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【Dontae Winslow】カマシ・ワシントンのトランペッターを掘り下げる

カマシ・ワシントンの新作『Fearless Movement』がリリースされましたね。

カマシについてはいろんなところでいろんな人が書いていると思うので、ここでは先行カットの「Prologue」で鮮烈なソロを披露していたトランペッター、ドンテ・ウィンスローのキャリアを掘り下げていこうと思います。


ドンテ・ウィンスローはジャズ・トランペッターでありながらエミネムやDr.ドレのオーケストレーションを手掛け、ジャスティン・ティンバレイクの右腕としてツアーを回っている、という話を以前こちらに書きました。先に読んでいただけると、現在の音楽シーンでドンテがどういう位置にいるのかがわかりやすいかと思います。


カマシとドンテの対談をこちらで翻訳しています。LAでの出会いやストラヴィンスキーから感じるヒップホップなどについて語り合っています。

【キャリア】

さて、ドンテ・ウィンスローはティンバレイクが紹介したように合衆国のメリーランド州ボルティモア生まれ。フィラデルフィアの南西で、ワシントンD.C.のすぐ北東ですね。

子供のころにテレビでマイケル・ジャクソンを見て衝撃を受けたと語っているので今は40代後半くらいなんじゃないかと思います。(向こうではプロフィールに生年月日とか書かないので推測)

家のテレビでMJ、通っていた教会でゴスペルに浸かり、中学高校でトランペットを吹いていたドンテはボルチモアのジョン・ホプキンス大学、LAの南カリフォルニア大学と進学し、クラシック音楽の演奏と作曲で修士号を取っています。

LA移住は大きな転機だったようで、ハービー・ハンコックやロン・カーターといったジャズレジェンドの下で学ぶ機会を得る一方、ラッパーのクイーン・ラティファのバンドに起用され、以後16年間も続く関係を築いています。カマシ・ワシントンやテラス・マーティンがスヌープ・ドッグのバンドで研鑽を積んだように、まず有名ラッパーの下で大舞台を経験するというコースはミュージシャンにとって大切なようです。

ところで大学に行って音楽を勉強して学位を取って、みたいなエピソードはジャズの世界ではふつうとはいえ、ヒップホップとかを聴いてる身からするとちょっと鼻白む気もするところ… しかしドンテ自身はそれよりも、10代の頃から自作のCDを車のトランクに詰めて売り捌いていた、というラッパー顔負けのビジネスエピソードがお気に入りのようです。ボルチモア時代だけで7枚を自主制作したとか…

LAではジャズの世界で名高いセロニアス・モンク・インスティテュートのフェローにも選ばれて(サックス奏者マーカス・ストリックランドと同期です)、音楽シーンで名を挙げたドンテ。早くも2009年にはカマシ・ワシントンと一緒に演奏している映像が残っています。22歳で夭折したLAの伝説的ピアニスト、オースティン・ペラルタの姿も見えます。

2010年代に入るとキーシャ・コールなどR&Bシンガーのプロデュースをする一方でアメリカンアイドルのバンドや映画音楽といったエンタメ界での活躍も続き、のちにスーパーボウルのハーフタイムショーやグラミー、アカデミーといった大舞台を手掛ける下地を固めていくことになります。

【アルバム(1): BALLADS】


前述のようにドンテはラッパーのミックステープのように自主制作でアルバムを量産していたのでどれが第何作目、とかは極めてわかりにくいのですが、SpotifyとApple Musicで聴けるリーダー作は3枚あります。

そのうち最も初期のものが2006年の『Ballads』。タイトル通り「Body and Soul」や「In a Sentimental Mood」といった穏やかなジャズスタンダードをトランペットのワンホーンカルテットで演奏しています。

ドンテはマイルス・デイヴィスのトランペットの音色を「pure beauty」と讃えているのですが、そのマイルス唯一のワンホーンカルテット作品『The Musings of Miles』のように繊細な美しさを湛えているアルバムになっています。



【アルバム(2): ENTER THE DYNASTY】

『Enter The Dynasty』は2014年のアルバム。家族写真のアートワークで「Dynasty」と名づけるセンスはラッパーっぽい。息子のJediくんはすっかり大きくなってジャズピアニストとして活動してるようです。

