ことばのうみのはじまり5

小さい頃からアパート暮らしなので
鳥類やほ乳類のペットを飼ったことがない。

小学校に入る前
母に「何か飼いたい」とねだっても「うちでは無理」という返事しか返らなかった。
動物がどこからやってくるのか知らないので、とりあえずわたしは虫取りアミを持って出ることにした。

とはいえ山に住んでた訳ではない。
地方都市の国鉄アパートの団地7棟、その敷地がわたしの行ける世界のすべてだった。結構な広さで各所に遊具や草木、コンクリート製の謎のトマソン(建築物)があった。

「あんまり遠くに行くんじゃないよ」
出がけに母にそう言われ帽子をかぶせられたが、わたしは動物を連れて帰る気満々。
ペットは自分でとってくるもの。我ながらよく気づいたとワクワクしていた。
三階のわが家から階段を降りて一階へ。さあどこに行こうか、犬でも飼っちゃう?とフィールドへ踏み出す。

しかし外というには一歩目、一階の門前に巣から落ちたであろうスズメの子を見つけた。
子どもの頃は神さまがいて、フシギに夢を叶えてくれる。
ユーミンの歌うとおりだ。
「えやっ」とアミでとらまえて、今きた階段を上って行く。

「お母さん、鳥をつかまえた!」
カップラーメンができるより早いご帰還である。
母は驚いていたが捨てろとは言わなかった。
ボール紙の箱に空気穴をいくつか空けて、即席の巣を作ってくれた。

その夜はガイコツにくすぐられる夢を見た。

インターネットの無い時代なのでスズメの子に何を与えたらいいのか分からず、スポイトで牛乳を与えた。
鳥かごでもなく箱の中、その箱もベランダに置いてあるので、イメージしていたペットのいる生活とは違っていた。
そして名前も付ける間もなく居なくなった。
ある日外から帰ると、母から「あのスズメ、箱から居なくなってしまった」と報告を受けた。箱のフタは石を乗せるでもなく何の固定もしてなかったのだ。
残念ではあったけど、うちにペットがいるという実感も薄かったし、箱ではスズメも手狭だったろうからなんとなくこれで良かったという気分だった。
「元気になって出て行ったんだろうねえ」わたしは満足だった。

現在に至るまでこの時以外鳥類やほ乳類を飼っていない。
ただただ自分で動物をゲットしたという夢物語が、キラリと心に刻まれた。

近年聞いた話
母が高校生の頃、一羽のスズメが家に舞い込み、エサをあげているうちに住み着いたそうだ。ピーコと名付け、珍しさから当時の新聞にも載っている。
あれ、母さんそれわたしと一緒じゃん。

ある日ピーコは居なくなり、隣家の猫が犯人としてうちの家族に睨まれた。
小学生だった末っ子の叔父は今でも
「あれは絶対となりのミーコが食ったんだ」と言う。
「ピーコの仇だとよく石をぶつけようとしたもんだ」と懐かしそうに笑う。
そういう遺伝子の記憶からか、親族で犬は飼ってはいても猫を飼っている家はない。大人になったいとこ達ももれなく犬だ。


わたしはどうだろう。動物どころか植物さえ育てる意識が希薄だ。
モグラとタヌキならと思ったが、個人での飼育はほぼ無理らしい。
最近のら猫が気になりはじめ、気になると目に入ってくるもので、町内でも結構出会いがある。
いつかアミを持ってとらまえに行くよりは、あちらからトトトンと訪ねて来てくれる夢物語が、叶いそうな気もしている。

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