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オープンイノベーションの真髄を小学校の先生から学びましたーー。尾山台リビングラボ・坂倉さんに聞く、ともに変化し未知に向きあう関係・場の創発論

企業・自治体・公的機関... さまざまな立場で社会課題への対峙が求められている現在。単一の事業者やセクターが解決できる課題には限界が訪れており、ソーシャルイノベーションはもはやリビングラボやオープンイノベーションのような、異なる立場の関係者による「共創」が前提になっています。一方で、異なる立場の共創と一口にいっても、関係者ごとに目的も見えている景色も違う。その様な中で共通のヴィジョンに向かってプロジェクトを創っていくことは容易ではありません。

「おやまちリビングラボ」の運営をされている坂倉さんは、世田谷区尾山台での実践において「異なる立場の関係者がともに変化すること」が共創の鍵になるのではないかーー。そんな感覚を地域の関係者との関わり合いの過程で見出されたといいます。今回は坂倉さんにオープンイノベーションの鍵をご自身の実践から語っていただきました。

坂倉杏介さん

ゲストプロフィール

坂倉杏介(さかくら・きょうすけ)
1972年生まれ。1996年、慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。1996年〜2001年、凸版印刷株式会社。2003年9月慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。2004年12月、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助手。2007年4月、専任講師。2010年4月、慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師。2015年4月より東京都市大学都市生活学部准教授。コミュニティマネジメントラボ開設。2016年、慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。
三田の家LLP/代表、一般社団法人 ユガラボ/理事、一般社団法人 おやまちプロジェクト/理事、世田谷区教育委員会/教育委員

聞き手・編集:石塚 理華・富樫 重太
執筆:水藤 琴乃

継続して「コトコト煮込む」コミュニティの味噌汁化とは?

石塚:今日はインタビューよろしくお願いします。まずお聞きしたいのが、おやまちラボで何かプロジェクトを行う時に、周りに住んでる方や学生は、どのように関わっているんですか。

坂倉:プロジェクトごとにその都度考える感じですね。今年から始まったプロジェクトなので、いろいろなやり方を試しているところです。いわゆるリビングラボの一番素朴なユーザー参加のデザインとして、プロトタイプしたものをいろんな人に使ってもらうことがあります。いま製作中のウェルビーイングを学べるカードゲーム「Super Happy Birthday」は、中学校の授業で使い効果を実証したり、ラボを訪れた人にはその場で遊んでもらったり、日常的に試してもらえるようにしています。もしゲーム会社がテストをしようとすると、謝礼を払って来てもらうかたちになってしまう。でも、ラボにゲームがあると、フラっときた人が面白そうだからと遊んでいきます。

「Super Happy Birthday」は中学校の授業でも実証が行われた

富樫:以前に「スナックおやまち」にお伺いした際には、ラボの参加者がその場でカードの使い方を発明していましたね。プレイヤーをマーケティング対象としてみなすと、このような光景は見られない。

坂倉:通常のマーケティングリサーチとは異なる形で試せるからいいですよね。今は中学生用に作ったこのカードゲームを、ビジネス系の研修に使いたいという話があって、一緒に取り組んでいます。そもそもの発端は、このラボでおじさんたちが楽しそうに遊んでいたということがあって笑。

富樫:環境を適度に設計しすぎず、場づくり自体がリサーチになっている。

坂倉:たまたまという感じですけど、偶然が起こりやすい方が、何に繋がるかは分からないけど、何かに繋がるかもしれない。だから、その芽が見えたらちょっと生かしてみる。100%偶然だけに身をまかせるのは心許ないかもしれないですが、偶発性を許容できる環境の方が良いと思いますね。

石塚:このような活動が生まれるのは、物理的に場所があることも大きいですか。

拠点とする「タタタハウス」での交流会の様子

坂倉:そうですね。物理的にあるから、ゆるめられると同時に保てるというか。学生の様子を見ていると、何もしていない時もあって余白の時間のコミュニケーションがある。それは場所があることのメリットかなと思います。わざわざ行かなければならない場所だと、ゆるめることはなかなか難しいけれど、ここは日常的な場所で、大学や研究やデザインに興味があろうが無かろうがいろいろな人が来るので、豊かな光景だな、と思いますね。

