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「女記者が見た、タイ夜の街」第6回:タイ人の人身売買最大の市場、日本


■怪しい日本語の売春仲介サイト

「(●●県●●市●●町)短期ビザ2月3日来た新人タイ人オススメハズレないマンション可愛い子サービスいい優しい人気20歳155*45*D」

これは、日本のある売春仲介サイトに掲載された文言だ。

あやしい日本語の羅列とともに、「本日の出勤者」として、アジア人女性らの露出した自撮り画像が続々と掲載されている。

こうした売春仲介サイトは、隠語で「中華マンション」と呼ばれ、タイ人だけではなく中国やベトナムなど多国籍な外国人の売春を斡旋している。

ウェブサイトには「顔出しは全員短期ビザで3日から、1週間ぐらいだけ空いてます(原文ママ)」と記載されていることからも分かるように、外国人の不法就労、違法な売春の斡旋であることは一目瞭然だ。

このサイトにアクセスするにはパスワードが求められ、そのパスワードも定期的に変更されるなど、運営側の警戒ぶりが伺われる。

アジア人女性の売春仲介サイト。
タイ人女性も多く掲載されている
(実際は顔出し。筆者によりモザイク加工済み)


ウェブサイトに掲載されたリストには、日本全国各地の地名が並び、一般的なマンションなどで、売春の斡旋が行われていることが分かる。客はチャットアプリを使って運営と連絡を取り、場所や女性を指定する仕組みで、一回15〜20分、一万円で本番行為が行える。

利用者の口コミによると、女性の多くは日本語がほとんど話せず、行為が事務的だったり、体に触られるのを嫌がる様子を見せたり、性行為の終了後すぐに男性を帰そうとしたり、サービスがよいとは言えないとの評価が目立っている。

こうした違法な仲介サイトでの売春斡旋をめぐっては、逮捕者も出ている。

2023年11月には、公安委員会に届け出ず性風俗店を営業したなどとして、風営法違反の疑いで、タイ国籍のサオラーントーイ・マナサナン容疑者が逮捕されている。京都府警によると、容疑者は売春仲介サイトを通じて客を集め、民泊など短期滞在用のマンションを転々とし、営業を行っていたとみられている。 

■日本で相次いだタイ人の殺人事件

日本では1980年代にタイ人の海外出稼ぎが増加したのに伴い、多くのタイ人女性が夜の街に流れ込んできた。進んで出稼ぎに来た女性もいれば、自らの意思に反し、「人身売買」として身売りされてきた女性もいた。

1995年に出版された「買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙」によると、人身売買の犠牲者となった彼女たちの多くは北部の出身者で、貧しい農家の娘たちだった。彼女らは日本にやってくる前、両親の暮らしを支えるため、少しでも良い稼ぎを得ようと、身を削って働く毎日を送っていた。

そんな時に、若い女性が集まる美容院や飲食店の経営者などから、「日本でよい仕事がある。工場やレストランで働く仕事だよ。たくさんお金が稼げるよ」と勧誘される。

「これで両親を楽にさせてあげられる」

両親を何よりも大切にするよう、幼い頃からタイ仏教を通じて教わってきた彼女たちにとって、金を稼いで立派な家を建て、親孝行できることは、最大の喜びだった。

しかし、夢を持ち、期待を膨らませて日本に到着すると、そこには想像を絶する恐怖が待ち受けている。

まず、空港で日本側の仲介業者と合流すると、パスポートを含む所持品はすべて没収され、見知らぬ土地のスナックなどに連れていかれる。この仲介業者は人身売買組織の中で中心的な役割を担い、日本の暴力団と密接に関係している。

現地には彼女らを管理する「ボスママ」がおり、日本からタイへの渡航費や、仲介料といった名目で、300~500万円の「架空の借金」を背負わされる。彼女たちはそこで初めて、自分たちが身売りされたことを知るのだ。

そうした人身売買の女性らが住む場所は、常に監視され、自らの意思で外出することは許されない。逃げたり反抗したりすれば、「タイにいる親を殺す」と脅され、暴言を吐かれ、暴力を振るわれる。

そうして自分の意思に反して、来る日も来る日も、見知らぬ男たちの相手をさせられる。彼女らの供述によれば、体調不良や生理の日であっても客を取らされ、また、少しでも体重が増えると売れなくなることから、食事も十分に取らせてもらえないなど、「家畜同然の扱い」を受けていたという。

こうしたタイ人女性らを保護する活動をしてきた仏教者国際連帯会議・日本会議のメンバー、杉浦明道氏によると、1989年以降にタイ人女性が被害者、加害者となった殺人事件は、30件以上起きている。

