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手話に興味を持った人のための和書本棚

長屋さんの言語学書紹介がおもしろかったので,私も手話に関する本を少し整理してみました。

各見出しの一番上が基本図書,それを読んでから次に進むみたいな感じで行くと良いかなと思います。


手話の研究を知る

手話言語学のはじまり,そしてギャローデット大学で起こった「デフ・プレジデント・ナウ」という公民権運動について,つまりアメリカ手話話者の自己決定権を得るための運動に繋がるストーリーを読むことができる。
(世界的な著者であるオリバー・サックスのストーリーテリング能力が遺憾なく発揮されたこの本でサックスに出会ったら,サックスの著作シリーズと映画「レナードの朝」まで見るとよいかも。これは別ルート)

次に読みたいのは,手話の成り立ちについての本だ。和書で読むなら,ピンカーの本がいいかもしれない。上巻の第2章に載ってるのでそこまでだけつまみ食いしてもいいかも。

そのまま「手話」がどうやってできるのか知りたい人は,こちらへ行くと良い。聴覚障害を持つ人が普通より多く発生すると(普通は人口の0.1%くらいだが,1~3%くらい)周りの人も手話を話し始めるという現象を追った本。

拙稿「危機言語としての日本手話」は,手話の成り立ちや分類について割と丁寧に書いてあるので,無料で読めるのでぜひ読んで欲しい。

手話研究の歴史については,満足いくものが日本語になってなかったので,ある程度comprehensiveな原稿を書いたのがあるので,ドラフトが読みたい人は連絡して下さい。

日本手話を知る

日本手話の文法についてざっくり知りたいと思ったら,まずはこの1冊。ワークブックもある。

次に手を出したいのはこちら。最初の方にかなり専門的な文法項目の説明などが書いてあるけど,これも基本が詰まった本。後半が語学教科書っぽくなっている。(これが幻の市田先生の手話言語学のエッセンス。2005年の月刊言語にアクセスできる人はそちらも参照)

「はじめての手話」の語学教科書部分を引き継ぐ形で発行されてるのがこの白水社のシリーズだと理解すればよい。写真が多く,DVDもついている。

日本手話と日本語対応手話の違いが知りたいと思ったらこちら。

日本手話を学びたい人は,NHK Eテレ「みんなの手話」と,サインアイオーがおすすめ。

ろう文化について知る

木村晴美・市田泰弘(1995)「ろう文化宣言」は一度原文を読んで欲しい。『現代思想』特集号を再編集したこちらの本は,後書き以外は同じ内容。全部読んでもいきなりは消化できないので,折に触れて読んでみると理解が深まると思う。「日本手話」という概念を持ちだしたときの拒絶反応も議論も今も継続していることがわかる。

「ろう文化宣言」のルーツはアメリカにあるようだ,とわかってきたらこちらを。アメリカ手話のネイティブ話者で,博士論文から注目を集め続けているキャロル・パッデン先生と,「オーディズム」という用語の生みの親のハンフリーズ先生夫妻の共著。続編も邦訳がある。新版があるので,こちらを。(ご指摘感謝)

上の2冊にさらに著名なアメリカのろう者達の立場を明確に見ようと思ったらこちら。私のメンターの編集した本の邦訳だ。アンソロジー的に著名なアメリカのろう文化論者の短めの論考がポンポン入っている。手に入りにくいと思われるので,図書館にあれば手に取る意義はあるだろう。そのあと,「手話の歴史」「善意の仮面」などよりハードルが高そうな本に行くと良い。

日本の「ろう文化」についてエッセイという形で書いてきた木村晴美先生の一連の著作はちょっとづつ読み進めていくのがおすすめ。夜寝る前とか。読んでいるうちに自分の内なる差別に気づくところまで行けると良いなと思う。手話通訳を目指すなら是非押さえておきたい3冊。

文化人類学者の目を通して,0から「ろう文化」ってなんだろう?って読むための本。岩波ジュニア新書らしいわかりやすさ。これと相性がいいと思ったら,手に入れにくいかもしれないけどもう1冊もおすすめ。

言語学者の松岡先生の本もぜひ。言語学者の視点から,というところが強いので,言語学に親和性がある人だとより楽しめると思う。

手話通訳者のことを知りたいと思ったら

これがザ・教科書。早逝された手話通訳研究者の手による本の改訂版。このあとこれに続く著者が出てきていないのが気になるところ。制度的な話とか,基本的なデータとか,知っておくべき情報はだいたいおさえてある。

