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吸血鬼はどんな絵画を描くか?


こんにちは、渡柏きなこです。

新作を書いています。ヴァンパイアやグールやサキュバスなどの西洋の妖怪が登場する話で、主人公が人外の文化を理解していく過程を描いた話になる予定です。

そこで、ヴァンパイアにはどんな歴史や文化や生活様式があって、彼らは何を絵に描こうとするのか? と自分の中に疑問がわきました。それについて考えたことを、特に結論もなくとりとめもなく、自分の思考を進めるためにつらつらと書いて行きたいと思います。

公開はしておきますが、どんどん追記する(かも知れないしそうじゃないかも)知れません。そこだけご了承ください。

差別の対局にあるもの

さて、まずなぜ吸血鬼が何を絵に描くか考えているのかというと、そうすることで『相手に敬意を払う』ことが擬似的に達成できると思ったからです。今回の作品では、ヴァンパイアだったらこう、サキュバスだったらこう、というステレオタイプが差別の温床となり、彼らが種族的に誤解されている状況で物語がスタートします。それは現実に起きている人種差別や職業差別と根を同じにするところがあります。

なぜ差別が起こるのか? それは相手を人間だと思わないところから出発すると私は考えています。相手にも生活や独自の考えや目的や基準があり、そこに齟齬があるとそもそも話が伝わらなかったり、良かれと思ってやったことが逆の意味になったりする。そういうことをお互いが了解していれば、「ああごめん、こっちの基準で話しちゃったよ」「いやいやいいよ、そういうことあるよね」と分かり合える(というこれすらも一種の偏見ですが)と思います。

相手にも生活があり、独自の考えや目的や基準がある……というのを自分なりに考えようと思ったとき、私が良さそうだなと思った題材がたまたま『絵』だったわけです。なので別に、『吸血鬼はどういうときお母さんに怒られるのか?』でも良いし、『吸血鬼の間で流行るのはどういう服か?』でも良いわけですが、今回は表題の通り、『吸血鬼はどんな絵画を描くか?』について考えていきましょう。

吸血鬼とはどんな生き物か?

まずここでいう私の『吸血鬼』とはどんな生き物か、先に定義づけておかなくてはなりません。私の考える吸血鬼はまず、人間の血を飲みます。そして、コウモリになることはできません。血を吸われた相手は吸血鬼になることはなく、貧血になります。血を吸われ過ぎれば当然意識がなくなって死にます。動物の血液では体に合わず、人間の血でなければいけません。食料として人間の血を飲まなければならない種族、と捉えます。また、外見はほぼ人間と違わないものとします。そして人間と交配することはできません。そして、人間を食料にしている以上、彼らの個体数は人間より遥かに少ないものと考えます。

まとめると、
1:人間の血液を食料としている
2:外見は人に似ているが交配は不可能
3:個体数は人間より圧倒的少数
4:何らかの理由で人間に1対1で負けない
5:日光にあたっても別に死なない

です。4・5はそうでないと吸血鬼という生物自体が早々に絶滅するだろうなーと思ったので付け加えました。私の個人的かつ勝手なイメージでここまでを決めていますが、まあ遊びのような思考実験のようなものなので気にしないでください。

上記の定義を前提に考えると、吸血鬼にとっての人間は、人間にとっての乳牛のようなものであると想像できます。いちいち殺してしまって血液を搾り取るよりも、健康に飼育しつつ献血のように都度都度血液を抜き取った方が生産効率が良いですからね。吸血鬼の村・町は多分、人間を飼育する中枢があり、厳格な管理者がいるはずです。あるいはもう少し規模感が大きくなると、それぞれの家に飼育されている人間が居て、抜き取った血液の一部を文字通り『血税』として領主がもらい、代わりに武力などでそれぞれの家を守ってやる、というような封建的な世界観が成立するかもしれません。

ただまあ、血液は(あるいは牛乳は)米などの穀物よりも鮮度が落ちやすく長期保存に向かないので、税として収めさせるには向かないかもしれませんね。吸血鬼は頭数も少ないので、どちらかと言うと首長が人間を多数飼育し、周囲に分配。その代わり周囲の者たちは首長の命令に従って、衣服を作ったりインフラを整備したり教育をしたりして過ごしているのではないかしら。

あるいは牛乳がチーズになったら長期保存ができるのと同じく、血液をどうにかして長期保存する術が生まれるかもしれませんね。ドイツでは豚の血を混ぜたソーセージ(ブルートブルスト)がありますし、吸血鬼が人の血液から何を摂取しているのかまで考えていませんが、そういう長期保存用の料理・食べ物があるかも? 血液って発酵させた人いないのかしら。発酵のメカニズムからわからないと血液が発酵するかがわからない……のでまあ『ある』ことにしちゃいましょう。