人身売買の被害者であった女性がそうした状況から逃れるために、ボスママや経営者らを殺害してしまった事件が、道後事件(89年、愛媛)、下館事件(91年、茨城) 、新小岩事件(92年、東京) 、茂原事件(92年、千葉)、市原事件(94年、千葉) である。

これらは、いずれも「架空の借金」を課せられ、女性らが売春を強要させられていた状況から逃れるために、起こしてしまった事件だったという。

■今も年間1万人以上が日本で犠牲者に

同書が出版された1995年当時、こうして日本に売り飛ばされたタイ人女性は、年間2万人以上いたとされている。

しかし、これは過去の話なのだろうか。

2022年3月、タイの英字紙ネーションは、タイ警察の衝撃的な調査の結果を報じた。

「売春目的の女性と子どもの人身売買で、日本は過去10年間、タイ人が送られる最大の市場となっており、その数は年間1万人から1万5,000人に上る」

警察幹部の発表によると、人身売買の被害者は教育水準の低い女性たちで、仲介業者は「合法的な工場で働ける」などと言って女性らを勧誘し、風俗店に売り飛ばすのだという。

こうしたケースは決して過去の話ではなく、現在も続いている悪夢なのだ。

一方で、日本側が発表している人身売買の被害者数は、タイ側が発表したそれと大きな乖離がある。

2022年に出入国在留管理庁が保護の手続きを執った人身取引被害者は2人で、内訳はフィリピン人とタイ人だった。「被害者数は、同庁が統計を取り始めた2005年の115人から大きく減少し、近年は多い年でも20人前後となっている」という。

なぜこうした乖離が生じるのか。

外国人の雇用問題に詳しいGlobal HR Strategyの杉田昌平弁護士は、「人身取引は、被害者が声をあげにくい犯罪。認知されていない被害者が多いことが考えられる」と指摘する。

さらに、日本側とタイ側において、被害者の把握の方法にも違いがあるという。

「日本の入管の公表している数字は、刑事事件などで逮捕や収容ができた人数。刑事事件や収容で事実認定を行う場合、グレーな状態での摘発はできず、厳格な証拠に基づいて行うことになり、1名1名の被害を証拠をもって特定している状態となる。

他方で、タイ側の把握する人数は、ブローカーなどの事業者から把握できる件数であり、1件1件を証拠をもって把握した人数ではないと考えられる」(杉田氏)

入管は、「人身取引は潜在性が高く、手口の巧妙化等により、被害が表面化しにくいものである」とも指摘している。

近年の外国人の売春斡旋は、冒頭の中華マンションのケースのように、当局の摘発から逃れるために営業場所を転々とし、その実態をつかめないよう警戒を強めている。

さらに、人身売買の被害者たちは、売春組織からの報復を恐れて、真相を語りたがらないことも多い。被害者の実態解明は困難を極めている。

■両親のためリスク冒して出稼ぎへ


彼女たちは、なぜこうしたリスクを冒してまで、日本へ働きに出てこなければならなかったのか。

「買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙」では、日本に身売りされ、タイ人のボスママを殺害したタイ人女性の手紙として、こうつづられている。

「私は日本で過ごした六カ月あまりの間に、多くのタイの女性に出会いました。彼女たち一人ひとりのそれまでの経緯はみな異なっています。自分から進んでやって来た人もいれば、そうでない人もいました。けれど全員に共通することは、家族の生活が苦しく必死になって闘っていかなければならないということです。

私たちは貧しいために、両親や家族を養うのに必要な「お金」を得るために働きに来ているということを、恥ずかしいとは思いません。私たちは両親の子どもであり、どうやったら両親が苦しい生活をしなくてすむかということだけを考えているのです」

こうしたタイ人の人身売買や、不法な出稼ぎの問題は、日本だけでなく、さまざまな国にも及んでいる。

特に近年、社会問題になっているのが韓国だ。韓国では10万人以上のタイ人の不法滞在者がいることが問題になっており、韓国に渡航したタイ人が相次いで入国拒否されるようになるなど、両国関係を悪化させる火種となっている。

現地で何が起きているのか。

次回、「第7回:韓国がタイ人を入国拒否する理由」で紹介する。

※「北部・東北部が貧しい本当の理由」は、第8回に延期します

●参考文献・URL

買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙
下館事件タイ三女性を支える会=編(明石書店、1995年)

外国人売春サイトで集客か タイ人の女、風俗営業疑いで逮捕(2023年11月25日付産経新聞)

15,000 Thai children, women trafficked for Japan sex trade each year: police study (nationthailand.com)

出入国在留管理庁https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/08_00032.html

人権に学ぶ
‐タイ女性の救援活動を通じて‐仏教者国際連帯会議・日本会議  杉浦明道
https://www.nagoya30.net/study/human/sugiura.html


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