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『The ambi-valance Collection 2015-2019』マスタリングの話。

登録してから1ヶ月ほど放置してましたが、その間が忙しすぎました。そうこうしてるうちに平成が終わりますね。皆さんも終わっていきましょう。

ずっと何をしてたかというと、福間創さん(ex. P-MODEL, YAPOOS)がこれまで継続的にリリースされてきたアルバム『ambi-valance』シリーズの総集編とも言える完結版『The ambi-valance Collection 2015-2019』の(リ)マスタリングをやっていました。ちなみに今日がリリース日です。マスタリングだけでなく、ボーナストラックにも1曲提供しています。

これまでのシリーズ全曲(ambi-valance 1〜4+extra)+ボーナストラック5曲で合計32曲、アルバム換算で6枚相当にもなる大ボリュームでしたが、頑張りました。褒めてください。いや褒めろ。

2〜3月くらいにはボーナストラックへの楽曲提供とマスタリング第一稿が上がってたのですが、クォリティの追求のために4月にほぼやり直しといっていいくらい手を入れることとなり、その作業をずっとやっていたわけなんですね。

まぁ折角なので、今回はその作業のことを書こうかなと思います。といってもアベンジャーズ/エンドゲームが良すぎたせいで半分放心状態なのでちゃんと書けるかどうか。でもこれを読んでるそこのあなたのために書きます。よかったですね。



今回の経緯

確か昨年の秋頃に福間さんからご依頼を受けたように記憶してます。で、そこから諸々の事項が確定していって、実際にお会いして打ち合わせしたのが12月上旬くらいでしたかね。そこで概ね仕様が確定して、2MIXのデータを頂きました。

で、そこから年末年始の僕の体調不良と岡山やら九州の大牟田やらへのライブ遠征を挟み、2月上旬に福間さんがうちのスタジオへ来られて、マスタリングにおける具体的な作業方針を確認しました。本当はそこで立会いマスタリングといきたかったのですが、何せ量が量なので1日で終わるわけがなく、基本的にはここでどういう処理をするかという方向性をすり合わせて、あとはおまかせというかたちになりました。以降は↑で書いた通りです。

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様子です

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福間さんとうちのねこ


使ったプラグインとかやったこととか

実際使ったプラグインの話とかをするなどします。馬の骨の皆様や福間さんファンの方々にはちんぷんかんぷんかもですが、まぁこういうものを使ったのだなとふむふむしておいてもらえればと思います。

今回のマスタリング作業では、元の2MIXがレベルをガッツリ稼いだ音源でしたので、ラウドネスを計測してみると-10LUFSよりも上のものが大半でした。おそらく2MIXの時点である程度リミッターなりで音圧を稼いでいるのだと思いますが、それが音作りと不可分であるというような状態になっているので、ひとまずそのファイルで作業を進めました。いくつかのトラックをまとめて波形で見ると大体こんな感じです。

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今回はCDではなくダウンロードコードによる配信形式でのリリースということなので、まずは昨今のiTunesだとかSpotifyだとかのサブスクリプションサービスにおけるラウドネス基準値とされる-16LUFSあたりまで下げ(別にそこに合わせる必要もないといえばないのですが)、トゥルーピークも5~10dBは余裕を見ておけるように処理しました。というようなことを念頭に置いて、以下の順番でプラグインを挿したというわけです。ちなみにパラメータの設定は、基本的に僕がボーナストラック用に提供した曲を処理した時のものです。作業自体はPreSonus Studio Oneでやってます。

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Plugin Alliance(以下「PA」)の「Millennia TCL-2」というコンプレッサーのプラグインです。ここでほんの少しピークを叩きます。マルチバンド処理も考えましたが、それをするとおそらく「分離が良いといえば聞こえはいいけど実際は空中分解してる」みたいな音になりそうだったので、それよりはコンプのグルー効果で音自体のまとまりを狙った方が良さそうだなと思い、実際その通りでした。

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次に同じくPAの「SPL Attacker Plus」で少しだけトランジェントのアタック部分を立たせるなどしました。アンビエント〜ドローンっぽいサウンドかと思いきや意外とアタック成分の強い音が入ってたり、普通にテクノっぽい曲もあったりしたので、ここで少しだけ音のエッジを際立たせます。これだけでも分離感の良さが出たりグルーヴを強調できたりします。

