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第一次アルマゲドン戦争(3)フェンリス包囲

 ハイラカン星系での惨劇の後、異端審問庁とスペース・ウルフとの間の紛争は激化の一途をたどった。それまでローガン・グリムナーの厳命によって反撃を控えていた狼たちの堪忍袋の緒が切れたのである。〈帝国〉軍どうしの艦隊戦によって、異端審問庁とグレイナイトの艦艇は何隻も破壊された。〈ホルスの大逆〉以来一万年にわたってグレイナイト第一騎士団の旗艦であった〈ヤヌスの矛〉も犠牲となり、50名以上のグレイナイトたちも乗員もろとも喪われた。

エスカレーション

 悪化する戦況の中、キスナロス大審問官はレッド・ハンター戦団からの支援を要請した。レッド・ハンターは巨艦〈聖なる信頼〉と戦団長デイマールとともに総力をあげて異端審問庁艦隊に合流した。キスナロスとしては、味方にスペースマリーンをつけることで、異端審問庁が〈戦闘者〉全体とことを構えているというイメージを払拭しようとしたのである。また、ますます非協力的になってきたグレイナイトに不安を抱いていたためでもあった。

レッド・ハンター戦団

 レッド・ハンターの参戦で、武力衝突はさらにエスカレートし、死傷者の数はうなぎ登りに増えていった。アルマゲドン封じ込め作戦の犠牲者数もすでに数十億のオーダーに達していたが、スペース・ウルフたちが脱出者たちをあまりにも数多くの惑星に、たくみに分散させたために、すでに実効性を喪っていた。

 この状況を見て、異端審問庁内部でキスナロスに反対する者たちの我慢も限界に来ていた。ヤールスドッティルのような上級審問官や〈刃を砕きたる者〉ハイペリオン卿をはじめとした高名なグレイナイトもキスナロスの排除に動き始めた。彼らはキスナロス個人を抹殺することで、ことが〈帝国〉全体の内戦に拡大することを防ごうと考えていたのだ。この不穏な動きについてレッド・ハンターから警告を受けたキスナロスは、異端審問庁艦隊に監視用のサーボスカルを設置しなければならなくなった。

 事ここにおよんで、キスナロス自身も、とうとう自分の戦略が失敗に帰したことを認めざるを得なくなった。445.M41年、八ヶ月におよぶ作戦行動を経たアルマゲドン封じ込めは中断された。

〈牙城〉の危難

 しかしキスナロス大審問官は引き下がったわけではなかった。封じ込め作戦中断の直後、異端審問庁、グレイナイト、そしてレッド・ハンターの艦隊は、スペース・ウルフの凍てつく本拠惑星フェンリスに急行したのである。

 キスナロスは、フェンリス星をまるごと人質にとることで、ローガン・グリムナーに異端審問庁への屈服を強要しようと考えていた。事実、スペース・ウルフ戦団の大半は、その武勇を見込まれて銀河系全域の戦線に散らばっていたため、当時、本拠地フェンリスにはスペースマリーンがわずかしか残ってはいなかったのだ。この防備手薄な星に到着した艦隊は、高軌道上からスペース・ウルフの名高い要塞修道院〈牙城〉に向けて、猛烈な爆撃を実行した。

 〈牙城〉に多大な損害を与えた爆撃の後、立て籠もるスペース・ウルフに対して交渉が持ちかけられた。異端審問庁の使節団として選ばれたのは、大審問官キスナロス本人、フェンリス出身の上級審問官ヤールスドッティル、そして狼たちからもアングロン打倒の武功で尊敬されているハイペリオン卿だった。大審問官はこの二人が暗殺計画に与していたことに感づいていたが、今度こそ交渉を成功させるため、最高の人選をしたのであった。

 〈牙城〉に到着した使節を迎えるために、スペース・ウルフたちは、尊崇される古老にしてヴェネラブル・ドレッドノート、〈凶手〉ビョルンを呼び覚ましていた。ビョルンはかつて大征戦においてレマン・ラスそのひとの近侍として戦い、総主長の失踪後はスペース・ウルフ戦団の初代戦団長を務めたいにしえの英雄である。

 キスナロスはビョルンに対して、スペース・ウルフが〈帝国〉の権威と指揮系統にはっきりと服従することと、異端審問庁の部員を攻撃したことへのつぐないとして贖罪征戦に向かうことを要求した。これに従えば、異端審問庁は戦団に対してそれ以上の措置や弾劾を行わないというのである。

 ビョルンは動じなかった。そして、数千年にわたって人類に奉仕してきた誇り高く歴史ある〈第一期創設〉戦団に対して、名誉よりも便宜や効率性にしたがう低俗な官僚に屈服するよう求めるとは何事か、と論難した。しかもこの要求は〈牙城〉に向けて軌道上の艦隊が砲門を向けているときに為されたのである。とても信頼が置けるものではない。もっと精細な要求をせよ、と。

