見出し画像

まどろみ

幻は、朝の4時くらいに起こると誰かに聞いたことがある。何もないところから、竜巻のような香りがして、その音に気がついた。カーペンターズの歌にもあるように、友達も帰ってしまった。その洞窟から抜け出すと、思ったよりも、気軽に外に出れるような気がした。過去の偉人や天才たちは、大抵は発狂したり、事故に遭ったりする。こんな偶然を歴史の連続として見るのか?確かに、時間というものは存在しているように思える。

私は、モネの花が好きだった。勿論、美術館に行って鑑賞したことはない。そんな春の幻を、追いかけて、追いついて、また甘美な恋に飢えながら走っている自分の姿がある。永すぎた春の行方を駆け足で走ったあの頃。nostalgicな想いは伏せて。僕は大人になっていた。夢が記憶の残像を追いかけ、形あるものが、小さな真心を、守ってくれた。そんな教室の放課後に、ほお杖をついて座った眼差し。とろけるようなその瞳からふっと校舎の外を眺める。風が程よい具合に吹いていて、自分がnostalgicの内側にいるのではないかと認識した風の声。ビー玉やシャポン玉の中にいる居心地がして、不思議になった奇跡の微風。何故、僕は覚えているのだろう。その日の事は、とりあえず忘れてしまって、新しい自分に変わろうとしていたあの頃。

大きな鳥が旋回している。それは、緻密な螺旋状を描いているかのように、詩的な香りがして、低空飛行するコンドルのように、地上を掠めるかと思うと飛躍的に空高く舞い上がっていき、入道雲に隠れて見えなくなった。僕は、それを追いかけようとして、フルートの音色からヒントを得て、幻になっていく陽の光に視界は進んでいた。大きな鳥は、旋回しながら、不死鳥のように暖かい場所に向かっていく。

地上には、モネの花が笑っていて、それを見つめる鳥は、しなやかな軌道を一変して、空撮でも撮れぬ程に、無限のオーロラの中にハートを描きながら、進んでいる。僕は、その憧憬をみて、形を変えぬ残像のパノラマのような心持ちで、サッと席を立った。そして、放課後の階段を下がっていく。希望よ、終わらないでという具合に。自分に嘘をついているのか?皆が、不思議な光景で、まるで幻覚を見たかのように、眩暈がする。群衆を一目散にかける兵士のような心持ちで。外に出ると、あれだけ晴れていた空が真っ暗に消えた。

プルーストの「失われた時を求めて」のように、皆が避難している!理由が全くわからなかった。脳内の相互作用であろうか。そんなことを考える機会も与えてくれぬ鳥の中を、グネグネと走っていく。幻の中に入ってしまったと思い、思考がぐちゃぐちゃになっていく。自己欺瞞の一種であろうか?僕が何をしたというのか?この世界に生まれてきた意味は?などと、心の中で色んな風景が見える。その境目が、微々たる光景で見えなくなる。時を渡って、誰かがいたずらした並木道の中の手紙のように。ここは深層心理の奥底でもあるとすら感じられた。世界は、一目散に小さなくじを引いた喜び、怒り、笑いなどが、四季に溶け合って混ざっていく。それでも、大きな鳥は遠くの方で、何やら笑っているようだ。着飾った人形が見えたり、巨大な未来都市が煌めいたり、残酷な光景も垣間見る。校舎を地下に降りると、何か散りばめられた宝石の灯りに少しだけ光が射している。

乱反射する音楽のように、何が起こっているのか全くわからない。サッと駆け抜けた時に、記憶はほとんどなかった。それを第三者が見ているとは思えない。それほど、訳のわからない感覚だった。リセットという言葉は、相応しかった。時間というものが離散的になり、その時間の中で、更なる「時間」が相対的であるかのように存在しているのではないかとすら思われた。

こうして書いている間、時は過ぎて、打たれても打たれても立ち上がる兵士とボクシングでもやっている感覚になってきた。最後に立ち上がった兵士は、僕に空間上に広がるように、一発をくらわせた。さっと我に返った僕は、夜の帳を走っている。それは、凄まじい稲光のようにも思えた。ようやく、深層心理の中から抜けて時間が過ぎていないことに気づくと、ポストの中に雪崩れ込むような手紙が、ザッと心をすり抜けて、夢という夢をかき消し、ほとばしる地面に向かって、Run! Run! Run!という掛け声が加速度的に跳ね返って、王子が現れた。そこには、白馬が存在していた。その手紙の内容を眺めようと月明かりの夜空を見上げたところ、大気圏を抜けていく鳥が少しずつ小さくなっているのに気がついた。

離れる距離感と、愛の形が、すでに既成の概念を翻したように、ザッと降り注いで、大きな鳥に乗った春の馬車は、そこからニヤリとでもしたように、振り返って手紙を投げた。その刹那に僕は、地上にいる。自分を取り戻すように手紙の中に溶け込んで、情報の渦の中に入り込んだ。

それから、過去に戻ったり、未来を夢見たりする時計のように、「約束」と共に時空の中で交わった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?