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小春志×吉笑 マゴデシ寄席プレミアム

 2021年立川吉笑の「三題噺百景」にて、決して十分には洗練されていないながらも作品が立ち上がるという現場に居合わせ、その熱意の虜になったとき、「吉笑を入り口に立川流という伝統を遡上する形で談志を経験する」と私は述べた。いまだ談志が世に与えた衝撃を生々しく経験することはできていないものの、それでもなお、談志の弟子の中でも四天王とよばれる、志の輔、談春、志らく、談笑の落語に触れながら、マゴデシと呼ばれる彼らの弟子世代が「私たちの立川流」だと痛感する。2024年2月28日のマゴデシ寄席プレミアム@ユーロライブ。


立川寸志「三方一両損」

 脱サラして落語家を志したという寸志の、二ツ目らしからぬ落ち着いた雰囲気から語られる小粋な江戸っ子。拾った3両を受け取らない落とし主の頑固さから喧嘩へと発展し、奉行所へと訴えられる「 三方一両損」が、さらさらと流れるように巧みに、緻密に描き出され、江戸の風景描写が印象に残るべく演じられる。壁の薄い長屋にすむ大工の吉五郎。大家に伴われて白砂のうえに座す金太郎。名奉行の大岡越前守忠相の威厳と柔らかさ。以前に聴いた「鮫講釈」 のときにも感じたが、寸志の語り口調は、小料理屋のおすすめ感がある味わいで、上品ながらも江戸風味、無骨やハリ・コシのなかに山椒や柚子の香りの爽やかさがある整った仕上がりだ。

立川吉笑「カレンダー」

 寸志のあとは、吉笑による新作落語「カレンダー」。異色ぞろいの彼の作品のなかでも、特にこれは閏年の閏日がもっとも旬だ。日常生活ではほとんど気に留めない「カレンダー」の、凡人あるあるとしての「 日付の錯誤」 が、とある孤島の大問題へと発展する。キリストの誕生日から数えられるというこの西暦に、否が応なく従わざるを得ない、愕然とするような不合理に笑いもし、今、この瞬間を共有するという落語のライブ性が、吉笑独特の煽り立てるような早口展開で極限にも誇張される。私達は「何月何日、何時何分にいるのか」。話によって翻弄されるがまま<ここにいる>という真実意外は、どうでもよくなる痛快さ。

立川らく兵「火焔太鼓」

 今年5月に真打昇進が予定されているらく兵の「火焔太鼓」。彼の身体で、最も私が聴きたかった演目の一つ。師匠志らくによる「火焔太鼓」は、吉笑の真打計画のときに拝聴し、洗練された切り口の怒涛のくすぐりによって、息つく間もなく次の笑いへと誘われていく感覚があったが、らく兵の場合には、師匠の型を踏襲していながら、らく兵自身のフラから醸し出される馬鹿馬鹿しさから聴き手の残虐性をも肯定されるような感覚があった。確か、志らくの「火焔太鼓」は、ユーモラスから優しさが垣間見え、長年連れ添った夫婦の通じ合っている部分と、分かりすぎるがゆえに抱く淡い嫌悪が意外性を帯び、面白さに達する感じが絶妙に表現されていたように記憶している。らく兵の「火焔太鼓」は、情というよりは、愚直な馬鹿に対して「もっとやってやんねぇとあいつは分からねぇ」「あれぐらいで丁度いい」といったような攻撃性がフラットにに表現され、それでいていい塩梅に感じるのが不思議だ。

立川小春志「お見立て」

 「お見立て」は、吉笑の三題噺の会で、小春志がこはる時代にかけていたのを見た事がある。ジェンダー的な話題を持ち込みたくはないが、女性として落語に対して真正面からぶつかっていることが明確に示されていて、ドキドキとときめいたことを覚えている。恐らく演出の方法は他にもあったけれど、小春志は正面突破を磨いている、高めている。それは、別の会で観た「大工調べ」のときにも感じた。
 「お見立て」では、苦手な客に会いたくない遊女が、取次の男を使って嘘を捲し立てる。「どうしてもあいつに会いたくない」という頑なさだけが真実。勝手ながら、「いいと思った落語をやりたい」という一心に虚実のあわいをひょいひょいと渡り歩く小春志が想像されて、食えないねぇ、憎いね、大好きだね、と思う。この感覚は、彼女の師匠である談春の落語を聴いたときにも色濃く感じていて、落語を観ているというよりは、人間がなんであるかを見させられているよう。つらつら並べられる言葉の、ごく一部に真実の重みが嗅がれるときに、ぐっと掴まれ逃れられない。

 立川談志の「落語とは人間の業の肯定だ」という名言を私はリアタイでは体験できていないが、落語の中に表現される「人間」というもののが、「噺家」の解釈や身体を通じて表現されることによって固有の面白さが生じていると思うと、興味深い。談志は、落語の、人間の、真実を何に見たのだろう。今日のマゴデシ寄席では、それぞれの遺伝子を受け継いだ猛者たちが集結している。四者四様の表現のなかで、落語に何が表現されているか、己とは何か、ということが執拗に問われているように思えた。

                             Text:a

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