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連珠世界選手権2023参戦記 2: Irina Metreveli〜あなたのMaybeを、もう一度聞きたい〜

イリーナメトレベリ、通称メトレベリ先生は1997年に新設されたWT(Woman Tournament)の初代覇者である。以来ずっと、2023年の今年までアジア開催でもヨーロッパ開催でも出続けている。13回全部だ。ボードゲームの世界で、女性が大会に出たり、競技を続けるのは様々なハードルがあるのをこれまで見てきた。なのでこの回数だけでも彼女が尋常じゃない情熱の持ち主であることがわかる。

偉大なる蛸島彰子先生の座右の銘は「続ければ、人生」だけれども、彼女こそ連珠に人生を捧げた人だろう。WTはいつも上位で、前回は今回優勝した汪清清に勝ち銅メダルを獲っている。創設期と現代ではレベルが違うわけで、つまり彼女自身がレベルアップし続けているのだ。年はわたしの一回り上の62歳。もう、リスペクトしかない。引退した今もなお将棋の研究をしているという蛸島先生、メトレベリ先生とぜひ一度対談していただけないでしょうか……。

彼女が凄いのはプレイヤーとしてだけではない。連珠未開の地だったロシアで普及し続け、数多くの生徒を育ててきた。今回のWTも3人の十代選手を引き連れ、対局が終わると彼女たちに声をかけ感想戦に加わっていた。一方のわたしは自分の連珠のことだけでも手一杯で、誰ひとり仲間を連れて来られていない。将棋を教えるのはメトレベリ先生と同じく仕事にできたけど、それだって初心者向けの普及で手一杯。そこから先へ、大会に出ようという選手を育てるまでには至らなかった。将棋は日本では社会的にも認められていて、多くのサポートが受けられたにもかかわらず、力不足を感じることばかりだった。彼女は連珠の知名度が高くないロシアで、一から土壌を開拓してきた。一体どれほどの困難を乗り越えてきたのか、想像することもできない。

対局中のメトレベリ先生はカッコいい。深く慎重に集中する序盤は間違える雰囲気が微塵もない。相手の攻めを切らす空間の受けがうまくて、自分の考えを先々まで見透かされているような気持ちにさせられた。先後2局ずつ対局し、どちらの局も彼女は終盤「Maybe Draw」と静かに呟いた。普通の人は満局提案のとき「Offer Draw」と言う。なのでこれは満局提案ではなく、彼女がただ呟いただけかもしれない。でも彼女がMaybeというならそうなのだろうと思わせる説得力があった。相手に求めずとも、彼女がそう思った、それでいいじゃないか、そんな説得力だ。彼女だから似合う、世界一カッコいい満局提案だと思った。

今大会はホストを務めるトルコ側のスタッフ不足で、岡部九段が選手をやりながら主審を務めることになった。開会式を回すのも岡部さん、抽選を行うのも岡部さん、表彰式を回すのも岡部さん……。賞状を渡して、メダルをかけて、トロフィーを渡して…と一人でこなすのは結構忙しい。次に渡すものを探しながら壇上でも気を配らなくてはならないからだ。そうしたらすぐにさっと横からメトレベリ先生が後ろにまわり、岡部九段が考えなくていいように渡すものを差し出した。誰に断りもなく彼女は無言でサポートし続けた。そして岡部九段が表彰される番になると、阿吽の呼吸でメトレベリ先生がすっとプレゼンテーターに入れ替わった。それは長年ユース世界選手権や世界選手権で戦ったり運営してきた同志の絆を感じる一幕だった。


岡部九段の公式戦は1040局、イリーナは940局。おそらく、最も対局数が多いうちの二人だろう。この二人は何があっても連珠をし続けるんだろうな、という同志なのだろう。わたしは連珠を始めたのが遅く、昔の姿を見ることはできなかったけれど、これからのことは見ることができる。彼女が年をとっても連珠をし続ける姿を見届けに、そして強くなり続ける彼女に挑戦しに、また世界選手権に行きたい。

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