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デザイン思考をひらく / 自著を3年越しで電子書籍化した話

2021年3月2日にMdNから『未来ビジネス図解 これからのデザイン思考』という本を出版した。そして、約3年後の2024年2月16日にリフロー版電子書籍を発売した。


『これからのデザイン思考』とは

『未来ビジネス図解 これからのデザイン思考』の表紙画像
2021年に刊行した『未来ビジネス図解 これからのデザイン思考』

まず、もとの書籍について少し紹介させてほしい。『未来ビジネス図解 これからのデザイン思考』は、30代のビジネスパーソンを想定して、デザイン思考をなるべく分かりやすく説明することを目指した書籍だ。自身の興味や所属する組織の活動など、なんらかのきっかけで「デザイン思考」という概念を理解したくなった方を想定して書いた。

タイトルの「未来ビジネス図解」は、ビジネスパーソンが知っておくべきトピックを取り上げ、豊富に図解を用いてわかりやすく伝える株式会社エムディエヌコーポレーションが刊行するシリーズ(※1)である。『これからのデザイン思考』はそのうちの1冊、という位置づけだ。

2つの電子書籍フォーマット。固定レイアウトとリフロー

Kindleで電子書籍が表示されている画像
Unsplashの@felipepelaquimが撮影した写真

正確に言うと、今回リフロー型の電子書籍を発売する以前から電子書籍版はあったが、固定レイアウト版のみだった。
電子書籍にはおもに固定レイアウト型とリフロー型の2種類がある。固定レイアウト型は、ページのレイアウトが固定されていて、テキストや画像が紙版のと同じように表示される。これに対して、リフロー型は、デバイスの画面サイズやユーザーが設定する文字サイズに応じて、テキストや画像の配置が動的に変更される

固定レイアウト型は、読み上げができなかったり、スマートフォンの小さなスクリーンでは読みづらい。そこで今回、リフロー版を作成し追加発売した。結果『これからのデザイン思考』は紙版、固定レイアウト版電子書籍、リフロー版電子書籍の3フォーマットが選べるというやや珍しい状態になった

なぜ3年後にリフロー版を追加したのか

エディターで電子書籍データを編集している画像

なぜ、3年越しでリフロー版を追加作成したのか? それは読書体験を、デザインの考え方をひらくためだ
もともと、シリーズタイトル通り「図解」がコンセプトの書籍だったため、紙の書籍を再現するという意味では固定レイアウトは一つの正解だと考えている。ただ、正直にお伝えすると、電子書籍について、執筆段階では自分自身では深く考えられておらず、紙の書籍が発行された後に固定レイアウト版の電子書籍があることに気づいた、という状態だった(当初はてっきり紙版のみの発売と勘違いしていた)。

その後、出版社側とリフロー版の発行について相談をさせていただき、数ヶ月スパンで進め方を検討していった。リフロー版を追加発売するという前例がなく、何よりぼく自身が時間がとれない状況が続いていたり、電子書籍のつくりかたがよく分かっていなかったりということもあり、よちよち歩きでの対応が続いた。状況が大きく変わったのは市川沙央氏『ハンチバック 』の芥川賞受賞だった。著者の市川沙央氏は受賞スピーチで、読書バリアフリーについて言及されていた(※2)。ぼく自身発売後まもなく『ハンチバック』を読み、紙媒体や固定レイアウト版電子書籍の読書体験が閉じられたものであることを改めて痛感した。ちなみに念のため付け加えておくと、紙メディアが閉じられているということは、紙メディアが不要であるという主張ではない。紙媒体は豊かだ。バックライトがないので目に優しく、形態とグラフィックでコンテンツの世界観を強化して届けてくれる。ただ、アクセシブルかと問われると残念ながらアクセシブルではないのだ。

読書バリアフリーについて認知が高まっている状況に後押しされ、改めて担当編集者と相談した結果、リフロー版を追加発売するという形で対応を進められることとなった。自分自身もまとまった作業期間を確保し、悪戦苦闘しながらも無事に発売日を迎えることができた。前例のない中で進め方を検討いただいた担当編集者さんにはとても感謝している。

