影響力は自分のために使うと小さく、人のために使うと大きくなっていく

東日本大震災のとき、私は外資系の航空会社に勤めていた。混迷を極める原発事故に、日々続く余震、そして来るべく経済危機。あの時は誰もがみんな、明日何が起こるか、本当にわからない状況だった。

被災者の方とは比べるべくもないけど、外資系企業の社員、それも災害などの有事に弱いと言われる航空会社の社員というのは、東京で普通に働く会社員の中ではひときわ不安定な存在だったと思う。本社が日本に見切りをつけてビジネスをたたんでしまう可能性もあったし、実際にどこそこの外資は駐在スタッフを全員本国に引き上げた、などという話がちらほら耳に入ってきていた。

そんな心落ち着かない震災直後のある日、当時私は通勤の混雑を避けてかなり早く出社していたのだが、オフィスに着くと、まだ鍵がしまった扉の前で、身なりのいい外国人が携帯電話を見ながら立ち尽くしていた。

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近づいて見てみると、見覚えのある顔だった。でも確実に知り合いではない。えーっと誰だっけ。。。どう声をかけたものかと戸惑う私に気づくと、その外国人は携帯電話から顔をあげ、私に向けて人の警戒を解く魔法のような笑顔をつくった。その瞬間、思い出した。この笑顔。本社の社長だった。

グローバル企業の社長というのは、日本の支社で働く一社員からするとほとんど芸能人のような存在だ。本当に実在するというのが実感できないほどの雲上人。まだ入社して間もない私は、その時当然初めて彼に会った。

誰だか知らない同僚の不手際で朝から待たせた事をわび、慌てて鍵を開けると、彼は友達に言うようなトーンでありがとう、と言い、続けてこういった。「何か僕にできることはない?」その時は何だかとても唐突に聞こえ、ただ苦笑いで答えるほかなかったこの台詞は、その後グローバル企業をいくつか渡り歩く中で、何度も何度も聞くことになる。全部とても偉い人たちからだ。

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それはグローバル企業の重役に共通する口グセと言ってもよかった。いや、口グセというだけではない。行動原理そのものだった。実際、朝のオフィスで私のキモを冷やした件の航空会社の社長は、果たして来日の目的自体が「何か僕にできることはない?」だったのだ。

そうした重役たちの言動を繰り返し見て、私はこう思うに至った。影響力というのは、自分のために使えば使うほど小さく、人のために使うほど大きくなっていく。グローバル企業の重役たちはそれをよく知っているのだ。それをよく知っているからこそ、重役になれたとも言える。

そのメカニズムはこうだ。まず、影響力がある人というのは、つまりは周りから必要とされている人である。必要とされているから、例えばSNSでフォロワーが増えたり、組織の中で出世したりするのだ。そうして手にした影響力を、また新たに人のために使う事で、より一層人から必要とされ、それが更なる影響力をもたらす。この繰り返し。

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そんな行動原理を理解して以来、本社の重役と会う時は、私はいつも「願い事リスト」を持って行った。プレゼンテーションの一番最後にそれをつけておき、万一他の案件が押したりして時間がなくなってしまったときでも、その「願い事リスト」だけは必ず説明させてもらった。

すると、重役はそれを実際に叶えてくれる。少なくとも、叶えるためのアクションをしてくれる。そして、そうした願い事を次に会った時必ず覚えているのだ。その証拠に、次に会ったりメールを交わした時、あの件担当に言っておいたけど、その後どうなった?などと聞いてきてくれる。

そうなると、こっちはその人のために頑張らざるをえない。みんながそう思えば当然管掌しているビジネスの結果は上向き、重役はその地位をより強固なものとする事ができる。そしてまたそこで得た力を誰かのために使う。そんな無限ループで、影響力は雪だるま式に積み上がっていく。それを人のために使い続けている限り。

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歴史上の独裁者たちは、ピークと言える権力を手にするまでは、実はみんな影響力を他人のために使っている。この時点で問題が起こるのは、その「他人」が特定の社会集団である場合だ。そして、栄華を極め、それを自分のために使い始めると、そこから凋落が始まる。影響力は、人のために使うと大きく、自分のために使うと小さくなっていく。これは古今東西例外がほとんどない影響力の法則だ。

一部のSNSでは、フォロワーを増やすのがゲームのようになっている。私は実は、それをあまり悪いとは思わない。フォロワーを増やして何をするか、目的が無くてはダメだ、という嫌いもあるけど、例え明確な目的があっても、それが自分のためだったら、影響力の輪は広がらない。

フォロワーを増やしたかったら、影響力を他人のために使うほかない。それに気づかない人のフォロワーが「インフルエンサー」と呼ばれるレベルに増えることはないし、それに気づいた人が実践し、影響力を他の誰かのために使う人が増えるのはとてもいいことじゃないかと思う。

おわり

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マーケターのように生きろ: 「あなたが必要だ」と言われ続ける人の思考と行動



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