見出し画像

連珠世界選手権2023参戦記 1 汪清清〜レジェンドは夢のために戦えるか?〜

羽田空港に着陸したと同時に神谷はスマホの電源を入れた。一足先に中国に帰国した妻、汪清清からのメールが届いている。そこには清清の全勝優勝を祝う花々と、豪華な食事の写真があった。所属する棋院が用意したものだろう。隣で見ていた中山は思わず「ものすごい格差を感じる」と呟いた。私は聞いた。「わたしたち、銅メダルの報奨金ってもらえるんだっけ」「何もないよ」。イスタンブールから羽田まで、念のためにと私はメダルをぶら下げたまま飛行機に乗っていたが、とうとう誰にも出迎えられることなく帰路についたのだった。

開会式の前に全選手で行った早打ち戦では男性棋士に混じって2位

清清にとって連珠は仕事だ。中国は連珠がプロ化されており、企業や政府が大会や棋士個人の生活をバックアップしている。地域により棋院がいくつもあり、清清は湖北省の棋院に所属する棋士だ。中には世界チャンピオンにもなったQi Quanなどアマチュアで、本業は別にある選手もいるが、アマでも日本より恵まれた環境であることは間違いない。大会は美しく広い、椅子やテーブルに敷物が敷かれているような会場で行い、たくさんのスポンサーの看板がある。今回の世界選手権も選抜選手の旅費交通費は全額支援されている。連珠を教えることも仕事になっており、連珠を習い事としてしているだけでも裕福で教育熱心な家庭だという。その中のトップ棋士として活躍する清清は、エリート中のエリートといえよう。

清清は女性が少ない連珠界で、これまで多くの道を切り開いてきた。世界選手権AT(今回出場した女子だけのWTではなくトップ12人のリーグ)への出場経験もあるし(過去にはロシアのサブラソワと清清の2人だけ)、中国やヨーロッパなど男女混合の大会での優勝経験もある。

若い頃から世界中を飛び回り、英語は堪能。持ち前の明るさで多くの人々とコミュニケーションをとってきた。そんな知見と経験に富んだ清清が今、連珠をしても何も見返りのない日本に来ようとしている。私はずっと不思議だった。いや、不安だったといってもいい。清清、日本に来てもつまらないのではないだろうか。物足りないのではないだろうか。中国でトッププロと切磋琢磨したほうが楽しいのではないだろうか。

それぞれの立場が違うと、見える景色も違う。清清には彼女なりの苦悩があった。個人である前に国の代表である清清は、大会に出るにも棋院の許可が必要だ。例えばチーム世界選手権は男性選手でチームを組むという決まりがあるためいくら強くても出場したことがない。結婚してもなお、日本に来るには棋院の承諾をその都度必要としている。自由に行きたい道を歩んでいるわけではないのだ。

背負っているプレッシャーも違う。結果を出せない選手たちが管理職側の人間に叱責されることもあるという。明るくパワフルな清清のイメージと、管理されているサラリーマンのような姿、かけ離れているようで、それが現実だった。彼女は身の上話をしたあと中山にこう言ったという。「日本のみんなは夢のために戦えて羨ましい」と。

最も手こずっていたMaria戦。これ以外の多くは余力を残して早々と勝利していた

とはいえ、今回のWTは清清にとって手応えのない、つまらない大会だったに違いない。それでも出場したのは、これまで銀メダルどまりで、優勝経験がなかったからだ。彼女は「タイトル獲ってないの?」「何獲得したの?え?WTないの?」と皆に言われるんだと身振り手振り交えてものまねをしていた。今回こうして無事に獲るべきものを獲り、また一つ重荷から開放されたというわけ。

全ての対局が終わったあと集まった部屋で談笑していたとき「君たち(AT)楽しそうだった!」「次は私がbeat youする!」と宣言していた。「私には2つ夢がある」とも。一つはATで優勝すること。もうひとつは日本の名人になることだという。私はそうやって清清が成りたいものに成っていく姿、道を切り開いているところが見たい。そしてその後を追いかけたい。きっと清清ならできると思うし、聡明で誰からも好かれる彼女は、夢を追いかけて幸せになる権利がある、あって欲しいと思う。

おじゃま虫がいるぞ〜

彼女は表彰式が終わるとすぐに中国の大会に出場するため移動した。翌朝、がらんとした食堂で神谷は「妻がもういない…」と肩を落とした。次に日本に来るのは正月明けだと言う。わたしは少しでも寂しさを紛らわせようと「コレ、オイシーよ!」「コレ、ワタシスキ!」と清清の似ていないモノマネをした。

トランジットのため韓国についたあたりだっただろうか?神谷がメールを見て「清清、大会終わったらすぐ帰ってくるっぽい」と驚いていた。なんでも、「日本の方がよく眠れる」「日本の方が連珠の勉強をするのに適している」「その成果が今回出た」と棋院を説得して、2週間後の帰国を勝ち取ったのだそうだ。行動が早い(笑)。うんやっぱり、彼女は自分の力で道を切り開くのが似合っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?