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2台ピアノ編曲ノート アクエリオンEVOL

とあるコンサートのために大量の2台ピアノアレンジを進行中のピアニート公爵こと森下唯がその内容について個人的なメモとして書き残すnoteです。


自己紹介

初noteです。簡単に自己紹介すると、芸大で修士までピアノを専攻した後、ニコニコ動画でアイマスの曲を弾いて話題になり、「ピアニート公爵」としてCDデビュー。そこから、ちょっとマイナーだったアルカンという19世紀の作曲家の作品集を立て続けにリリースしたりして、いまはピアニストとしてゲーム・アニメ・映画・CMなどのレコーディングにも携わったりしつつ、作編曲やら何やらいろいろとやってます。

いちばんきいた人の多い演奏はたぶんこれ。

最近はスクエニさんのチャンネルで動画がたくさん公開されたりしてます。

2台ピアノアレンジ進行中

さて現在、とある企画のために大量の2台ピアノアレンジを進めており、自分の中でもマイルストーンになりそうな編曲群(大群!)が生まれているので、備忘録的に(あるいは演奏したり聴いたりしてくださる方への手がかりとしても)何かしら書き残しておこうと思った次第です。すごく頑張ってやってるので、気になったら来てみて欲しい……。
以降メモなので、ですますも省略!

まずは『アクエリオンEVOL』の曲を集めた組曲について。

なぜにアクエリオンEVOL?

2台ピアノでやると面白そうだったから……。
高校の頃(20世紀の頃!)からサントラが好きだったので、当然、菅野よう子は特別な存在だった。の割に自分からピアノ編曲したことはこれまで一度もなかった、のは菅野よう子作品をピアノソロに編曲するイメージが全然わかなかったから。今回の2台のピアノという前提なら、できるぞ、と思えた。

あ、昨年は調布国際音楽祭のコンサートのために「花は咲く」を「童声合唱、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ連弾」という編成のために編曲したな。たぶんこの編成では定番になるべきアレンジ()。おなじ編成でやる機会のある方はぜひお声掛けを。

それはそうと、アクエリオンEVOLに関しては、これは勝手な思い込みかもしれないけれど、(単に職人としてという以上に)菅野よう子の趣味や想いみたいなものがわりと表出している気がして、そこも個人的にはポイント高い。歌ものも Gabriela Robin 作詞、菅野よう子作曲というものが非常に多く、今回の組曲に入っている歌ものもすべてそのベストマッチなタッグ(?)によるもの。

菅野よう子作品を編曲するということ

昔は「どんな楽曲も頑張ればピアノ1台で演奏できる」といったこだわりを持っていた(ピアニストにはありがちだ)が、残念ながら1台にはおとしこめない情報量をもった楽曲というのはある。菅野よう子作品も大概その類(だからピアノソロにするイメージがわかなかった、ということ)。

調性のある西洋(風)音楽は原則としてコードとメロディがあればその曲になるっちゃなるけど、菅野作品は曲中のあらゆる要素がどれもきちんと働いていて、この形じゃないと意味がなくなってしまう、というふうな成り立ち方をしている。

付言しておくと、クラシックとして残っている楽曲は基本的にどれもが当然のようにそのレベルなので、だからこそ「クラシックには特別な価値がある」と多くの演奏家が取り組み続けているわけだ。

ただ、たとえばクラシックの楽曲は概ねクラシックの音楽理論にのっとって組み立てられているので(時代様式により更新や破壊はある)、分析すればある程度「細部までセオリーを考慮してきちんとできてるね……! なるほど」みたいな理解ができるのが普通なのだけれど、菅野よう子作品は少なくともルール的なものに関しては気まぐれに破っている……というより気にもしてないといった組み立て方になっていて、かつ、にもかかわらず、すべての要素がベストな形で噛み合っていると確信できるような場面が多々ある。なるほど??

