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単語ガチャショートショート_No,1 「あの葉が落ちたら」

夏。騒がしいセミの声が聞こえる。
窓はピタリと締められており、その騒がしさも幾分か遠くから聞こえてるようにも思えた。
病室はクーラーで一定の温度が保たれている。その中で貴弘(たかひろ)は本を読んでいた。
部屋をノックする音がする。
ガラリとドアが開き、花を持った友人、ソラが入ってくる。

「ソラ、また来たんだね」
「当り前じゃないか、ほら、今日はクレオメの花を持ってきたんだ」
そう言いながら白い花を差し出す。
「そう言って頻繁に来てくれるのは家族を除いたら君だけだよ」

貴弘とソラは小学生の頃からの友人だ。

「ソラ、実はね」
「うん」

「僕、もうダメなんだ」
「医者に言われたんだ、『君の命はきっとそこにある木の葉っぱが全て落ちるくらいまでだろう』って」

ソラは窓の外に見える木をちらりと見た。貴弘はずっとうつむいている。

子供の頃から元気で活発だった貴弘が、今は床に着き、こんなにもふさぎ込んでしまっている。
友人として、なんとかしてあげたい。
貴弘には笑顔でいて欲しい。

セミの鳴き声が響く。

ソラは口を開いた。

「あの木は常緑樹だから、葉っぱ落ちないよ?」
「…は?」
「栗の木だよあれは。栗の木」

しばし静寂が流れる。貴弘の頭の中でソラの言葉と医者の言葉がグルグルと回っている。

そして、わなわなと小声で言った。
「あのクソ医者め…」

「はははは!変なお医者さんだとは思ってたんだ、なんだって栗の木を病院に植えてるような病院だからね!」
「笑い事じゃないよ!僕はこのことを君になんて説明しようかさんざん悩んで…!」

「まあよかったじゃないか。君の病気は治る。時間はかかっても、絶対に」
そう言いながら、ソラはクレオメの花を花瓶に差した。

「今の貴弘にぴったりの花だよ」
「クレオメの花言葉は、『思ったより悪くない』さ」

後日、青いイガグリにまみれた医者が病院で噂になったが、これはまた別の話…。



選択ワード「本」「栗」
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