すことはしなかった。お礼の手紙を忍ばせて、夜露に濡れないように軒下を選んでそっと置いて回った。まるでサンタクロースがプレゼントを配るように。夜明け前には何とか全ての着物を配り終え、二人は家に戻った。疲れを癒すためにお風呂を沸かし、最後の食事を妻が作り、ほんの少しだけお酒を口にした。すでに気持ちのいい朝日が山肌をうっすらと照らし始めている。もうしばらくすれば顔を出してくれるだろう。今日もいい天気に恵まれそうだ。

「結衣、頑張ったね。ご苦労様。辛かったろうに、愚痴ひとつ言わないでやり遂げてくれたね」

「だってあなたがいたから、頑張れたのよ。あなたも本当にお疲れ様でした。私が裁縫をしている間、畑の野菜はは全て一人で育ててくれたし、反物の仕入れの時は、あなたが荷車を引いてくれた。だから私も頑張れたの。本当にお疲れ様でした。なんだか、やるべきことを成し遂げてしまったら、ホッとしてしまいましたね」

「ああ、そうだね。僕たちがしたことは村の人たちにとって喜んでもらえるかどうかはわからないけれど、誠意だけは伝わってほしいね。結衣が縫った針の跡の数だけ、この村で生きて来たという証が残せたんだと思うよ」

「ありがとう、あなた。でも、今回作った着物はあなたと私の二人で作ったものよ。私一人ではできなかったんですもの。喜んでほしいわ、村の人たちに。そして、毎日使ってほしいわね」

「そうだね」

 安堵した二人は、新しい着物に着替えて、徹夜にも関わらず、神様にお供えするための着物を携え、清々しい気持ちで家を出発した。

 二人はそのまま、静かに神様の住む山を目指した。朝日が顔を出し始め、二人の清々しい顔にも眩しい光があたり始めた。しばらく歩き続け、門番杉のところについた。門番杉を見上げるように二人は立っていた。門番杉は結衣を追い返した時と同じように問いかけた。

「お前たちは誰だ、何しにこの山に来た」

「僕たちは夫婦になりました。しかし、村のしきたりのせいで僕たちは村の中で孤立してしまっているのです。僕たちに村のしきたりを変える力はありませんが、お互いを愛することの大きさは誰にも負けません。それに僕たちは僕たちを育ててくれたこの村や村の人たちが大好きなのです。どんなに下げすまされようとも、これまでは苦しくても楽しい生活を村の人たちと分かち合って来たつもりです。これから先の僕たちの人生という時間を二人でずっと一緒に過ごすためにも山に入りたいのです。できることなら、僕たちみたいな境遇の夫婦は僕たちで終わりにしたいのです。そのためにも神様にお願いしたいと思っています。僕たちの真心は村人一人一人に置いて来ました。村人たちもきっとわかってくれると信じています。だから私たちをどうか入山させてください」

 門番杉は一瞬考え込んだが、この二人の愛を貫くには他に道はないと悟った。そして、村人に対する愛情も感じた。以前、神様と話をした時の「後継者」という言葉が門番杉の心に蘇ってきた。もしかしたら、この若い夫婦がそうなるのかも知れないと感じたのだ。

「お前たちの固い決心は解った。山に入るが良い。ただし、一度入ったら戻ってくることはできぬぞ。それでもいいのだな」

「はい、それも承知の上です。僕たちはそうすることで永遠に結ばれるのです」

「お願いいたします。私たちを入山させてください。永遠の愛を貫きたいのです」

「そうか、分かった。ならば入るが良い。二人を入山させてあげよう。この道を登っていくが良い。きっと神様もお前たちに会ってくださるだろう」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 二人は手を取り合って山に入り、そのまま、神様の元に行った。そして、持ってきた着物を神様に差し出すと同時に思いを神様に伝え、二人は村人のために身を捧げると言うことを伝えたのだった。

「神様、僕たちは夫婦として結ばれました。しかし、村人には残念ながら受け入れてもらえませんでした。でも、古くからの慣例に従った村人たちを恨むような事もありません。むしろこんな機会を与えてくれたと妻とともに感謝すらしております。その気持ちは、村人の皆さん一人一人の元に届くと信じています。これからの私たちの時間は、神様に捧げたいと考え、強い意志で入山させていただきました。どうか、我々に神様のお手伝いをさせていただけないでしょうか」

 神様は、二人の深い愛情を感じ取った。村のしきたりにより、村八分の状態になってから約一年、誰も恨むことなく村人のために時間を使って来たことを神様は知っていた。そしてこの二人を村の守り神とすることを決心した。これほどの愛情を持った二人を神様はこれまで見たことがなかった。人をこよなく愛する心をこの二人が強く結びつけていると感じたのだ。その気持ちが村人に届くにはそれほど時間はかからないだろう。きっと村の生活やしきたりも変わっていってくれるだろうと神様は考えたのだった。