「曲を書くときは頭のなかに全体像が降りてくる」といったニュアンスの発言を以前どこかでされていたと記憶してるけど、あれはわりと、本当にそうなんだろうとしか思えない。今回、アクエリオンEVOL、ターンエーガンダムなど菅野作品もたくさん編曲しており、それが改めてよくわかった気がする。

菅野作品は、要素に分解すると意味がなくなってしまう。氏の人気曲は、その人気に比してアレンジでとりあげられることが少ないように感じられるが、結局そういうことなんだろうと思う。今回は、ほぼ原曲にあるすべてのものを2台のピアノにうつしかえただけ(トランスクリプション)、とも言えるけど、このレベルでうつしかえること自体が画期的なのでは、という自負は正直ある。

原作と、組曲としての構想

今回のアクエリオンEVOL編曲に関しては、選曲の段階から組曲としてのイメージがしっかり持てていた。原作アニメは、性的な仄めかしを含むラブコメとロボットものの要素を混在させつつ、テーマとしては重い、悲劇的なものもふくむ作品。今回は、原作の悲劇性、シリアスなほうに焦点をあてて組曲とした。

作中に、天才音楽家という設定のシュレードというキャラクターが登場するが、彼が作ったと思しき曲もしばしば劇伴的な扱いで使われていたりする。そのタイプの楽曲を組曲の最初と最後におくことで、作品に対する「視点のずらし」みたいなことも試みている。

シュレードの曲は基本的にピアノとシンセサイザーで構成されており、ディレイなどデジタルな処理も使われていたりするが、そうした機械的な効果も、ピアノ2台を使うことで擬似的に表現できる! これは楽しいぞ……。

密度の濃い歌ものとデジタルな楽曲の再現に重きをおいた構成は2台ピアノの組曲としては変則的な内容だし、今までになかったようなタイプの演奏会用作品になっていると思う。

各曲について

すべて「LOVE@New Dimention」(ボーカルアルバム的な位置づけ)に収録されている楽曲。

光のカデンツァ

シュレードの曲。
即興で弾いたピアノ+ディレイ、低音のシンセ、以上! というような割とシンプルな楽曲で、ディレイのタイミングがどんどん変わっていくのが楽曲の重要な要素。EVOLの最終回でだけ流れた「ZERO ゼロ」のメロディが既に現れている。

アニメやドラマでは、主題歌がまずあって、そのピアノアレンジやオルゴールアレンジが劇伴として流れる、みたいなことはよくあるけど、予め劇伴で流れたメロディが最後の最後に挿入歌となってあらわれるのは、トータルで楽曲をプロデュースする人がいないとできないことで、珍しい。もっと言うと、「ゼロ」と「君の神話」のモチーフなんかも意図的に関連づけられていると推察できるので、実は音楽的にもなかなかに仕掛けの多い作品なんじゃないかと思う。
今回「ゼロ」そのものは組曲に入っていないが、その要素を含むシュレードの曲を最初と最後に置くことで、「ゼロ」のメロディが象徴的に登場することになり、そこが組曲としての肝にもなっている。

即興と書いたが、今回の2台ピアノでは1台がディレイの反射音を生で模倣するという実験的な要素があるので、ぜんぶ採譜してその通りに弾いてもらう必要がある。うまく演奏すれば目前のホールの反響が変わったかのような幻想を感じられるはず。ぜひ現場で聴いてもらいたいところ。ディレイの硬質できらめくような効果が、2台ピアノ特有の反響の中に立ち上がる……のではないか?

君の神話〜アクエリオン第二章

主題歌。
「創聖のアクエリオン」に比べるとポピュラーにならなかった楽曲だけど、大胆なつくりでひじょうに魅力がある。
特徴は、AメロBメロサビがすべて同じ動機(メロディーの原型)から生み出されていること。イントロの部分も同じメロディーでできているから、ずっとひとつのモチーフを繰り返しているような、歌ものとしては異常な構成になっている。(こういった分析はクラシックの楽曲に対してはよくなされるけど、同時代の作品に対しては残念なことに限られているよね……)
その異常さがしかし、歌詞の内容とあいまって、ものすごいエネルギーを醸し出す。ピアノ編曲では消えてしまうのが惜しいことだけど、歌詞もとてもいい。初恋に感じる運命!みたいなものが瑞々しく表され、 Gabriela の言葉に対する鋭敏さが良く発揮されていると思う。

