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連載小説③漂着ちゃん

 私はまだ、自分が救った女の子には会えなかった。どんな事情があるのか詳細は分からないが、この町には何か大きな秘密があるようだ。

 同じ日本語なのに、私たちには理解出来ない日本語というものがあるのだろうか?

 それはともかく、ここにいると時間の流れを忘れることができる。私はそもそもこの世に絶望してここにやって来た。そして自殺しようとしていた。

 あの山で川に漂着した女の子を発見していなかったならば、もうとっくに私は死んでいたに違いない。しかし、これも運命というものだろう。死を覚悟していたからこそ、あの子を救おうとした。その途中でたとえ私が死んだとしても、自分の望みは叶う。私が生きたとしても、女の子の命が助かるのなら、それはそれで嬉しいことだった。どちらに転んだとしても、私には何も不都合なことはなかったのだ。

 今の私には積極的に生きようとする意志はないが、あの女の子の容態を知ることだけが、この世に残したたった1つの未練となっていた。

「あの、そろそろ例の『私たちが知らない日本語』のことについてお話していただけないでしょうか?」

 私は老婆に尋ねた。

「さて、どうしたものかな。あなたはまだここに来て間もない。本当に信頼してよいものかどうか。あなたがここで生きるという決心を固めるならばお話してもいいんですけどね」

「何かの犯罪が関係しているとか、ですか?」

「いやぁ、犯罪ではありませんよ。ただ、私たちにもまだ確証が持てないのですよ。あの少女たちの由来がね」

「由来?出身地が分からない、ということでしょうか?」

「いや、あの子たちの出身地はおそらくこの近辺でしょうよ。そんなに遠くから流れてくることは考えられませんから」

「どういうことでしょう?この近辺の出身なのに、彼女たちの話す言葉が理解出来ないというのは。外国語ではないのでしょ?」

 ここで老婆はふぅ~と息を吐き出した。話すか話すまいか、思案しているようであった。

「わかりました。あなたにはお話しましょう。けれども、私たちの考えも単なる仮説に過ぎないのですよ。一応、彼女たちの言語を分析したり、DNAを分析したのですが、にわかには信じられない結論に至ったのです。このことをこの町の外にいる人々に話せば大パニックになるに違いないですからね」

「まさか、あの女の子たちが宇宙人とかおっしゃるつもりはないでしょうね?」

「むむむ、宇宙人ではないと考えますが、それに近いものはあります」

 いつしか、日没の時間に近づいていた。

「話のつづきは、また明日にしましょうかね。そんなに急いで伝えることではありませんからね。話す私にも心の準備が必要なんですよ」

 この町の住人は、日の出と日の入りに合わせて生活しているらしい。私は居候の身だ。老婆の言うことばに従うことにした。


つづく



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