ことばのうみのはじまり11 脱走

首の骨の手術の次の日から、精神の調子がおかしくなった。パニック障害の怖さが迫って来る感じとともに1秒を待っていられない苦痛、水のカルキすら激臭になる嗅覚と味覚の障害。さらに誰にも言わなかったけど白い壁に模様が見えたり目の裏に絨毯のような幾何学模様が浮かぶ幻覚も見えていた。

総合病院に限らないとは思うけど、どんなにひどい症状であれ医師の診察を受けるにはそれなりの手順と時間がかかる。さらに一粒の薬を出してもらうのにも認可やらで時間がかかる。それが精神科となるとさらに緊急性が下がる。私見ではあるけど足首の骨3つが全部折れて麻酔なしで骨の位置を戻した時も「パニック障害に比べたらなんともない」がその時の感想で、それくらい精神の不調はどうしようもなく抑えがきかない。

手術後2日目の朝、サブの医師が回診に来た時に「もうダメです。いったん自宅に帰って精神を整えさせてください」と懇願した。メインの医師と違いこのサブの医師はデフォルトで人の心が分からないタイプの人間である。「でもどうするんですか、まだ自分で歩くこともできませんよね?自宅までどうやって行くんですか。行けるならいいけど…」と言う言質をとった。「運んでくれる人さえ手配できればいいのであれば、出来るので出ます!」それから電話で外部に連絡し、以前働いていた職場の人たちにわたしを運び出すよう算段をつけた。相手も大人なので彼らの常識の判断は任せ、金銭も払うつもりでいた。ただ運悪くその職場は年に一度の大仕事の日でほぼ全ての人が出払っていた。そういえばわたしがいた頃もそれがあった。それでもなんとか2人の人が夕方に来てくれるという。人付き合いの悪かったわたしにはもったいない厚意だ。
この時点で11時。ずっと苦しくアイスノンに顔をうずめ、その痛い冷たさで気を逸らそうともがいていた。精神科には昨夜からアポイントをとっているがまだ来ない。1秒が10分に感じる。少し強めの鎮静剤を早急に出してくれるシステムさえあれば、こんなに迷惑はかけなかった。

病院の経営者、医者、看護師、彼らの不勉強や怠慢が患者さんの負担になることはあってはならない。先だってコロナのPCR検査を受けることがあった。奇しくも同じ病院である。わたしはまだ高熱の影響でふらふらなのに、医者が看護師からパソコンの入力や試験の方法を教えてもらっている。コロナが拡がってもう丸2年だ「いまお勉強タイムなのかい!おい大丈夫かい!?」と大きな声をかけてあげた。出来の悪い医者を待つより、細かなことまで把握している看護師にさっさとやらせたほうが患者さんの負担を減らせるはずなのだ。その場にいる全員がシステムの不備と改善のための行動をとらねばならない。すべては苦しんでいる人の負担をできるだけ早く軽くするためだ。祖母の採血を必ず失敗するオバさん看護婦に往復ビンタしそうになったのも記憶に新しい。わたしは暴力を厭うタイプの人間ではない。医療という環境の近くで育ったせいもあり医療従事者にわたしは厳しい。患者、じゃない「患者さん」だ。看護師は医者にヘラヘラするな対等に物申せ。医療が善意でなく仕事になったらやめちまえ。疲れたら転職してでも休め、患者さんのために。事務職と薬剤師をパソナで雇うな、派遣会社の更新で仕事のノウハウが蓄積しないので患者さんの待ち時間が長すぎる。遊撃手である看護師の給料を上げ、出来ることの権限も増やせ。ナースコール1分以内で来れる人員に増やせ。おい経営者、どこか質の悪い病院に入院してみろ。

さて脱走。サブ医者もナースステーションも大慌てであるうえにわたしは「帰してくれー」と外まで聞こえるうめき声をあげている。いろいろもう限界だ。

そんな中、看護師の中でもベテランの1人、ここではフォークス(仮名)と呼ぼう。大抵の看護師がわたしを見放したように距離をおいてる中で彼はわたしに話しかけた。「ポッカチーネさん、私に携帯あずけてくれませんか」と。どうやら退院の許可も下りそうにない状況でもあるし「どうぞ好きに使って」とわたしは携帯をフォークスに渡した。

そこからのフォークスの動きを伝聞から記すと、先ずはわたしの携帯からかかりつけの心療内科に連絡し、現在いる大病院に紹介状を送ってもらう。そのことによって病院内の優先順位が上がるのだ。さらに病室から動けないわたしに一通りの問診票を書かせ、それを元に一足先に精神科医のところで面談、出来うる限りの速さで精神科医がわたしの病室に診察へと来た。さらにサブ医者に対して「なんで “帰れるかもしれない” みたいな希望持たせる言い方をしたんだ」と怒ってくれたという。精神科医が来るまでにも権限が許される限りの鎮静薬を「さっきまで出されてたやつよりは強いし速い」と飲ませてくれていた。わたしの内情をひとつも知らぬ人が。何度も糞を漏らし大声をあげる迷惑なだけのわたしのために。

わたしは人を助けるにも幾ばくかの理由はあると思っていた。人に意地悪をしたり、自分の非を認めなかったり、そういう人は助ける順位が下がってもしょうがないと心のどこかで思っていた。だけどたぶんフォークスは違う。その人が苦しんでいることにのみ視線がいっている。死に値する者も生に値する者も等しく生かそうとしていた。その人のバックボーンは関係ないと実行していた。わたしもいつかなれるだろうか、分け隔てなく助ける者に。

フォークスの奮闘のおかげで早めに精神科医から適切な薬を処方され(それが出て来るまでにまた時間がかかったが)、夕方脱出の件は保留になった。わたしのせいで無茶をした彼にどんな処分が下ったのかは知らない。ただそれから2週間わたしの担当からは外されたように会うことが少なくなった。

あの日の夜、わたしの点滴をはずしにきたフォークスに言った「絶対いつかお礼言うんだから、覚悟しとけよ。今日わたしのせいでとんでもなかった…はずだもの」
夢うつつの中でフォークスは「まあそれよりまずは一緒に治しましょうよ」と言った。


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