リフロー版の書籍データ作成および代替テキスト(ALT)の設定は著者自身で行った。書籍のコンセプトが「図解」ということもあり、100点を超える図版があり、それらを言葉で説明しなおすことは予想以上に難しい作業だった。内容についてできる限り理解しやすいようテキストにしたつもりだが、わかりにくい部分が残っているかもしれない。電子書籍のデータ、代替テキスト、いずれも内容の責任は著者であるぼくにある。もし、問題がある箇所を見つけたらご一報いただけると大変うれしい。

あらためて、これからのデザイン思考について

UnsplashのChinigraphyが撮影した写真

当初出版社から書籍執筆の依頼をいただいた際、お引き受けするか迷った。すでにデザイン思考の入門書は複数あり、アカデミックな見地から丁寧に解説した良書も存在していた。

ぼくはサービスデザイナーとして活動しており、デザイン思考を「重要だがあくまで方法論の一部」と捉えていたため、「デザイン思考」だけを切り出して伝えることにも抵抗感があった。しかし、デザイン思考を活用して多数のプロジェクトに関わってきた経験から、何か伝えられることがあるのではないかと考え、お引き受けすることにした。今回のリフロー版追加発売に関しては、そもそもそういった迷いもあり、変化の速い昨今に3年前に刊行した書籍を改めてアクセシブルにすることにも少し戸惑いがあった。

しかし、ありがたいことに、今も少しずつではあるが、書籍を購入してくれている人がいる。ぼくがデザイン思考という概念を広めているのは、その考え方を社会に溶け込ませ、当たり前の存在、透明な存在にしたいからだ。「デザイン思考」という用語は、良いデザイン行為が持つ特徴を表現し、それを社会に広めるための“よい”ポジショントークだ。まっとうにポジションをとって責任を持って普及させるために発言したのだから。でも、その核心——いうならば「不断の工夫の精神」とでもいうものは言葉の陰に隠れて見えづらい。

それを実践しているのはデザイナーだけではないし、必要としているのもデザイナーだけではない。ぼくはデザイン思考の背後にある「不断の工夫」の精神をこそ多くの人に伝えたい。この精神は、現代社会の速さや複雑さの中で、主体性を保ちながら生きるために有効なものだと思う。

2023年11月、デザイン思考のパイオニアであるIDEOが全世界で従業員を削減し、東京オフィスを閉鎖するというニュースは、多くの議論を呼んだ(※3)。デザイン思考の終焉を示唆する声もあったが、同時にデザイン思考が社会に広く受け入れられた結果としてエージェンシーが不要になったという前向きな見方も存在する。ぼく自身は、デザイン思考が日常生活に溶け込む「あたりまえの状態」に少し近づいたと信じている。そして、今回のリフロー版作成も少しだけそういう状態に近づけるための意味のあるアクションだと信じることにした。

最後に、リフロー版の作成は家族からのサポートのおかげで何とか対応しきることができた。応援や作業時間の確保、さらには大量の画像の補正まで、あらゆる支援をしてもらった。妻と娘に大きな感謝を捧げたいと思う。ありがとう。


  1. エムディエヌコーポレーションの「未来ビジネス図解」は他に以下の7冊がある(2024/02/16時点、著者調べ)。
    未来ビジネス図解 新しいDX戦略
    未来ビジネス図解 仮想空間とVR
    未来ビジネス図解 働き方シフト
    未来ビジネス図解 SX&SDGs
    未来ビジネス図解 DX実践超入門
    未来ビジネス図解 これからのNFT
    未来ビジネス図解 最新デジタルマーケティング

  2. 芥川賞作家・市川沙央さんが訴える「読書バリアフリー」 高齢化でだれもが直面しうる課題 - 産経ニュース. https://www.sankei.com/article/20230730-MGK6PWWD3RLVHMHZ6EKQHBJ4XI/. (2024年2月16日 アクセス)

  3. IDEOが従業員の25%を解雇、ミュンヘンと東京のオフィス閉鎖へ. https://newspicks.com/trends/1180/. (2024年2月16日 アクセス)

表紙画像:UnsplashInside Weatherが撮影した写真


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