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親愛なるマートンへ。


あなたはきっと、あなた自身がやってのけたことの偉大さをちゃんと理解してはいないでしょう。
威厳と尊厳を持ち続け、それでいて慈悲深く寛容で、
誰からも慕われ愛されたあなたに、私は今、すごく心打たれています。

末っ子の私は我儘な性格で、なんでも自分の想い通りにならなかったら気が済まず、それに加えて目立ちたがり屋なくせに、
組織の中でリーダーの役割を担うのは嫌いで……。
というかすごく苦手。
そもそも団体行動が極端に苦手。
って一匹狼気取りの”自称クール”の人たまにいるけど、だいたい根は寂しがり屋だよね。
まぁそれはさておき、私はリーダーの器を持つ人間ではないということは、昔から自覚しておりました。

高校生の頃。
サラシにはっぴを羽織って口上を叫びたい、という理由だけで体育祭の団長を務めた過去もあるけれど、私の計画性と統率力の無さを全力でカバーしてくれるクラスメイトたちがいなければ、
責任の重さと、あまりにも皆の意見が食い違う苛立ちに耐え切れず
「もう嫌!」
と投げ出したことでしょう。

他人に尊敬されたり慕われたり、憧れの対象になりたいと密かにそして執拗に願う私は、
「みんながこうあって欲しいと思い浮かべるであろう私像」
という虚像を勝手に妄想して、こだわって、演出して。(出来ていないにしても)
そうするうちにどんどん自分が誰だか分からなくなって、どこに立っているのかも分からなくなって、言葉に表せない不安だけが募る。
負のループ。
自業自得だと落ち込みながら自己憐憫に浸るんだからどうしようもありません。
そんな自分を嫌悪し見下す一方、やっぱり誰よりも可愛くて仕方がなくて、
それはあるように見せて、自信がないからです。

ほんとうに自信のある人は、わざわざ目立とうとしたり誰かに好かれたり認められようと試行錯誤しないものですよね。



マートン。
私はあなたの思想と生き様に感銘を受け、こんなこともあるんだね、
「ちょっとコンビニ行って来るわー」
というくらいの軽いテンションで、自分の考えを変えてみようかなと思いました。

リーダーの資質って、身心共に屈強で、そこにいるだけで自然と背筋がピンと伸びてしまうような威圧感とカリスマ性だと思っていました。
誰が何と言おうと、自分がこうと決めたことを曲げずに信念を持ち続け、初志貫徹、多少の犠牲を払ってでも成し遂げようとする志と忍耐力のことだと思っていました。

でもあなたは違った。
それぞれの状態を細かく把握し、全体の動きを最も弱い者のペースに合わせて、ときには行動範囲も狭めて、
誰でも無理なく前に進めるような環境作りに専念しましたね。
誰ひとり漏れることなく。見捨てたりしなかった。
組織の一員としていられるように。
かばい、助け合い、赦し合う。
たとえほんの少しの収穫しかないとしても。
皆がそのまんまの状態でいることを認め、決して自分の想い通りに正そうなんてしなかった。

そんな優しくて大丈夫なん?
と思いもしました。
集団には争い事がつきものです。何か起こったときに、厳しく抑えつけ、権威をふりかざすべきときもあったはず。

でも実際はあなたがそこにいるだけで、事態は収拾したっていうんだから凄いよね。
あなたをそんな絶対的な存在にさせたのは、「パワー」ではなく「愛」だったのだと信じたい。
まだマートンの足元にも及ばないけれど。

あなたについて私が知ったのは、つい最近のことです。
一度直接会ってみたかったけれど、その時にはもう、あなたはこの世にはいませんでした。
2021年のことでした。

晩年のあなたは歯をほとんど失くし、にもかかわらず、サツマイモを生のまま美味しそうにバリバリと齧っていたそうですね。
白髪が増え、全盛期に比べて随分と痩せたあなたはそれでも、霊的なオーラを纏っていました。
歯が無いもんだから、噛み切れなかった食べかすが辺りに飛び散って、そのおこぼれを若い子どもたちが嬉しそうに拾って食べていました。Toutubeで見ました。
優しい眼差しで彼らを見守るあなたの表情は、まるで仏様のようでした。
その数か月後、衰弱して死んだと知りました。


淡路モンキー・センター、10代目ボスザルとして、実に4年間という年月を群れのトップとして牽引したマートン。
LINEのプロフィール写真、ニホンザルに買えようかとま、じ、で、思ったよ。
いろんな人から質問の嵐が飛んできそうで思いとどまったけど。

サツマイモ、ふかそう。






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