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女魯山人(1740字)

あのね、飲みながら料理するの、よくないと思うよ。
酒飲みの特権みたいな言い方がかっこいいけど、実際には料理には火はつきものだろ。
何かをしながらだと、飲んだ量がわからなくなりやすいじゃないか。
え、それがいいんだって?!
笑顔で言っても、ちっとも賛同できないな。
ほら、こうやって話しててもまた飲んでるし〜。
飲んだんじゃなくなめたんだって?!
何を言ってんだか。
ちっちっ

今朝早く、友人Kがたけのこを持ってきてくれた。
たけのこをもらって喜ぶのは通常アク抜きしたもの限定だが、妻は「アク抜きからが料理なの」嬉々としていう。
言わんとすることはわかるが、それを言うほど料理ができないところで彼女の性格が見え隠れする。

「ねー、何が食べたい?お昼にはできちゃうよ」
言いながら左手には猪口、右手には菜箸というスタイルだ。
なぜか割烹着には「三丁目の夕日」と書いてある。
べつに映画グッズではない、「続三丁目の夕日」を見たとき、「いい作品だったよね」と鼻をかみながら自分でマジックで書いただけだ。
話題は年金と健康ばかりになってしまう年代、彼女の無邪気さは若返りの秘訣かもしれない。
キッチンドリンクもそうなのよというが、ちょっと違わないかな。
最も常識はわきまえているので、世間話程度の警告ではある。
夫婦間のコミュニケーションは大切だし、それは片方の想いだけでは成立しにくい。
ほら、昔さだまさしも「どちらかが繕うものではないはず」って歌ってたよ。
「関白宣言」だっけ。

「一品勝負するか。わたし料理苦手だから、田楽にするよ」
こいつ、旦那の注意など意に介していないというか、ただのコミニケーションと理解しているようだ。
以心伝心、肝胆相照、焼肉定食.....。
筍の田楽を作るなら豆腐田楽も作ってくれよと言っておいて、自分は中華風炒めにすると宣言。
「朝からそんなん食べたいの?」
朝から飲んでるくせに何言ってやがんだコノヤロー...。
ちょいムッとして、彼女グラスの酒を飲み干す。いや、なめた。
ここから講釈が始まる。
止めると不機嫌になるので、しばらくは黙って聞いてやろう。

田楽の味噌はさ、素材にもよるけれど、出汁が必須ね。
アク抜きしたたけのこはこんぶと一緒に水につけておくの。
その間に昆布の香りがつくとはかぎらないけれど気分ね。
酒飲みってそういうとこ楽観的なのよ。
少しでも昆布がにおえばもうけもの。
いうまでもないけど味噌も大切。
こっちもだし汁使うよ、今日は煮干しかな。
煮干しと昆布、合いそうでしょ。
1時間くらいで作りたいから、煮干しは50分くらい水に浸しておいて、一煮立ち。
赤味噌は砂糖とみりん、それに日本酒ねー。
酒はここにあるからよしっ。
ちょっと、みりんとってくれる?
あ、それじゃなくて櫻なんとかって書いてあるビンの方ね。こっちの方が味が濃厚なの。
これを練ります、ハイ、練って。
ぐーりぐーりぐりぐり。
ぐーりぐーりぐりぐり。
あーすり鉢がよかったかな、まあいいや、入れちゃったし。
もういいよ、はい、ゆっくりネリネリしててね、わたし少しずつ出汁入れるからね。
あん!そんなに急にまぜちゃダメよん!💖
そう、女心をかき混ぜるようにゆっくりとね。
ちょっと味見。
うーん、なめてみてよ、もう少し味噌自体緩い方がいいと思うけど。
うんうん、もう少しゆるくするね。
これでよし!
くじら山かな、作業完了!
しばらくここで見ててあげるから、さっさと作ってよ。
早く飲もうよ。
なんだっけ、三丁目の夕日見るんだって?
見てなかったっけ?


あーあ。
散々手伝わされたな。
何が一品勝負だ。
こだわりなのか、一般的な作り方なのか知らんけど、まるで魯山人のお茶漬けみたいなことになってる。
1人でやる分にはこだわりって面白いけれど、手伝わされると若干ムカつくわあ。

三丁目の夕日は全て見ているつもりだったけれど、3作目は見てないようだった。
たまたまアマプラで公開が始まったので、今日たけのこをつつきながら見ることになった。
そして自分は中華風炒めはやめた。
「それって日本酒に合う?」って酔っ払った魯山人がうるさすぎる。
土佐煮にした。
いや、作ったことないけど、クックパッド先生に教えてもらえばなんとかなるでしょ。

ねー、ダサくない、それ。
目尻を下げながら魯山人が言う。
うるさいっ!
よっぱらい!

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