石塚:何気なく行ける距離に物理的なラボがあることはとても重要な気がしています。私は足立区でコミュニティコンポストのプロジェクトを運営しているのですが、実際運営する中で難しく感じていることがあり...。明確な目的と、超強いリーダーの的確な指示がある方がプロジェクトは進みやすいじゃないですか。でも、私たちとしては弱い個人が緩やかに活動していけたら良いと思っていて、目的の無さと継続性のバランスが難しい。おやまちラボの記事などを拝見した際に、目的のなさも重要だ、という話もされていましたが、そのあたりのバランスや意識していること、実際の活動を通じた気づきがあれば伺ってみたいです。

坂倉:そうですね。コトコト煮込んでおくという感じかな。あたためておくことが一番大事。会津大学で教えていた藤井先生が「味噌汁」という話をしていました。リビングラボなり、地域で色々な新しい活動が絶えず起こり続けるコミュニティがあることはすごく大事なことですけど、最初にその構造を作ったから人が来る訳ではないんです。まずは、あたためて。味噌汁は放っておくと味噌が沈澱してしまう。味噌汁であるという状態はコトコト火があたたまっていて、味噌が循環しているから、その味噌の部分と、出汁の部分が、上から見ると味噌汁に見える。

石塚:温めていないと分離しちゃう。

坂倉:そうそう。放っておくと分離するから、循環状態であるということが前提としてあって、味噌汁の構造は後からできるんです。何か色々なことが動くことが絶えず続いているから構造が見えてくる、という順番なんですよ。

富樫:上手な例えですね。

商店街の歩行者天国を自由に使った「つながるホコ天プロジェクト」

坂倉:あと、最近気がついたのは、コミュニティ・ネットワーク的に言うと、平均ノード数を下げていくことが必要。スモールワールドっていう数学的な見方があります。例えば100人くらいの緩やかな繋がりが適度にランダムに繋がっていると、100人いても一人か二人を介せば誰とでも繋がれて、いい感じになる。この時にはまさにそのスモールワールドになっているんです。その方が色んな人が出会いやすい、紹介されやすいっていう。

 おやまちリビングラボにはいくつものプロジェクトがありますが、プロジェクトごとに頑張っていると、どんどん平均ノード数は増えていきます。「プロジェクトメンバーは知っているけど、他プロジェクトの人には会ったことが無い」とか、「おやまちの周辺的な人と会う機会がない」とか。放っておくとどんどんエントロピーが増大していく。それをキュッと縮めるようなシンポジウムなどを実施することも必要です。たまに皆が猫の集会みたいに顔を合わせて、「ああ、こんな人もいたんだ」と思える仕掛けは意外と大事。

富樫:人の出入りの中からプロジェクトを生み出す過程で工夫していることはありますか。あるいは、出入りを活性化していれば自然発生的に生まれるのか...…。

坂倉:そうですね、最初は繋ぎ役の人が大事。どんな人が集まって、こういうテーマがあったらプロジェクトができそうかな、という見立ては結構大事だと思うんですよ。人との関係性からスタートアップするというか、インキュベートするということかもしれないです。先程お話ししたカードゲームは、最近は学生チームが一生懸命進めてくれているんですが、いや〜、良いんですよ。

富樫:あれ、良いですよね。

坂倉:去年までは研究チームでカードゲームのプロジェクトを進めていたので、私がリーダーでした。ですから、中学校でのプロトタイピングの時も私が中学校の先生と連絡をとって準備して、当日はこうやって動かして、と指示を出していて、それはそれで気軽に出来ていたんですけど。その後、岐阜の中学校に授業に来てくれと言われて、私が行けなかったときに、チームの中で、役割の分配が自動的に進行したんですよ。一人だけではできないから、色々な人が役割を分担しながらプログラムを作ったり、ツールをブラッシュアップしたり、旅の手配をしていて。「早く行きたいなら一人で、遠くに行きたいなら皆で」とはそういうことかと思いました。

石塚:私たちのプロジェクトで行政の人と関わる時、公務員は働き方の文化として「与えられた仕事を達成すること」が大事なことだとされてるので、それ以外の役割を、と言った時に難しく感じる方が多そうです。「このタスクを期限までにお願いします」と言えばこなしてくれるんですけど、仕事のなかで行政の人自身がこうしてみたい、という意志は、どう芽生えていくんだろうということを良く考えています。