フェンリス艦隊戦

 交渉が暗礁に乗り上げようとしたそのとき、驚くべき事態が起こった。フェンリス星近傍の〈歪み〉を破って、ローガン・グリムナーが指揮するスペース・ウルフ戦団艦隊が出現したのである。艦隊の水先案内を行うルーン・プリーストの生命を燃やしつくすことで、〈大狼〉の艦隊は異常きわまるスピードで絶体絶命の母星に到着を果たしたのである。〈牙城〉での交渉は打ち切られ、異端審問庁の使節団は上空の戦艦〈コレルの希望〉に急ぎ帰還した。

 キスナロスとグリムナーの間で、戦艦どうしのヴォクス通信を通した短い罵り合いが交わされた後、フェンリス軌道上で艦隊同士の全面衝突が発生した。〈帝国〉海軍の指揮権を緊急措置で奪ったキスナロスは、あわてた様子もなく冷静に艦隊指揮をとり、驚くほどたくみな艦隊戦術スキルを発揮した。異端審問庁艦隊の半数は〈牙城〉への爆撃を続行。残りの半数とレッド・ハンター戦団がスペース・ウルフ艦隊と交戦した。

 スペースマリーンどうしが戦う死闘の中、ローガン・グリムナーは乗艦〈スクラマサクス〉に、異端審問官の旗艦〈コレルの希望〉への突撃を敢行させた。スペースマリーン艦の優秀なシールド、装甲、そして側舷砲列の破壊力によって、〈コレルの希望〉のヴォイド・シールドは消失。すぐさまグリムナーとウルフガード親衛隊は、異端審問庁の戦闘巡洋艦にテレポート乗艦を行った。

 ブリッジでウルフガードとグレイナイトとの戦闘が発生する一方、ローガン・グリムナーは大審問官が指揮をとっている司令塔へと疾走した。途中、ハイペリオン卿とヤールスドッティル審問官が〈大狼〉を阻もうとしたが果たせず、ついにグリムナーはキスナロスのもとにたどり着いた。大審問官は自身も強力なサイカーだったが、身を守る気がなかったのか、それともスペースマリーンの俊敏さに反応できなかったのか、ローガン・グリムナーの刃の一閃を受けて、その首は床に転がったのである。

 審問官を殺したグリムナーの前に立ちふさがったのは、グレイナイトの英雄〈刃を砕きたる者〉ハイペリオンだった。ハイペリオンはアングロンの刃を砕いたその強力なサイキック・パワーで、ローガン・グリムナーの名高き氷斧〈モルカイ〉にヒビを入れると、単身、二十名ものスペース・ウルフに立ち向かった。

 この決闘でハイペリオン卿が生き残ったのは、まもなく〈凶手〉ビョルンが〈コレルの希望〉のブリッジにテレポートして、「この狂気の沙汰をすぐさまやめろ」と全員に呼びかけたからである。こうして渾沌との戦争に端を発した同士討ちはようやく終わりを迎えた。

不穏なる和平

  ビョルンはグリムナーに対して、ただちに戦闘を中止して、異端審問庁との間で妥協点を見つけるように命じた。そして、異端審問庁の代表として交渉の場に出席したヤールスドッティル審問官とハイペリオン卿の前で、二度とフェンリス上空に異端審問庁の艦隊を出現させないこと、グレイナイトの存在を知ったスペース・ウルフに記憶抹消処理を施さないこと、ハイペリオン卿自身が〈牙城〉でスペース・ウルフ全員に対してグレイナイトの任務とその重要性を説明し、誤解と無知による紛争が再発しないようにすること、を要求した。交渉は妥結し、フェンリスの包囲は終了した。

 しかし、スペース・ウルフの受けた損失は甚大なものだった。八ヶ月におよぶ交戦の結果、戦団の艦隊はほぼ壊滅。戦団に仕える奉仕者や奴卑も大量に死亡していた。〈戦闘者〉も多大な死傷者を出していた。爆撃による〈牙城〉への被害は、〈ホルスの大逆〉後、742.M32年に赤のマグヌス率いるサウザンド・サン大逆兵団が襲来したときよりも大きかった。4隻もの〈帝国〉戦艦がこの巨大要塞に墜落し、軌道砲撃によって防備は荒廃したからである。

 異端審問庁の損害もスペース・ウルフ同様ひどいものだった。特にグレイナイトの損失は莫大だった。第一次アルマゲドン戦争での渾沌との戦いですでに百人以上の犠牲を出したグレイナイトは、その後の内戦でさらに〈ヤヌスの矛〉をはじめ戦団の誇る軍艦を何隻も失い、一個騎士団に匹敵する〈戦闘者〉を喪ったのである。

 和平は成った。だがスペース・ウルフと〈帝国〉当局、特に異端審問庁との間の信頼関係は、ほぼ完全に崩壊した。以来、スペース・ウルフは〈牙城〉への異端審問官の立ち入りを禁じ、事あるごとに異端審問官の活動に楯突くようになる。

 第一次アルマゲドン戦争はようやく完全に終結した。だがこの戦争がもたらした〈帝国〉の誇る組織どうしの遺恨は、およそ五百年後の999.M41年、宿敵マグヌスが再臨したときに、スペース・ウルフと〈帝国〉に大きな災いをもたらすことになるのである。

(了)


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