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次にまたまたPAの「brainworx bx_digital V3」というEQで不要な帯域を削ったりピンポイントで突きたい帯域をアレしています。BrainworxのM/S処理については賛否両論あるんですけど、変にキャラクターで誇張しないEQという点ではまだまだ重宝しています。V2の頃からローパス/ハイパスフィルターは好きくないですが。好きくないのでそこは違うプラグインを使います。

ちなみにこの時点でほとんどの曲で200〜400Hz、その倍音の500〜700Hzあたりを削ることが多かったです。この帯域は音が溜まりやすい反面、削りすぎると致命的なので、扱いが非常に繊細な帯域とも言えます。

一方、耳に痛くなりがちな2.5〜4KHzあたりはそうでもなく、時々抑え込むくらいでした。

なんでそういう処理になったかというと、福間さんの作業環境の写真をTwitterなどで拝見したところKRKのRokitシリーズがメインモニターのようでした。KRKのスピーカーは丁度200〜300Hzあたりが弱いのでおそらくここに音が溜まって濁ってても気付きにくいだろうとアタリをつけて作業に挑んだところドンピシャでした。

他方、2.5~4KHzはそうでもなく、そこの帯域で耳が痛くなるような音が出てるのは把握しやすいスピーカーだったように記憶しています。このクセを福間さんが把握してらっしゃるかどうかはさておき、というか今回に限らず、マスタリングの前の作曲やミックスの段階で使われていたモニターの音の傾向から逆算して必要な処理を導き出すというのはよくやります。なので、最初に「モニター何使ってます?」とお伺いすることは多いです。

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次にまたまたまたPAの「Dangerous Music BAX EQ」です。パラメータをイジってもハンパなモニターでは気付けないくらいの自然なかかり方をする変わったEQで、ローカットが最高。特にSide成分のローを削るのに大活躍でした。

もしその処理をbx_digitalだけでやると不自然な音になりますが、BAX EQを使えばそんなこともなく。今回のMVPです。ただし、やりすぎると悲惨なので、マニュアルに書かれてる独特のEQカーブを理解し、かつ変化をちゃんと聴き分けられるちゃんとしたモニター環境がないならオススメはしません。

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次はNative Instruments(以下「NI」)の「Passive EQ」です。マスタリング用のEQとしても定番の「Manley Massive Passive Stereo Tube EQ」のシミュレーションです。実機は70万円以上します。。。

ここでは主にブースト用途で使いましたが、曲によってはカットでも使ってます。NI製品といいつつも実際はSoftubeとの共同開発なのでポテンシャルは高いなと思ってて、マスタリングの時は仕様頻度が高いです。ソフトシンセメーカーのEQなんて……とか思わず、KOMPLETEユーザーなら是非使ってほしい。

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最後にリミッター/マキシマイザーです。要らないように思われるかもですが、どちらかといえば最終的な音のキャラクター作りに必要でした。

上段がSlate Digitalの「FG-X」、下段が「iZotopeの「Ozone 7 Maximizer」です。FG-Xのコンプは使わずゲインだけ上げ、DYNAMIC PERCEPTIONとITPを調整し、Ozone 7 Maximizerを通すことで現代的でソリッドな質感を出すといった感じです。ドレスをそのまま着るのではなくて、コルセットで腰のくびれを調整するみたいな感覚。分かりづらいですね。

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これらをWavesの「WLM Plus」やPAの「brainworx bx_mater」でラウドネスやレベル、ダイナミクスをチェックしながら各トラックの音量をフェーダーで細かく調整して揃えていきます。

そうやって出来上がったものを書き出して終了。今回は24bit/44.1KHzでファイルをもらいましたが、納品も同じレートだったのでディザーとか挿さずにそのままエクスポート。


mp3バージョンもあるんだなこれが

BUTしかし、今回のマスタリングでは24bit/44.1KHzのハイレゾデータ以外にもmp3 192kbpsのファイルも用意したいとのご意向でしたので、「え?mp3用のマスタリングもするの?作業量2倍?」と顔が真っ青になりかけましたが、そこまでする必要はなく、こちら側で24bit/44.1KHzのデータを元に適切にエンコーディングしてくれればそれでよいとのこと。

とはいえ最終的にどう転ぶか分からないのと、mp3エンコーディングを正確に行える環境、具体的には変換時にピークがつかず、なおかつデータのアタマの数十〜数百サンプルが欠けてしまうというmp3エンコード特有の問題を考慮した上で、これが必要になるだろうとSonnoxの「Codec Toolbox」というプラグイン/アプリケーションを買いました。

