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瑠璃の部屋84

数日前に書いた自由課題の話、あれ、中学の時と書いたけど高校の時だった。

「まちがえる脳」(櫻井芳雄)を読んだ。

序章 人は必ずしも間違える に始まり、目次のタイトルが興味をそそる。

第1章が難解なので読み飛ばし、一通り読んでから、1章を時間をかけて読み直した。脳の中で、信号が伝達される様を解説している。「カリウムイオン」を「カルシウムイオン」と誤記した箇所を見つけ、掘り出し物だ!と、ちょっと得した気分。読み返して良かった。

脳は、一部分しか使われていないと言うのは、加工により誇張された画像を元にしているための誤りで、全体が使われている!
これは、大きい!無駄をなくせと言われる昨今を鑑みても、あー、使わないまま生涯を終えるんだーと言うのと、使い切ったーと言うのと気分が違うからね。

AIは脳になれない
この章は、読んでいて嬉しい。ワクワクする。
「アンドロイドは羊の夢を見るか」と「ブレードランナー」の違いはそこにある。フィリップ・K・ディックが書いたのは1968年より前、アンドロイドと人との違いを主題としている、ブレードランナーでは、アンドロイドと人との融和を描いている。新型のアンドロイドでは、仲間との再会を喜ぶ仕草までは改良されているが、心の動きまでは開発できていない。一箇所、嫉妬にも取れる箇所はあるが、それは、単に自分の優先順位が低いことを笑っただけだ。そして、人の嫉妬を知ることもできない。だから、デッカードが心変わりした理由も分からず、自分の策は成功したとほくそ笑む。全てを話すことでデッカードがどう感じるか憶測さえしない。行動の全てをタイレル社が把握してるから、タイレル社の今後に影響するであろう行動を、証拠を残したままやる訳がないのだ。

「ブレードランナー」は、好きな映画だった。深いと思ってた。でも、本を読んだ後、捉え方が変わった。

だから、この章が面白かった。

一つだけ、引っかかった。脳の機能は分割されておらず、失った機能は他のところが補うという主張。

ボケの進んだ父の脳の画像で、海馬への血流が滞っていると説明された。悪化の一途を辿ったから、他のところが補ったとは思えない。

「イミテーションゲーム」で、ベネディクトカンバーバッチが演じた、アランチューリングは…と書き掛けたが、調べると、あれはホルモン注射だった。同性愛が許されない時代だったから制裁を受けたのだ。

はぁ、補いようのないところまで、話が流れてしまった。チャオ。