よって、彼らにとっては塩やスパイス、発酵のための麹菌とか乳酸菌とかがすごく重要になってきます。血のソーセージや血のチーズ、血の酒などは『ある』とします。血液を凝固させてチョコレートとかおこげみたいにした食べ物もあるかもしれません。

(吸血鬼のことを考える癖に血液に対する取材が不足しているなと思いましたので、いくつか調べて参りました。血液をきれいに凝固させるのは案外難しいようです。カピカピに乾いて血が固くなるのと凝固って違うんですね。凝固には血中のフィブリンという物質が関係していて、これを取り除くと血液は凝固しなくなるようです。それでも一週間程度しか保存しておけないようです。詳細無条件は不明ですが……汗)

以上の想像によって考えられるのは、吸血鬼にとって人間は宝物だということです。血液は保存食もあるにはあるが長期保存は基本不可能。一人の人間からとれる量もそこまで多くない。人間と1対1では負けないとはいえ個体数では圧倒的に負けているので、人間と明確に敵対することはタブー視されるでしょう。そこをやってしまうと人間側に徒党を組まれて村ごと壊滅させられたりしそうです。

おそらく吸血鬼たちは基本的にその存在を人類にバレないよう隠匿しつつ、人間社会からあぶれた者や差別された者、どうせ死刑にされる対象の者などを連れてきて匿い、血液を提供してもらう代わりに手厚く待遇するような種族だったのではないでしょうか?

人間には社会性があり、逃げられると先ほど言ったように数の暴力で村を滅ぼされる危険性があるため、力自慢の吸血鬼は屈強な見張りにされたことでしょう。基本的に人間たちが健康である方が血液の状態も良いでしょうから脱獄を防ぐために足を折ったりすることは少ないでしょうが、そういう見せしめのようなものは必要だったかも知れません。あるいは逃走力を削ぐために指を落とすとかは古い吸血鬼はしていたかもですね。人間もやりましたもんねそういうこと。ですが基本的にはギブアンドテイクの関係性を築こうとするでしょう。

多くの酪農家が自身の持つ家畜を財産と考え大切にするように、吸血鬼は飼育している人間を大切にしたでしょう。人間を殺す必要はないわけですから、人間側の言語を学んである程度コミュニケーションしたかも知れません。人間の機嫌を損ねて軽く攻撃されることがあっても彼らは怒らなかったでしょう。我々が馬に蹴られた場合、馬に怒るというよりは、馬に蹴られるような位置に行ったのが悪いことになるのと同じです。吸血鬼側が気をつけるべき問題だと吸血鬼社会では認知されるはず。

吸血鬼は頭数が少ない(=受精率が少ないか、発情期が短い・少ない? あるいは頭数が増えすぎると滅びるという情報・伝説がある程度共有されていて、そうならないよう統制をかけている?)ので、性的なコンテンツはかなり規制が厳しいか、めちゃめちゃ奔放かのどちらかですね。頭数が少なすぎて滅びてしまうかもしれない状況であれば子作りは推奨され、増えすぎると滅びてしまうという理由で後天的に規制されているのであれば淫らな行為は手厳しく批判されるでしょう。

人間と吸血鬼は外見が近いので、人間を性的に見る吸血鬼もいたかも知れませんが、吸血鬼社会では変態扱いされていたのではないかと思います。ですが吸血鬼と人間は交配不能という前提条件なので、人間との恋愛は御法度だったと思います。吸血鬼村から逃げなくはなりますが、他の人間と交配させて子供を産ませることができなくなります。……そっか、交配の問題がありますね。人間同士を交配させて子供を産ませるのは吸血鬼側はやりそうです。近隣から攫ってくるのはリスキーですから、その方がどう考えても安全です。子供がいて、吸血鬼村で手厚く待遇されていれば、親の人間は吸血鬼村から逃げようなんて考えないでしょう。むしろ本人にとっても好都合だったのではないでしょうか。

ここまで考えてきてわかるのは、吸血鬼村の人間たちと吸血鬼たちがかなり良好な関係性を持っているだろうということです。吸血鬼は貴重な人間という財産を守り、健康に長生きしてもらって血液を得る。人間側は人間社会で孤立した者たちか、あるいはその子孫であり、血液さえ提供すれば手厚く待遇される。お互いそんなに悪い条件ではないような気がします。ここに齟齬が生じるとすれば、事情を知らない外部の人間に村の実態がバレた際、大きく誤解されうるということでしょう。熱心なキリシタンにでも見つかったら一番やばいですね。皆殺しにされちゃうかもしれません。

とはいえひとつの村内で延々人間を交配していては近親婚が連続することになって危険ですから、引き続き外部から人間を連れてくる必要はあったでしょう。人間社会の爪弾きものを攫ってくるか、他の村と交流して人間を交換するような出来事が吸血鬼社会では定期的に開かれていた可能性があります。