プラグインの方はmp3ファイルにした場合にピークがついちゃうよとか音質がこんな風に変わっちゃうよとかシミュレーションしてくれる便利なものですが、今回は出番ナシ。もしmp3用に別でマスタリングしてくれと言われてたら大活躍だったんでしょうけど。

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今回活躍したのは単体アプリケーションである「Codec Toolbox Manager」の方。ファイルを選んで指定のビットレートで変換するだけのものですが、ピーク検出機能があり、1度エンコードしてピークを検出するとその分だけレベルを調整してもう一度エンコードしてくれます。バッチリですね。あとは右側の画面でID3タグをちまちま打ち込んでいけばOKという。まぁもっとも、今回の作業で一番心が折れそうになったのはそのタグ打ち作業なんですけど。だって32曲分だよ?笑


モニター環境の話とか

この辺はもう機材自慢みたいになってイヤなのでササッと。

モニタースピーカーはmusikelectronic geithainの「RL906」、DACはGrace Designの「m900」です。

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RL906。隣のECLIPSE TD-M1は今回ほぼ出番なし。あと実は僕も昔KRKのモニターを使ってましたが、マスタリング作業の時には低中域のモニタリングには非常に苦労しました。音は好きだったんですが……。

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m900。ちょうど1年くらい前に買ったんですが、それより前に使ってたRMEの「Fireface UCX」とは比べものにならないくらい音が良い。こんなに小さいのに。FF UCXは音のニュアンスがちょっとアマいんですよねぇ〜ハイの伸びも。。。

両者の間はBelden 88760で繋いでます。前はOYAIDE使ってましたけど、あれはちょっと押し出し感が強すぎて最終的に何聴いてるのか分かんなくなっちゃう。少なくともモニターで使うべきではないでしょう。相性もあるでしょうが。マイクケーブルとして使う分にはキャラクターを考慮して選ぶのはアリです。知らんけど。

あとStudio Oneのマスターの最終段にSonarworks Reference 4を入れてスピーカーの音の補正もしてます。これがあるとないとでは大違いなので、今使ってるモニタースピーカーがどれだけ気に入ってても使うべきです。ただし、書き出す時にオフにしとかないと悲惨だけど。


専門のエンジニアがやるマスタリングと、アーティストがエンジニアとして手がけるマスタリング

マスタリングには2種類のケースがあると思います。この道ウン年の専門職のマスタリング・エンジニアの方にお願いするやり方と、エンジニアリングの知識があるアーティストがやるやり方。

前者はそれこそスターリング・サウンドのテッド・ジェンセンとかそういう話なんでしょうけど、後者はアーティストが自分でやる場合や、今回みたいに普段は音楽家として作曲したりライブしたりしてる僕がエンジニアとして手がける場合です。

前者はもちろん専門職ですから職人さんです。というか、マスタリングは本来そういう職人的なスキルが必要な仕事で、CDなり配信なりの枠にきっちり収められる高い技術とそれを判断する耳が求められます。本来はそういう方に頼むべきなんでしょう。もっとも、それがアーティストの意図するカタチになるかどうかは別の問題ですが。

とはいえ、今やマスタリング用のプラグインも数多くあり、アーティストが自分の手で作品を最後までハンドリングし、全てを自分の責任のもとで行うことも容易に可能な時代で、僕はそのこと自体は悪いことではないと思ってます。

そんな中で、僕のように「エンジニアリングもできるアーティスト」「アーティストでもあるエンジニア」みたいな立ち位置の人間に求められるのは「音楽をアーティストの目線で解釈できるエンジニアリング」だといつも思ってやっています。それが具体的にはどういうことなのかを話し出すとまた長くなりそうだし、取り留めもなく結論も出ないまま終わりそうなのでここでは控えますが、少なくとも普通のマスタリング・エンジニアとは異なる視点を求めて僕に依頼を下さるはずなので(あるいはその方がコストが安いからかもですが)、常にその視点は意識しています。


おわりー

などといっちょまえなこと言うとりますが、しかし思ったよりも長くなってしもうた。

でもまぁ、せっかくの『The ambi-valance Collection 2015-2019』発売日ですから、このような記事で少しでも盛り上げられたらと思って書きまんた。

お買い求めはこちらまで。

今後もマスタリングのご依頼などお待ちしております。ノイズ系、ミュージック・コンクレート/アクースマティック、エクスペリメンタルな電子音楽からテクノやエレクトロニカといったビートものまで幅広く手がけてきましたので、大抵の音源には驚かないはずですので、お気軽にご相談ください笑

以上!おしマイケル!!(©️石野卓球)

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