坂倉:徳島県神山町の事業に関わっていた西村佳哲さんが言っていたことですが、役場の人は隣の席の人に相談しない、と。みんな忙しいから、自分の仕事をこなすだけで手一杯なのですが、あらかじめわかっていることを承認するだけの会議からは、新しいことが生まれるわけがない。それで、会議とはどういうものかとか、自分の意見を話すとか、そういう経験ができるような進め方を重ねて、いわば体質改善にずっと取り組んで、やっと動き始めたと。

石塚:やったことないことを積み重ねていきながら、時間をかけてちょっとずつ変わっていくしかないんですね。

坂倉:それで行政や組織全体が変わるかっていうとなかなか難しいけどね。

ラボとしての「ウェルビーイング」の捉え方

富樫:自分の思いを形にできるかは、おやまちラボのコンセプトの一つでもある「ウェルビーイング」とも関わると思っています。ウェルビーイングは今バズワード的になって、一般的に「持続的なものである」イメージはありつつも、言葉だけが先に流行っている印象です。坂倉さんはウェルビーイングという概念に対してどのように捉えていらっしゃるんでしょうか。

坂倉:そうですね、僕は、ウェルビーイングとか言わなくていいよ、って。

富樫:仰ってましたね。

坂倉:そもそもどんな社会をつくるのかという基本的なスタンスとして、皆が幸せ、心が満たされた状態でいられる社会構造を目指すべきであると思っています。社会活動全般、商業活動も、技術開発も、すべからく人が良くなることを目指すべき。けれど実際には、お金のために人が酷使されていたり、技術開発されたもののせいでストレスが増えたり、中毒になったりしているじゃないですか。日本人は変に勤勉なところもあって、自分のことよりも「自分がどう思われるか」「みんなと違わないか」とか、言ってしまいがち。でも、それはちょっと違いませんか、と話すためにウェルビーイングとあえて言っています。そもそも大事だったものを大事にするために、色んなことの作り替えをしていこうと。ウェルビーイングというこれまでになかった新しいものを目指そうと言ってる訳ではないです、との思いです。

富樫:確かに。単一の正解や幸せ像よりは、自分がこうしたいという思いから少しずつハードルが上がっていく、みたいなところとも関係しそうですね。

坂倉:そうですね。ウェルビーイング、すなわち人間の良い状態の研究では、自律性や人との関係性、ポジティブエモーション、そういったことが主観的に人の良い状態に繋がると既に分かっているので、これをやれば良いはずなんですよ。

富樫:なるほど。

坂倉:やれば良いってことはもう分かっているんだけど、そのまま放っておくと、自律性や自分で決めることを「社会やサービスが全部やってあげます」とか、「面倒な人間関係なく生きていけますよ」という話にもなる。「みんな自分以外の他の人のことを気にしてね」とか、エスカレートすると楽しそうにしていると怒られるみたいな、ポジティブな気持ちでいるより一生懸命頑張る姿を見せた方が得みたいになって、全然逆効果ですね。

富樫:そうですよね。たとえばソーシャルゲームが流行っていて、消費者はとても楽しそうだけど、自律性の観点だと本当に幸せなのかな、と。このリビングラボという場自体がそういうビジネスの構造の中、消費的な社会の構造の中からちょっと離れる機能もあるというか、そういうウェルビーイングの捉え方もできるな、と思います。

リビングラボでの共創プロセスと、参加する各ステークホルダーが持つ利益構造は共存する?

坂倉:社会システムであれ、企業や事業であれ、どの立場の人も生活者としての経験や視点を踏まえて考えないと立ち行かない、というところが背景にありますね。

 企業も自治体も自分たちでやることを決めて遂行するのは得意なんですが、実際に暮らす方と信頼関係や対等な関係性を作って本音や想いを聞いたり、それを形作っていくことは大変なので、企業の論理を振りかざすことになってしまう。上司に稟議を通さないと認められないとか、会社に利益がでないものはできないとか。折角これまでにないものを生み出す為に別のステークホルダーと一緒に何かをやろうとしているのに、「自分たちのやり方は変えない」のかと。そこが変わらないと結局ダメなんじゃないですか?みたいな場面はとてもあります。

