『偏心――重症心身障害児(者)の妹・イン・ザ・ダイアローグ』第十七話

Text by:たくにゃん

「半固体」の声を聴く

 2019年5月に発刊した『アラザル』12号には、重症心身障害児(者)に関する長文批評を、「私」性を排して書き下ろした。取り上げた作品・文献・事件等は多岐に渡り、本連載で言及してきた『夜明け前の子どもたち』や『亜由未が教えてくれたこと』、『重い障害を生きるということ』、相模原障害者殺傷事件などにも触れた。
 その中で、本連載でまだ言及していない作品の一つが、ドキュメンタリー映画『わたしの季節』(小林茂監督/2004年)である。同作は、『夜明け前の子どもたち』の約35年後の「びわこ学園」の様子を収めている。
 ここで注目したいのは、入所者が陶器や粘土作品などを作る陶芸活動のシーンである。自閉症と知的障害を併せ持っていると思しき戸次公明(べっき・こうめい、51歳)は、粘土をこねて成形していく際に、余分な粘土を千切って口の中に放り込む。咀嚼するかのように口の中で弄んだ後に口から手に出し、パーツとして使用したりしている。隣では、重度の自閉症と思しき上田義広(53歳)が、多量の水で薄く伸ばした粘土を顔の全面に塗りたくって遊んでいる。
 私はこのシーンを見ていて、障害のある人たちと「半固体」――イメージとしては「非定型」「変形」等――には、何か親和性があるのではないかと予感した。少なくとも、重症心身障害児(者)にとっては、他にもいくつかの事例が思い起こされる。
 たとえば、埼玉県川口市にある生活介護事業所「工房集」では、重度の身体障害と知的障害を併せ持つ利用者が、「ニギリ」という紙粘土作品を制作している。これは、職員の声掛けにタイミングを合わせ、ゆっくり粘土を握ることで作られる立体作品で、驚くほど毎回違う形に仕上がるという。
 また、多くの重症心身障害児(者)が使用する車いすやマットの独自形状が挙げられる。それらには、スポンジ(ウレタンフォーム)でできた座面や背面などに、なめらかながらも大きな凹凸がある。重症心身障害児(者)の多くは自身の体を自分で思うように動かすことが難しいため、骨が変形しやすく、健康を大きく左右する。1人ひとりに合わせた凹凸があることで、変形した骨にフィットし、更なる変形を防ぐ効果がある。(『アラザル』12号で取り上げたが、2018年9~11月に滋賀県のボーダレス・アートミュージアムNO-MAにて展示されていた森田寅の作品群、『姿勢保持装置』を観るのが分かりやすい。)
 個人的な経験で言えば、妹が実家でどろどろとしたミキサー食を食べていたことも思い出される。あるいは、リビングの端に据えられたベッド上では、両親による排泄介助も行われていた。こうした生活の中の「半固体」も、健常者にとっては通常覆い隠されていて意識されることがないが、重症心身障害児(者)にとっては身近(な存在)だと言えるのではないだろうか。(重度身体障害のある人たちにとっても、排泄の問題は大きい。1990年代後半に世田谷周辺で自立生活を送っていた脳性まひ者たちは、排泄物が散らばっている状況を“黄金郷 El Dorado”にたとえて「エルドラド問題」という隠語で表現したという。)

  「ちょっと! 私は別にリビングで排泄したくてしてたわけじゃないんだから、そういうプライベートな話は勘弁してよね」

  「ごめん…」

  「私だって本当はステーキを嚙み千切ってみたりしたいわ」

  「そうだよね。食べるの好きだもんね」

  「逆に、お兄ちゃんも毎日ミキサー食を食べてみたらいいわ。絶対飽きるわよ」

 ミキサー食や排泄物は別にしても、「ニギリ」や『姿勢保持装置』から分かるように、重症心身障害児(者)と半固体との親和性は高いように思われる。もっとも、半固体と触れ合う行為やその状態自体が、重症心身障害児(者)に対して高谷清のいうところの「内在意識」をもたらす点こそが重要なことだ。児童文化研究者・心理学者の村瀬学は著書『初期心的現象の世界 理解おくれの本質を考える』の中で、次のように語っている。

何らかの機能のために人間は物をにぎるだけではない。〈にぎっている感触〉が、自分にとって〈快〉、つまり〈対象〉になるかのようにしてにぎっているという現象が、人間の場合には起こっているのである。

『初期心的現象の世界 理解おくれの本質を考える』136頁

 この「にぎる」は、「触る」や「接する」にも置き換えられる。「半固体」は重症心身障害児(者)に悦びを経験させ、成長につなげる“やさしい存在”だと思う。翻って、健常者の世界は「個体・液体・気体」「有形・無形」など、定形的で固定的な存在や区分が多くを占めているように感じる。「半固体」のような中間的で曖昧なものの価値が、もう少し見出されても良いのではないだろうか。


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