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やっぱり、人は世界は優しいはずなんだって、言いたいんだ。

【やっぱり、人は世界は優しいはずなんだって言いたいんだ。】

今朝は衝撃とともに目が覚める。

アメリカ大統領選挙が終わり、マイノリティへの攻撃の激化が懸念される中での、ニューヨーク州知事の緊急声明が、facebookのフィードに流れてきた。

【日英併記】マイノリティに対する攻撃が激化する中でニューヨーク州知事が行った緊急表明(2016.11.12)

Whether you are gay or straight, Muslim or Christian, rich or poor, black or white or brown, we respect all people in the state of New York.(あなたがゲイであるかストレートであるか、イスラム教徒であるかキリスト教徒であるか、富める者か貧しい者であるか、黒人か白人か或いは褐色系かにかかわらず、わがニューヨーク州はあらゆる人びとを尊重し受け容れます。)
It's the very core of what we believe and who we are. But it's not just what we say, we passed laws that reflect it, and we will continue to do so, no matter what happens nationally.(これは、われわれの信じること、われわれが何者であるかの核をなすことです。また、ただ言葉でそう主張しているわけではありません。わが州法にその精神を反映しています。国家に何が起ころうと、われわれはそうし続けます。)

何が起こっても、自分の核を見失わないこと。

あらゆる個性がそのままでいられる世界。

異なる物同士が対立する構図から、融和融合する世界へ行きたい。そう願う人たちが世界中にいるし、私もそう願って生きていることを、改めて感じていたら、東京の大学生「あいぼん」という女の子のブログが目に入った。

読んだ。

衝撃を食らった。

うまく言葉にできないけれど、とにかくすごい熱量と規模のでかさと「世界は優しくて、みんなで助け合える」という思いや願いをあいぼんという存在全体で生きている感じが、衝撃だった。

あいぼんFUNくらぶという月額\1000~であいぼんの存在を応援できるファンクラブもあって、そこに書いてあるあいぼんの「実現したいこと」「やってきたこと」にも衝撃をくらった。(すごい可能性と熱量に満ち満ちている女の子。ぜひリンク先を見てください。)

たぶんそれは、私が(規模の差はあれ)やりたかったこと、やりたいことと同じで、でも私がまだまだ怖くてやりきれていないことだったから、衝撃をくらったのだと思う。


私も、座敷わらし生活という「私が家を持たないで人のおうちにお世話になっても生きていけるのか」という実験をしているけれど、私の存在自体の価値で世界に生かされるかどうか、を心の底から味わいたかった。

そう。すべての存在は、そのままで、世界に存在していいはずなんだ。マイノリティや弱者が存在できない世界は嫌なんだ。そのままで、いたいんだ。


大学生のあいぼんのブログを読んで、私の大学生時代の就職活動をしていた頃のことを思い出した。

超就職氷河期の時代だった。初めて就職セミナーに行った時、大きな会場に数多くの企業ブースがずらっと並び、私はその中の、〇〇製麺という会社の比較的小さなブースに並んだ。

会社説明を聞くには座席に座る必要がある。限られた座席の数をめぐって、数多くの学生が説明を聞こうと順番待ちをしている中で、企業の担当者は一人だけ。学生に資料を配るのも一苦労の様子だった。

私は順番待ちをしてやっと席が取れたのだけど、その企業担当者が一人で全部対応しているのが大変そうだったので、席を立ってその方に「資料をみんなに配りましょうか?」と声をかけ、学生に資料を配布するのを手伝った。

そして、自分の席に戻ろうとしたら、私の座席には、すでにほかの学生が座っていた。ビックリして、思わず企業担当者のほうを見たけれど、その方も私のことは気にもかけていない様子だった。他の学生たちも、私が配った資料を見ながら椅子に座ったまま、私が企業担当者のお手伝いをしたら席を失ったことなんて気が付いていないようだった。

担当者の方に声をかけたら「また列に並んでください」とだけ、無感動な声言われた。目の前には途方もない人の列。

私はすごくショックを受けて、やる気も失せて、外に出た。

ハンカチなどを席に置かなかった私の責任だと言われればそれまでなのだけれど、なんというか、生き馬の目を抜くような精神力じゃないとこの社会では生きていけないのか、誰かを助けたりしたら足元をすくわれるのか、ただ優しい気持ちで行動しちゃいけないのか、正直者は馬鹿を見るのか…

ということが、ショックだった。

その頃の私は、あいぼんのような自発性や世界への問題意識は全くなく、ボンヤリと生きていて自我も弱く自己肯定感も低くバイタリティもない、引きこもり一歩手前の若者だった。

けれど、優しさだけはあったと思う。困っている人がいたら声をかけるような、ただ純粋に漏れ出てくる優しさだけはあった。その漏れ出てくるものが、辛うじて私を社会に繋ぎとめていた。

それが、鼻息で吹き飛ばされた気がして、辛かった。


そんな学生時代の思い出が、あいぼんのブログ記事で呼び覚まされ、その頃の自分が、あいぼんによって救われたような気がした。

優しさには力がある。

私はへなちょこな37歳なので、サポートなんてできる力はないけれど、ささやかな優しさと愛だけはあると自負できる。あいぼんから超絶いろんなことを教えてもらい、過去の私も救ってもらったから、私は私のできることで、私の人生を生きようと思う。

人は、世界は、優しいはずなんだ。絶対そうなんだ。

小さなころからの私の願い。

私も、私の存在で、そのことを感じて表していく。

・・・

((追記))

すごく勇気を貰ったあいぼんの存在。

そのことを書き記していたら、私の友人が、またもや一人でなんでもやろうとしてパンク寸前になっている私を助けよう!と、困っている私を助ける「さとみコンペ(さとコン)」なるイベントを企画してくれました…!

さとみのお困りごとを公表して、心から「助けたい!」って思ってくださった方を募り、さとみを助ける独自のサポートを各自展開していただき、それによって一番私が喜んだ人がさとみに自ら報酬を依頼できる、という謎の楽しげな企画です。ありがとう過ぎる…!!

誰かの得意が、誰かを救う。

誰かの不得意が、誰かの愛の受け皿になる。

そんなステキな循環をいまも体験しているけれど、もっと要らないプライドを捨てて自分の恥ずかしい部分も含めて世に放流することで、何が起きるか体験したい。

皆様いつもありがとうございます!どうぞよろしくお願いいたします!

<第一回!さとコン☆開幕>


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【イベントのお知らせ】

家を持たずに移動して暮らすさとみが、名古屋は大須のビルにある森で、みんなで作るお話会&宴をひらきます。 

12/13(火) 18時頃「さとみの森の晩餐会」

名古屋市中区大須4-11-5 観音ビル4F クラフトの森 にて 

詳細はこちら(facebookページに飛びます)

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