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小説 | あの日の償い~永久欠番のあなたへ~

(1) 昭和55年5月


 やっと夜勤が終わった。本当に疲れた。体が痛い。とりあえず、うちに帰って、いったん寝よう。

 そういえば、今日は母の日だったな。ひと眠りしたら、カーネーションを買って久しぶりに実家に顔を見せよう。高いものはプレゼントできないけど、今までたくさん母さんには心配をかけてきたからな。


(2) 昭和62年4月


「すいません、今日は郵便局に行ってきます」

「お前、また貯金か?コツコツとエラいな」

「申し訳ありません」


「しかし、あいつマメだな。給料袋もらった日には必ず貯金しに行くんだから」

「いや~、前に一度たまたまでくわしたことがあるんだけど、入金じゃなくて、どこかへ送金してるらしいよ」

「お母さんに仕送りでもしてるのか?」

「いや、彼のお母さんはもう6、7年前に亡くなっているはずだが」

「そうなんだ。あいつ、まだ独身だよね。お母さんもいない、嫁さんもいないのに、どこに送金してるんだい?」

「個人的なことだから聞いたことがない。気になるけど、あまり詮索するのも気がひけるしな」


(3) 昭和62年5月


 仕事が終わり自宅に帰ると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。あれから7年間、毎月私が書留郵便を送りつづけてから初めての返信だった。


「もう、私にお手紙を送りつづけるのは、やめていただけないでしょうか?あなたの文字を見る度に、あの人のことを思い出してしまうのです。あなたのお気持ちは十分に伝わりました。これからは、お手紙をしたためるのも、送金も、お断りしたく存じます。どうかこれからは、あなたご自身の生活を立て直して、自らがお幸せになることをお考えください。あなたもどんなにかお辛かったことでしょう。あなたのお気持ちを忖度すると、私もこのままではいけないと思うようになりました。私がいつまでも、7年前のあの場所に立ち止まりつづけることを、あの人も望んではいないでしょう。私は今、心から思うのです。7年前に止まってしまったあなたと私との時間を再び前へ動かしたいと。本当に今までありがとうございました。では、お元気で。7年間、あなたを無視しつづけた無礼をお許しください」


 奥さまの手紙を読む間、私は涙を止めることができなかった。償いきれない罪を犯してしまった私のことを、奥さまはお許しくださったのではないかと。

 あの7年前の夜勤帰りの朝、私は一人の男性をひき殺してしまった。それ知った私の母も、息子が仕出かしてしまった事の重大さに耐えきれず、自ら命を絶ってしまった。

 もう戻れない。奥さまとそのご主人様の安寧を祈りながら、母の墓前にカーネーションの花を手向けよう。




…終わり


さだまさしさんの「償い」という曲から着想を得て、この短編小説を書きました。実際の出来事とは関係ありません。



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