『Enter The Dynasty』では1曲目こそボルティモアの名物カニケーキをタイトルに取ってトラディショナルな色が濃いですが、全体的にはコンテンポラリージャズの雰囲気が強くなっています。

いちばんの注目は「Blaxploitation & Revolution」。カマシ・ワシントンやサンダーキャットが組んでいたバンド、ウェストコースト・ゲットダウンとの共作です。

2012年にトレイヴォン・マーティン事件が起こり、期待に満ちていたオバマ政権の1期目が終わりに近づいていた当時の合衆国の世相が反映された曲になっています。

アルバムに収録はされていませんが、ドンテはトレイヴォン・マーティンに捧げる曲をトランペッターのロイ・ハーグローヴと共作しています。


【アルバム(4): WALKING ART】

現時点での最新作が2021年の『Walking Art』。ラッパーの客演もあり、一気に賑やかでヒップホップ色が強くなった作品です。

一曲目の「Steps」ではサックス奏者のブランフォード・マルサリスが煌びやかなソロを展開していますが、ブランフォードは90年代からバックショット・ルフォンクというプロジェクトでいち早くジャズの側からヒップホップへのアプローチを模索しています。先述のロイ・ハーグローヴもRHファクターで00年代初頭にネオソウルを取り入れており、そういった先輩ジャズミュージシャンが切り開いた道を歩むドンテの敬意が伝わってくる人選です。

「She Said Cypher」はLAのテラス・マーティンとカマシ・ワシントン、それにボルティモアのゲイリー・トーマスとサックス奏者を3人呼び寄せた遊び心のある曲で、反面「Trumpet and A Mic」は自らのトランペットとラップを全面に押し出した曲になっています。


【アルバム(5): EXPECTATIONS: AN R&B SYMPHONY】

番外編的な作品がR&Bシンガー、ケニオン・ディクソンとの共作『Expectations』。

「R&Bシンフォニー」と銘打っているだけあって、ストリングスでシームレスに繋がる5曲15分で構成されており、ドンテは作編曲とオーケストラの指揮を務めています。

ケニオン・ディクソンはグラミー受賞歴のある新進気鋭のR&Bシンガーですが、ジャスティン・ティンバレイクのバンドで作曲とバックコーラスも務めており、タイニーデスクコンサートではドンテと一緒に姿を確認できます。


【サウンドトラック】


ドンテのキャリアで欠かせない仕事が映画の劇伴、サウンドトラックの制作です。直近ではマリオ・ヴァン・ピーブルズの最新作『Outlaw Posse』を手掛けています。

ドンテが劇伴を手掛けるようになったのは、LAに出てきてテレンス・ブランチャードの教えを受けるようになったことがきっかけです。

ブランチャードはジャズトランペッターとして活躍する一方、スパイク・リーの映画で『ジャングル・フィーバー』(1991年)、『マルコムX』(1992年)から『ブラック・クランズマン』(2018年)まで劇伴を手掛けるなど、映画音楽の第一人者でもあります。

ドンテはブランチャードをメンターとして慕っており、ジョン・ウィリアムズ(『スターウォーズ』『ジュラシックパーク』シリーズなど)の映画音楽から学びながら有益なアドバイスをもらったと語っています。

ブランチャードとのエピソードで面白かったのは、自分のバンド活動と映画音楽をきちんと並行して続けていくことを教えられたと言っていたことです。たとえばジャズシンガー、ホセ・ジェイムズの初期のバンドで活躍していた鍵盤奏者のクリス・バワーズは映画音楽を次から次へと手掛ける一方、バンドで新作をリリースしたりはしなくなってしまったので、ドンテのミュージシャンとしての在り方にブランチャードの存在は大きいのだと思います。

ドンテの映画仕事が最良の形で報われたのがDr.ドレの伝記映画『Straight Outta Compton』への参加です。挿入歌となった「Talking to My Diary」ではラスト1分がドンテのトランペットソロに当てられています。


【おわりに】


駆け足でドンテ・ウィンスローのキャリアをまとめてみました。いかがでしたでしょうか。

カマシ・ワシントンの新作リリースに合わせてインタビューなども日本の音楽メディアから出てきていますが、ドンテの名前に触れたものはなかったので(「Prologue」であんなにがっつり演奏してるのに!)少しでもこれが参考になれば幸いです。

それぞれのアルバムを詳しく掘り下げるアルバムレビューも書けたらいいなと思っています。ではまた。


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