「二人とも、人を恨む気持ちを持たず感謝の気持ちで溢れている心が手に取るようにわかるぞ。お前たちのような純真な心を持っていればきっとこの村を見守り続けてくれるだろう。これからはお前たちがこの村の守り神となりなさい。これから最後の試練を与えるとしよう」

 神様の言葉が二人の心に届き、二人は驚いたような表情をして見つめ合った。その時、二人の体は神々しい光に包まれフワッと浮き上がったかと思うと、瞬く間に朝日よりも眩しい光に包まれたまま天に召されていった。その時の二人の顔には、安心すると同時にお互いを信じ、お互いを深く愛し、村人を愛した心が表れているかのように穏やかで美しかった。しかし、その時、最後の試練が始まった。結衣が知らなかった父親の事故の原因が映像となって、結衣たちに襲いかかったのだ。

 ひどい雨が結衣の父親が通っている峠を襲いかかっている。村にはほとんど雨は降っていないのに峠は前が見えないほど激しい雨になっている。その中で細い獣道で懐を守るように前屈みになった一行が一歩一歩足元を確認しながら前へと進んでいる。結衣の父親は先頭に立ち、他の村人が確実に前進できるように先導していた。雲の上からは真っ黒なうねるような悪霊が薄ら笑いを浮かべながら近づき、更にひどい豪雨を起こしていた。と当然父親たちは気づいていない。早く帰りたいと気持ちでいっぱいだったのだ。結衣は思わず「危ない、逃げて」と叫んだ。だが、その声は時間を遡って届いてはくれなかった。次の瞬間、父親の足元の地面が崩れ落ち、足元を掬われた父親は見事に滑落してしまったのだ。大粒の涙が結衣の頬を濡らしていた。悪霊は神様がいることを感じ取っていて、それ以上村に近寄ることができず、残念そうな顔をして引き返して行ったのである。そんな映像が結衣と心助の脳裏に投影されていた。結衣の頬にはとめどない涙が流れている。父親が同行した村人の早く帰りたいという気持ちを汲み取ったための行動が事故に繋がったと初めて知ったのだ。神様は、人を恨む心を本当に捨て去ることができているのかということを試していた。結衣は天に昇りながら止まらない涙を流していた。そして、独り言のように呟き、心助を見つめた。

「そうだったのね。お父さんは、村人のことを考え前に進む決断をしたのね。でも危ないからその役目もお父さんが担った。その結果、事故にあったのね。でもその事故は悪霊によって起こされたものだったなんて思いもしなかったわ。悔しかったでしょうね、村人を連れて帰れなくて。お父さん、これからは私と心助さんと二人で村をずっと見守っていくわ。山の裏側までもしっかりと見るようにするから安心していてね」

 心助も結衣を抱きしめながら涙を流していた。本来なら、誰かを恨んでも仕方ない出来事だったのに、そうではなく結衣は父親の優しさを見出し、憎悪ではなく慈愛の心を感じていた。悪霊も元々は人間だったはずだ。なんとかして浄化してあげられるものなら、安らかな時間の中で穏やかに過ごせるのにということまで思っていた。心助も結衣の心と同調していた。二人の心は一つになり、お互いの考えや行動までもが同調しているようだった。

 神様は、微笑みながら門番杉に語り始めた。

「ようやくこの村のことを任せられる者たちに出会えたようだ。なぁ、門番杉よ。お前の役目も終わったようだ。元の精霊に戻してあげる時が来たな。長い間、ご苦労だった。今後は木の精霊としてあの二人に協力してやってくれ。四方の山の綺麗な環境を保ちつつ、村人の心に優しさが育つような風を起こしてやってくれ。人々は森の香りを嗅ぐことで心の中が浄化されていくはずだからな。そうすればあの若い二人も見守りやすくなるだろう」

「神様。本当に良かったですね。あの二人なら立派に村を見守り続けてくれるでしょう。これからも悪霊は隙を見つけてはやってくるでしょうが、あの二人に任せましょう」

 神様は、自分の役目もようやく終わったという晴れやかな顔をして、天へと舞い上がっていった。少しだけ、村のことについて若い二人に話をするために。神様が光となった瞬間、門番杉も普通の杉に戻り、木の精霊は人間には見えない姿となり、四方の山々を駆け巡ることができるようになった。木の精霊が駆け巡る後から、さわやかで心地よい香りの優しい風が精霊を追いかけるように吹いている。そしてその優しい風は少しずつ広がり、村を包み込むような風に変わっていった。空は雲ひとつない青空が朝日と共に広がり始めている。これまでと少し違う新しい一日が始まろうとしていた。


続く


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