富樫:行政では議会に説明して資金の使い方や成果報告をしないといけないなど、利益構造に絡め取られてしまう。坂倉さんのプロジェクトでは地域の小さい会社などと取り組んでいる印象ですが、そういった利益構造を持った組織との付き合い方はどういう風に捉えていますか。

坂倉:おやまちプロジェクトは、色々な人が自分のやりたいことや問いを持ち寄れる場所なんですけど、意外と企業とか団体もやりたいことを持ち込んでくれるので。その中で気が合うプロジェクトは一緒にやっていますね。企業が抱え込んでラボをやろうとすると、どうしてもマネタイズや成果などメリットを求められざるを得ないから、関係としては持ってきてもらって一緒に進める方が良いですよね。発注されてプロジェクトをやるとなるとどうしても辛い。

富樫:「こうしたい」という意思が企業としてではなくて、どちらかというと個人として興味があってやってる人が入って、割と柔軟に動けるプロジェクトが生まれてきているという流れなんですね。

坂倉:そうですね。出発は、やっぱり企業人であれ、やっぱりそれを考えてみたいとか、こんなことやってみたいっていう意志がある人じゃないと、一緒にやるのは難しい。とはいえ完全に個人かというとそうでもなく、国のプロジェクトやNTTなど大きな企業とのプロジェクトなどにも発展しています。既存の会社の体制のなかでうまく関係できる形を模索しながらやっているという感じですね。

石塚:いわゆる自治会や寄合いといったかたちでリビングラボのような場所は、元々日本の文化に凄く馴染んでいたように感じていて。日本人にとって関係性を編集し直すために必要なことは、こうした場所で何気ないやりとりをすることだろうと。そのような何気なさが、関係性を作っていくこと自体や、そのプロセスでウェルビーイングが立ち上がっていくのではと思っています。

坂倉:そうですね。おやまちラボに来ることによって、関係性ができたり、他の人にあれこれ言われずに自分らしく振る舞うことで「ちゃんとプロジェクトが出来るんだ」と実感が得られること。将来への悲観からまちづくりを頑張るのではなく、前向きに可能性を感じるから頑張る場所になっていくのはとても大事です。

富樫:課題解決となると義務になってしまう。いかに関係性のなかで内発性が生まれるのか...。

おやまちリビングラボの内観

坂倉:将来的なことを言うと、東京の人が変わらない限りは日本は持たないんじゃないか、っていうのがありますよね。だけど、「まずいから変われ」って言っても変わらない。でも、東京の尾山台という街で、多くの人の暮らしぶりが価値観から行動までが転換・シフトしていくことが起こったら良いんじゃないかな。この場所で地方の物産を売っているのも、今は物産展のように見えるかもしれないけど、顔の見える地方との繋がりが住民として増えていくことは、生活の基盤としても大事だと思うんです。食べ物にしろエネルギーにしろ、もっともっとその循環を意識した暮らしを感じられるものが街の中にどんどん入っていくことができたら良いなと。無理に言っても変わらないので、段々変わっていくといいなと思います。

オープンイノベーションは、行政も企業もともに変化し「未知」に向き合うことからはじまる

学生たちによる分析作業の様子

富樫:おやまちラボを始めて一年近くで見えてきたことはありますか。

坂倉:「オープンイノベーションとは、こういうことか」ということですね。小学校の先生たちから学んだのですが、学校と地域の連携は結構大変で、周りにも上手くいかないとよく言われる。必要なんだけど出来ない、と。でも、尾山台小学校の先生方はそんなこと全然ないんですよ。他の学校と何が違うんだろう、って思っていたら、前向きな実現に向けて相談しにきてくださるんですよね。じゃあこういうことはできますか、と提案すると、授業のやり方を変えていってくれる。そうすると、商店街の方も「そういうことならうちもやろう」と言ってくれる。目的を実現するためであれば、「自分たちは変わるつもりがありますよ」というスタンスで人と関わるということが凄く大事だなと。

 よくあるのは、こういう事業はこの仕組みでやるんだ!と決めつけてしまうこと。そうじゃなく、変化を前提にすると、結果的に、小学校だけでもできないし、おやまちだけでも出来ないし、商店街だけでもできない、どの領域にもなかったことが社会的に生まれて、それが結果的に第三者にもベネフィットになる。

 オープンイノベーションというのはマルチステークホルダーが前提。各ステークホルダーが柔軟性を持ってこれまでにないことをやりたいって言って他の色々な人に協力してもらっているのに、自分は一切変わるつもりはないというのは、おかしいんですよ。企業だったりすると過去の成功法則を壊すので怖いかもしれませんけど、過去のやり方で起こる未来は見えていて、それは必ずしも欲しいものではない筈です。一緒に未知の領域に行っても良いかなって思える関係性をどうやったら作れるのか?というのが、すごく大事だと思います。

富樫:「芝の家」はどういう経緯なんですか?