・サビおわりのコーラス部分
コーラス部分のメロも極めて重要で(これも歌ものとしては特殊)、テレビサイズのOPだとコーラスの歌いだしから始まったりする(「怖れ!」という歌詞がネガティブ過ぎると待ったがかかりそうになったが、実は「畏れ!」だからネガティブじゃないと強弁して通したとか)。そのコーラスのメロディーが楽曲内ではサビ終わりに再び出てくるのだけど、Cの音にフラットがついているのかついていないのかでだいぶ悩んでしまった。頭の部分とサビ終わりとで音が変わっているようには聴こえるが、いろいろ考え始めるとそこの判断は難しい……。世の中に出ている編曲を参照しても、どっちのバージョンもあったりする。
菅野よう子事務所に確認して、本来意図された方を選択できたのでよかった。みなさん、こっちが正解です。

unforgettable

これはEVOLの前作「創聖のアクエリオン」に出てくる、セリアンというキャラクターの歌のアレンジバージョン。という位置づけとはいえ、むしろこっちが原型なんじゃないかというくらいはまっている。弦とハープ、フルートを軸とし、明らかにシシリエンヌ(シチリアに伝わるゆったりした舞曲、特にここではフォーレのあれを想定)の様式。まっとうにクラシカルな音楽にきこえるけど、けっこう声部の積み方は異質だったりする……それがまた美しい。

今回の組曲は全体に派手めな色合いだが、そういう意味でこの曲は静けさ方向に良いアクセントになるはず。

イヴの断片

嗜虐的な雰囲気まで感じさせる力強い歌もの。
編曲しはじめたときは、選んではしまったが本当に2台4手で大丈夫かなと心が折れかけた。結果的にはよく仕上がったと思う。

心が折れかけた理由はやはり要素の多さとテンポのはやさ。演者が気持ちよく弾けるかというのも大事なところなので、そこはかなり気を遣った。まあ、気持ちよく弾けるといっても、だいぶ難しくはなってしまったが……。

保続低音が迫力やエネルギーをあらわすのに使われていて、ある意味クラシカルなテクニックも取り入れられた楽曲。器楽として演奏するときにも効果的だなと思う。

最初から最後までほぼ煽るような曲調であり、ここまで走り続ける2台ピアノ楽曲もなかなかないので、限界挑戦みたいになっているかも。

途中、オケで使われるチューブラーベルという楽器が鳴る箇所がある。荘厳な鐘の音色と聴けば誰もが思い浮かべるだろうあの音。倍音成分が異常なので特徴的な響きになっているわけだが、その倍音構成をピアノの和音で表現しようと工夫したりもしてみた。

「光のカデンツァ」でディレイを、「イヴの断片」で倍音列をピアノで表現するよう実験したといった具合で、組曲としての方向性を貫いているつもり。
うまくベルの音色っぽく聞こえるかどうかも、ぜひ現場で聴いてみてほしい。そういう、ピアノ表現としての興味深さもあるはず。

月光シンフォニア

ED主題歌。
ピアノ協奏曲風のオケとデュオボーカルによる曲。
ピアノ協奏曲風だからピアノにしやすいかというとそうでもなくて、結構大変だった。でも結果的にベストな形でできたと思っている。

おそらく原曲のピアノは打ち込み(生演奏ではない、コンピューターによる再生)。その機械的な響きで、月の光の無機質さというか、つめたさを表現している、のだと思う。
楽曲としてはロマンティックなんだけど演奏としてはつめたい、というのを生の音でどう表現できるか、というところは演奏上の挑戦になる。打ち込みピアノ風に弾くというのは生演奏ではふつう存在しない表現なので、そこの塩梅をうまく編曲にもおとしこめたかな……と。

また、原曲の歌声はピアノと正反対にとにかくエモーショナルなので、そのデュエット感も大切にした。都合上、必ずしも2台がそれぞれを受け持つシーンばかりではないけれど、要所要所で二重唱の雰囲気を感じてもらえると思う。

残響encore

ちょっと変なんだけど熱さを感じるような曲。シュレードの曲にはだいたいそういう変なところがある。原作アニメでは、クライマックスも近いあたりのバトルで使われ、非常に盛り上がるシーンになっている。
言わずとしれた創聖のアクエリオン、君の神話、そしてゼロ(こちらは予告として)などの歌もののメロディが次々に出てきて、それだけでとても興奮を誘う構成。劇中ではその最高潮の盛り上がりで終わるのだが、フルで聴くと実はその後にメランコリックな、レコード盤で聴くピアノの音みたいな展開がくっついている。そもそも使われないだろうことは半ば承知の上で書いている気がする。でも本当の終わり方はこうだよね、みたいな。そういうひそやかな意図みたいなものを感じる瞬間って楽しい。

この終わり方で派手な組曲全体が〆になるというのも、おもしろい仕掛けになったんじゃないかなと。上演する際には、照明などの演出についてもプランがあるので、そちらもあわせて深く余韻を味わってもらいたい。

こんなところです!
まだまだほかの曲についても書いていきますよ。


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