吸血鬼の神話:お祝いと恐怖

本当はもっと細部まで考えた方が良いのでしょうが、吸血鬼がどういう生物かについては一旦これくらいにしておきます。

というのも、ここまでくればある程度、吸血鬼が何に喜び、何を恐怖し、どういったことを記録に残し、後の代に伝えたくなるかが予想できるようになるからです。

彼らにとって最も喜ばしいのは、村内で人間の子供が生まれることでしょう。すると人間たちは吸血鬼村から逃げなくなりますし、将来的に得られる血液量も増えます。人間同士のロマンスや、出会い、一目惚れ、なんかを見るのは本能的な喜びを呼び起こす行為だったかも知れません。人間の子育てには積極的に参加したでしょうし、子供が健康に育つよう、積極的にあらゆる手を尽くしたでしょう。赤ん坊が徐々に成熟し、泣かずに採血できる年齢になることをとても喜んだでしょう。そんなに大切にしている人間が泣きながら提供した血液より、喜んで提供してくれた血液の方が気持ちよく摂取できたはずです。

そして彼らにとって最も忌避すべき事態は、自分たちが呼び込んだのではない、外部の人間に見つかることです。あるいは、呼び込んで間もない人間が逃走することは絶対に防がねばならない事態だったと考えます。吸血鬼は味方であると人間に教え、危害は一切加えないと納得してもらう必要があったはずです。同時に、逃げようとしたら大変なことになる、というのを人間側に示すことも必要としたでしょう。飴と鞭ですね。

そうなれば吸血鬼には、吸血鬼向けの神話と、村内の人間向けの神話が発生することでしょう。飼育されている人間を可哀想だと感じて逃した吸血鬼が、その行為によって村を滅ぼされる目に遭う神話とか、生まれた赤ん坊を大切にしなかったせいで他の吸血鬼から血を吸われてカラカラになって死んだ吸血鬼の話とか。そういう戒めめいた神話が吸血鬼たちの間では共有されるはずです。そして村内の人間向けには逃げようと誘ってくる人間が実は吸血鬼よりももっと恐ろしい化け物だったとか、人間界を離れて吸血鬼と幸せに暮らした人間の話なんかが共有されるはずです。歌の歌詞や寝物語にそんなような物語が織り込まれていくことになります。

そして吸血鬼の娯楽は人間同士の恋愛を眺めること。子供の頃からの痴態も知っている人間に対しては幻想を抱きづらいでしょうから、時折自分の村の人間を他の村の人間と交流させる機会があったかも知れません。あるいは男女は別で育てていて、年頃になった男女だけ同じ場所でスポーツさせるとか、そういうイベントがあったかも知れませんね。そしてその際のロマンスの発生を吸血鬼たちは血の酒を飲みながら楽しむという……笑

あーでも最悪子供ができればいいので、別に一夫一婦制にしなくとも吸血鬼的には良いのか。だとするなら人間女子にモテモテの男性が現れると吸血鬼社会的には一番有り難かったかも知れませんね。なんかこの辺を考えるのはちょっと忌避感があるな……

一旦まとめると、吸血鬼にとっては以下のような内容が大切な伝達事項になっているということが考えられるわけですね。

◆対人間
我々は仲間だから安心してくれという懐柔。
逃げたら大変なことになるぞという脅迫。

◆対吸血鬼
人間に対し優しく、丁寧に接しなさい。
人間のロマンスや受胎や子供の出生を喜びなさい。

吸血鬼や吸血鬼に飼育されている人間の間では、この価値観を前提とした創作物語や絵画、歌、遊びなどが流行することになるでしょう。大変言及するのが難しい問題ですが、人間に子供が生まれることを尊ぶ吸血鬼の間では、ボーイズラブやガールズラブは強い忌避感を持たれるかも知れません。

吸血鬼はどんな絵画を描くか?

さて、だんだんと話が確信に近づいていきます。ではそんな文化、世界観、背景を持つ吸血鬼たちはどのような絵を描くでしょうか? 当初、絵は言語の通じない人間とのコミュニケーションに使われていたものと考えます。『自分たちは敵ではない、あなたたちを守る、だから逃げないで』これを示すのは大変難しいです。吸血鬼側が日常的に持っているものがアトリビュート(描画されているのがそのキャラクターであることを示す象徴的なアイテム。アポロンの竪琴やポセイドンの海豚など)として絵画に組み込まれたことでしょう。

となれば彼らはどのような衣服を身に纏っていたでしょうか? 一般的には黒づくめのイメージがありますが、あれは血液汚れが目立たないようにするためかも? あるいは彼らは意外にも酪農家のような性質を有していることがわかりましたので、つなぎや長靴、手袋などの、汚れに強く怪我などが防ぎやすい服装をしているかも知れません。採血していて血が飛び散ってしまった時など、血まみれになってしまうと人間側は怯えるでしょうから(吸血鬼側は勿体無いと思うでしょうね)黒いつなぎが一番有力候補になってしまいますね笑


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