いくつかのジャンルの手話通訳者それぞれの仕事の仕方について,具体的に書いている本。エピソード的な記述が多いので,構えずに読める。木村先生の「ろう文化」エッセイもセットで。

「ろう文化」と「手話通訳」について割と良くできているフィクション作品がこちら。守秘義務どうした?って気になるけど。ドラマ化もされた。

ろう教育と言語権

手話の成り立ちがわかると,教育と切り離せないことがわかる。この辺の事情をおさえないで,手話を普通の言語として扱おうとするとちょっと混乱すると思うので1,2冊は読んでおくとよいかなと思う。

「ろう文化」と日本手話での教育についてはこれがおすすめ。流れも把握できるし,これを読んでから他の本に進むといいと思う。立命館大学の博士論文をベースにしているので,調査が行き届いている。

明晴学園の元校長先生の書いた本。放送業界から来た方が書いているので,ある種「エモい」ところがあるのでその辺に注意して読みたい。

似たようなジャンルの人が明晴学園の取材を通して書いた本。読み比べるといいかも。

教育問題に関しては,もうちょっと難しくても良いという人はこのへん。これらも博論本なので,ちょっと難解な箇所もある。でも大事な指摘が多い。

言語や教育に関する権利について,人権問題に行こうと思ったらこちら。最近の本2冊はセットで。この2冊が近年の入門レベル。問題を把握して欲しい。

この系譜をたどるならこのあたりも押さえておきたい。

もっと専門性が高いのがこのへん。時代を遡る。「ろう教育と言語権」は持って置いて読み返しながら理解を深めるのがいいと思う。「言語権の理論と実践」は専門家におすすめ。

デフ・ヴォイスシリーズではこちらが教育問題を扱ってるかな?

ちなみに私が,上の「手話を言語というのなら」などに寄稿している杉本先生と一緒に「言語を剥奪されない権利」について書いた論文はこちら。

「人工内耳時代の言語権―ろう・難聴児の言語剥奪を防ぐには」『言語政策」http://jalp.jp/wp/wp-content/uploads/2021/04/gengoseisaku16-takashima.pdf

手話言語学

日本手話を事例に,手話言語学を学んでみようという人のための本。

本ではないけれども,実は手話言語学に入門しようと思ったらまずこのサイトの説明を全部見ると良いというのがこちら。香港中文大学の手話言語学講座の日本語&日本手話訳。上の本とこちらと合わせて勉強すると,割と骨格が見えてくるのではないだろうか。

次。手話言語学の内容が入っている言語学の教科書。これは押さえておきたい。分量が少ないのと,音声言語の言語学の基礎パートももちろん良きなので,一冊手元にあるとよい。

手話言語学を学んでみようと思って万が一最初に手に入れたら多分後悔する本がこちら。「基礎から最前線」なので「基礎」もあるんだけど,基本的には,専門的なことを書くことを目的として編纂されているので,上のものを押さえないで突入すると「なにがなんだか」となると思う。私も富田望さんと「メタファー」の章を書いている。
(並べてみると,上の「よくわかる言語学」と色が揃っている)

日本手話の研究が気になる人は,大学図書館にアクセスできるなら,月刊言語2005年の束を通読して欲しい。毎月一編づつ市田泰弘先生の手話言語学の幻の連載がここにあり,これが本になっていないのがツライところ。独自性も強いけれども,とにかく今でもちゃんと深掘りして分析仕切れていない問題がいくらでも転がっている。

手話の研究をしてみたいなと思ったら,日本手話学会の学術誌「手話学研究」のこの巻は目を通して欲しい。森壮也(2009)「手話研究者の倫理を考える: Aさんへの手紙」は特に強くおすすめしたい。

以下はおまけ。
この辺にも手話に関する記述がある。鳥越隆士先生の手によるもの。

私もこれに書いた。図書館にあれば最終章なので,拾い読みを是非。

この頃のアメリカ手話の研究の概説みたいなのが入っている。あ,この年にはもう日本語でこんなことを紹介している人がいたのか,という感慨がある。

たまにある問い合わせなのだけれど(あなただけじゃないのです,お気になさらず),「手話の研究してみたいんです」とひとつも手話言語を学ばずに,突如英語の専門書を読み始めて「日本手話のコーパスとかどこに落ちてるんですか」とか問い合わせをしてくる前に,このあたりに当たっていただければ幸いです。

※本格的にやろうとすると英語で読んだ方が手っ取り早い気がするんですが(言語学やるならぶっといオレンジの本とか,手話の翻訳通訳のハンドブックとかも出てるし),敢えて日本語に訳されているものとか,日本手話に関するものとかを挙げています。

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