坂倉:港区は少し特殊で、割と横断的に地域課題全体を扱うことができています。芝の家ともう一つ、ご近所ラボ新橋という二つの拠点を運営しています。加えてご近所イノベータ養成講座を開催していて、今年で10年目。都市部では、まちづくりに関心がある人を募集すると、結局要望を言うだけの人の集まりになってしまうことも少なくない。地域課題を解決したい人を募集しても多くの人の参加は難しそうですし、自分がやりたいことを地域に繋げてやってみる、そのやり方を教えたいなと。そこでの仲間が大事ですと言って、活動を試しにつくる講座をやっています。10年やっているので、200人以上の修了生がいます。

富樫:すごい!

坂倉:何かやろうと言った時に仲間がいるのですぐに協力してくれたりとか。色んなことが相談しやすい、始めやすい状態になっていますね。

石塚:基本はご近所の方ですか?

坂倉:はい、ほとんどが在住、在勤者。今年は20人で、大学生と高校生ともう一人くらい、3人くらいが区外の住人ですが、他は区内在住者です。

富樫:ご近所ラボやおやまちラボに参加するという時点で、もともと内発性は芽生えているかもしれないですけど、参加している人の中での内発性の変遷というか、広がっていく過程に興味があります。

石塚:ご近所イノベータ養成講座を受けようとする人は元々何かやってみたい人が多いというイメージなのでしょうか。

坂倉:意外と、そうでない人もいます。漠然と地域のつながりが欲しい、という人とか。ニーズとして多いのは、例えば港区に引っ越してきて、職住近接の暮らしになったけれど意外と知り合いはいないとか、共働きで二人とも地方出身で親戚がいなくて子育てしていて大変だ、とか。割と最近多いですね。昨今、働き方改革の流れもあって会社が早く終わるし、普通の勤め人をしている方がどんどん増えてますね。

石塚:すごいですね。私の住んでる場所では活動の主体が新しい住民の割合が多い気がします。一方で地域には元から住んでいる住民も多いのですが、「なんかまた新しい人たちがわからないことやってる」という温度差を感じることもあります。今、おやまちラボや港区で一緒にプロジェクトを進めている方たちはずっとその場所で暮らしていた地元の人ではないですよね。繋がりの中で周囲の地元の人が関わってくれるようになるまでにどんなことがあったのでしょうか。

坂倉:そうですね、地元の人もいますね。いわゆる既存の地域コミュニティって言われて思い描く町内会・自治会のグループは、地域住民の一部でしかなくなっています。都市部では、そうした既存の地縁団体に関わっていない住民の方が多い。港区の場合は、区で住民会議などをやっているけど、これまで通りのメディアを通じて募集すると、文句を言いたい人しか集まってこない。勿論、その人たちの声は聞かなくてはいけないけれど、全く住民の意見を代表してないし、非常に偏った意見になってしまっている。そうなると、新しいことは、その人たちからは生まれない。

おやまちリビングラボの場所「タタタハウス」は尾山台で68年続いた「タカノ洋品店」をリノベーションして生まれた。

 町内自治会などは、港区では高齢化が進んでお祭りも満足にできないところもありますが、でも港区には流入してくる人も結構いるし、意識高い人も多くて、社会貢献や地域などに関心がある人も沢山いるはずです。その人たちは地域との繋がりを求めているのですが、自分たちの知的関心とか、やってみたいことが、港区役所にあるとは絶対に思っていない。広報誌は読まないだろうし、区役所に問い合わせることもない。このミスマッチを埋めることが効果的だと思っています。あれ、区役所なんだけどこんな面白そうなことやってんのか、みたいな。これ、自分のことかも、って思ってもらえたら嬉しいですね。そして、続けているとそこそこ集まってくる。

