ことばのうみのはじまり4 ゆるめの蛇口

父がマッサージ師で病院勤めだったこともあり、
歯にしろ皮膚にしろ風邪にしろ行くのは父の病院。
国鉄(のちJR)の仙台鉄道病院だ。
入ってすぐのロビーには白鳥の大きな剥製があった。
各所に中庭があり、池やジャングルがしつらえてあるのは入院患者の慰みだったのだろうか。
売店は廊下の角にあり、そこだけ丸いカーブの透明緑色のプラスチックでカプセルのように囲われていた。
気味悪さとロマンが混在した古い建物だった。

病院の匂いが嫌い、という声を聞くしそれはよく分かる。
それでもわたしはここで過ごした時間が長いので、そんなに気にならない。むしろ郷愁を感じてしまう。
現代のメンタルクリニックのアロマの方がわたしには臭くてたまらない。

家族の病気でも来るし、父の居るリハビリテーション室にわたしを預け、母が街に買い出しにということもたびたびだった。

顔見知りのせいか病院ではアイドル的に扱われた。
誤って鼻の穴におもちゃの銀玉を入れた時は、ピンセットでそれを取りだした耳鼻科医に「これ記念にもらっていいかい」と言われ。
検診に行った歯科では「ポッカちゃん歯並びいいね…今度歯型とらせて」と言われる。


わたしの腕にできものが出来て皮膚科に行くことになった事がある。
3歳くらいだと思う。
母はなんだか連れて行きたくなさそうだったらしい。
父が理由を聞くと

「あの子、何言い出すかわからないんだもの」ということだ。

ここだけ聞くとなんとなくホラーだ。
それじゃあオレが連れてくからいいよと父にバトンタッチして、
皮膚科まで父と行くことになった。
医者も看護婦も父にとってはみんな知り合いで飲み仲間だ。

皮膚科医はおじさん。フムフムとわたしの腕を診察する。
わたしの後ろには父が立っている。
「薬塗っておけば大丈夫だね」
「ポッカちゃん?痒くても、かいたり触ったりしちゃダメだよ?」
医者はわたしの患部をさすりながらそう言った。
わたしは医者の目を見ながら

「アンタだって触ってんじゃねえか(原文ママ)」

ズキュンとおじさんの眉間を撃ち抜いた。
父は後ろで笑いをこらえるのが大変だったらしい。
父は怒ることもなく「だってポッカの言うことホントだし。確かにあの先生ちょっとテキパキしてねんだ」と笑って母に話したらしい。
後年その事を「お父さんよくわたしのこと怒らなかったね」と聞いた。
父は「だって的を射てるんだし、子どもの言ってることだしな」ということだ。
自分が恥をかかされたと怒らないその心意気は見習いたい。


数年後に父は、小学2年生の父親参観に来た。
幼稚園に馴染めなかったわたしを気にしていたのかも知れない。

一通り授業が終わり、残りの時間は「おこずかい」の話し合いになった。
一日100円の子、一月500円の子、もらってない子。家庭により色々だった。
わたしはもらって無く、欲しいものは申告制だった。
特に何とも思ってなかったけれど、クラスを沸かせるのが楽しくてもらえる方がいいと主張した。
父は楽しく笑って見ていたという。
先生が「でもポッカちゃん、お年玉いっぱいもらってるでしょ?」と振ってきたので、「でもそれ全部持っていかれちゃうの!」と返しクラスがドッと湧いた。
父は後ろの親たちに紛れて「面白い子供さんですなあ」と他人顔で笑っていた。
わたしはクルッと後ろを向き「お父さんとお母さんに!」
と父を指差した。
父のその時の気持ちは想うに忍びない。「やられた」と思ったそうだ。
それでも怒られはしなかった。
今でも「あの時は恥ずかしかったなぁ」と父は楽しそうに話す。


中学2年生の時
英語の先生が何ヶ月か休むので、教頭先生が代わりに英語を担当するようになった。ひと月ほど経って、教え方があんまりだったのでわたしは職員室に行った。
教頭の所に行って「先生は生徒に成績良くなって欲しいんですよね?」と確認をとる。前提は大事だ。「はいそうですね」とニコニコ赤ら顔の返事。
「じゃあ今のままじゃ分かりにくすぎる。声も小さい。それと板書するのであれば…」と手短に話した。教頭は特に怒ることもなくいつものニコニコ顔だったけど、教頭のななめ前にわたしの担任の先生の席があってそこに居た。
今思うと、あの後「いやぁ手厳しいですなぁ」なんていうギクシャクしたやり取りがあった可能性が高い。
まずは自分の担任に相談しないで直で教頭に向かうのがわたしらしい。
将を射んとする時に将を狙うのだ


その後の人生でも相変わらず何でも言ってしまっていると思う。
でも自分ではあまり覚えていない。
他人の語り草になっているのを聞いて思い出したり出さなかったり。
立場や身分や距離を気にしない病気、とも言えるが
わたしがわたしのままでいるには必要な資質だったと思う。
本当に思ったことを言って孤立するのは最高だ。

それでも近年は大人になったので、言わなくてもいいかと
蛇口を閉めることが多い。
聞く耳も砕く顎も持ってない人には何を言っても無駄なのだ。

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