石塚:やっぱりそうですよね、まちづくりに興味がある人たちだけが集まってくるだけでは、意見がかなり偏りますよね。

坂倉:そうなんですよ。地域組織は毎年お祭り、清掃活動、火の用心などを継続できるということがすごく大事なので、地域には必要ですが、新しいことを起こすにはあまり向いていない。こういう構造のコミュニティと全然違う創発的なコミュニティと、どっちが良いというわけじゃなく、両方役割が異なる。だから、両方がうまく重なっていると一番良い。多くの街には、これまで通りの地域組織はあるけれど、だんだん元気がなくなってきている。その状態からもう一度盛り上げようとしても大変なので、それとは別に新しいコミュニティを作って、役割分担をしながら、双方をを繋げていくことが、比較的やりやすいんじゃないかな。

 「芝の家」も、地域との関係はあるものの、特定の町会の中にあるわけではないので、いろんな町会と関われたり、町会と役割分担をしています。地縁組織だけではなく、パーソナルなネットワークも広がっていますから、いろいろなつながりがあります。今は「芝のはらっぱ」というものができました。はらっぱは町会の事業で運営することになったんですけど、そこに「芝の家」を縁に集まった人がいて、地区内には住んでいなくても町会の正式なメンバーになれる準会員という仕組みを利用して、地域内外の人がハイブリッドに連携する体制を試しています。

富樫:坂倉さんの手がけるプロジェクトは長い時間軸を見据えてゆっくりじっくりと進めている印象を受けます。それぞれの活動の今後について教えてください。

坂倉:どのプロジェクトも楽しみなんですが...、「ソーシャルチェンジの2ループモデル」というのがあります。要は、社会は直線的に発展したわけではなくて、ある形の社会が成熟していって機能不全になっていく時、その内側で新しい社会システムやイノベーションが準備されていて、それが水面下でだんだん成長していって、仕組みが一気にボコっと変わって、発展していくモデルです。

分かりやすい例で言うと、ガラケーが最盛期の間にスマホを使っている人が、変わってるねと言われていて、でも気がつくとスマホに乗り替わっている。現在はまだ高度成長期、人口増大に合わせてつくられた社会的システムが支配的ですが、それが段々と先行き苦しくなってくるんですね。そこをなんとか食い止めようと頑張っている人たちはいっぱい居ると思うんだけど、でも、その内側でそれとは全く違う、もうちょっとこうなったら良い未来がいっぱい始まっていると思います。

 最初からゴロっとは変わらないので、小さい動きなんですよ。新しいシステムが起こり始める時は、まだまだ現役のシステムの方がマジョリティなので目立たない。だけど、少しずつ繋がって成長し始めて、ある段階まで進むと、ごそっと新しい方に乗り換えが起こって次の社会が始まるということなんです。ということは、一個の大きなプロジェクトを進めれば社会が変わるわけではない。おやまちのプロジェクトはものすごく一個一個は小さいけど、色んなセクターの人がこれまでと違う繋がり方をしてくれることによって、今すぐ儲かるとかそういうことではない、ちょっと本当はこう言う風に暮らしてたかったよね、という意識で繋がっていたりします。それが繋がってネットワーク化して、ふと、世の中が気がついてくれた時に変化が起こると思っています。

 本来の利害や目的を超えた共創を生み出すためには、プロジェクトの過程で関係者自身や関わる組織も変化していくこと。ソーシャルイノベーションを生み出すためにはそのための関係性をつくっていくこと。おやまちプロジェクトの中のそれぞれの立場の関係性のなかから見出すことができました。

 また、リビングラボで生まれた新しいプロジェクトや共創のために、地域住民や企業などの新たな分子を絶えず循環させる重要性。そこから生まれたプロジェクト自体が長い時間軸のなかで、社会全体に与える影響をもたらしていくことについてお話しいただきました。おやまちプロジェクトから生まれた活動はもちろんですが、本インタビューがこのような活動を生み出す場をつくる実践者や、これからトライしていきたい企業・自治体関係者のヒントとなりますと幸いです。

公共とデザインでは、今回のようなリビングラボやオープンイノベーション、ソーシャルイノベーションなどのリサーチと実践に取り組んでいます。事業やプロジェクトなど、ご一緒に模索していきたい企業・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはWEBサイトのコンタクトページよりご連絡ください。

公共とデザイン


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