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インド一人旅したら死にかけた話 【第4回】(最終回)

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幻のホテル

午前0時、ガンジスの街バラナシからニューデリーの空港に帰還し、空港の目の前に取っていたホテルに急いで向かおうとGoogleマップを開くと、僕は目を疑った。確かにホテルは空港の目の前ではあるが、空港自体がバカでかいせいで、今いるターミナルからホテルまでは4kmもあった。タクシーで行くのかトゥクトゥクで行くのか、はたまた徒歩で向かうのか。この時僕の脳裏によぎったのは、初日の夜にトゥクトゥクで知らない場所まで連れて行かれた時の恐怖だった。しばらく考えた後、僕は「歩…いや、走ろう」と決意した。今思えば、ガンジス川周辺を一日中歩いた後に全力ダッシュする元気がどこにあったのか甚だ疑問だが、早く行かないとチェックインできないかもしれないと思うと、本当に必死だった。

決意を固めた僕は、重いリュックを背負ったまま全速力で空港を後にした。こんな状況でも僕を追いかけてくる商魂たくましすぎる客引きのインド人たちを振り切り、Googleマップの提示した道に従って進んでいくと、まずは現地の人しか使わないような住宅街の路地に入ってしまった。外に出ていた住民に、なんだお前という顔をされてめちゃくちゃ怖かった。

その後も気を強く持って進んでいったが、今度は高架下の全く整備されていない、野犬がうろつく空き地みたいなところを通ることになった。インドの街中の犬はとても人馴れしているが、そこの犬たちは自分たちのテリトリーに入ってきた人間に警戒しているのか、のべつ幕なしに吠えてきて、今にも襲いかかってきそうだった。猛ダッシュでここを切り抜けると、その先に現れたのは浮浪者がたむろするトンネル。気配を殺してなんとか通った。怖すぎて思い出したくもない。

もうホテルまでの道のりは半分以上を過ぎたところまで来ていたが、気づくとなぜか、高速道路の中みたいなところを通っていた。もちろん歩道などなく、僕はとにかく必死で、道路脇の植込みの草をかき分けながら半泣きで進んでいった。

ついに道が開け、ホテルまであと100mのところまで来た。やっと辿り着くんだと安堵した直後、目の前に大きなゲートが現れた。ホテルはここを抜けた先にある。意を決して通ろうとすると警備員に、「ちょっと待って」と止められた。話を聞くと、どうやらその門は貨物車両用で一般の人は通れないらしく、ホテルに行きたいならタクシーに乗って迂回してくれとのことだった。膝から崩れ落ちそうになったが、致し方ないと思い、通りがかったタクシーを捕まえた。こんなことになるなら最初から乗って行けばよかった。

ドライバーのおじさんは快く向かってくれた。しかしながら、なぜかマップに表示されている通りの道を進んでも一向にホテルに辿り着かない。結局、異世界にでも迷い込んだかのごとく何度も同じ道をぐるぐると行き来し、これはもう無理だと悟った僕はドライバーに、「空港まで戻ってくれ」とお願いした。この旅二度目の深夜の宿なし人間が爆誕し、完全に虚無になった。


幻の飛行機

深夜2時前ぐらいに空港に戻ってきた。インドの空港は24時間開いてはいるものの、セキュリティが厳重で、飛行機のチケットを持っていないと絶対に中に入ることができない。従って中に入ってベンチで寝ようにも、まずは諸々のチケットの手続きをしなければならなかった。

この日はパキスタンとの国境にある砂漠の街、「ジャイサルメール」へ午前中の飛行機で向かう予定だった。オンラインでチケットは取っていたものの、発券などが必要だったので、まずは手続きをしに向かった。しかしその途中で電光掲示板に目をやると、乗る予定の便が表示されていない。ターミナルが変更になったのかと思い、わざわざ別のターミナルまで見に行ってみたが、そこにも表示されていなかった。不安になって航空会社の窓口に行って聞いてみると、特にアナウンスもなしに、「欠航になった」とのことだった。

全身の力が抜けて動けなくなってしまった。今すぐにでも日本に帰りたかったが、帰国の便まではまだ2日ある。しかし別の場所に観光に行こうという気力ももうなかった。

あと2日どうしようかと考えたが、本当に最後の力を振り絞って、別の航空会社の窓口にジャイサルメール行きの便がないか当たってみた。すると、奇跡的に14時すぎに出る便があり、席がわずかに残っていた。僕は躊躇うことなく新たにお金を払い、そのチケットを取った。自分のサバイバル能力に感心した。

ここまで全く余裕がなくて一枚も写真を撮れなかった
のでタージマハルの近くにいたリスをどうぞ


砂漠の街、ジャイサルメールへ

夜中に新しくチケットを取ってから10時間ほどが経った。その間は仮眠をとったり、ここまでの出来事をまとめたりして過ごしていた。そして無事にジャイサルメール行の便に乗ることができた時には心から安堵した。

ジャイサルメールは首都ニューデリーから南西800kmに位置する小さな砂漠都市で、今回の旅の最後の目的地だった。そもそもここを訪れようと思ったのは昔よく聞いていたロックバンド「andymori」の小山田壮平がこんな風に歌っていたのを思い出したからだった。

ジャイサルメールには
ドロップキャンディーの雨が降る
歴史は砂の中 僕らは風の中

andymori - 青い空

ドロップキャンディーが降る街とはどんな街なんだろう。期待に胸膨らませ、2時間半のフライトを経て降り立ったのは、果てしなく続く荒野の中にある空港だった。

まず空港からタクシーに乗り、取っていたホテルに向かい、(初めてまともな時間に)チェックインを済ませた。日本語が話せるというインド人オーナーが経営するホテルはその名も「ホテル トーキョーパレス」。日本人も多く泊まりにくるらしく、部屋も設備もすごくしっかりしていた(でもお湯は出なかった)。


城塞と美人局(?)

チェックイン後、寝るのも勿体無いので早速散策に出かけた。ジャイサルメールは古くから貿易の中継地点として栄え、街の中央の丘の上に巨大な城塞を構えている。観光客も自由に出入りできるので、まずはそこに行ってみることにした。

ジャイサルメール城
いまだに人も住んでいる


ニューデリーなどと違い、比較的静かな街中を抜けて丘を登ると、迷路のように入り組んだ城塞が現れた。国境付近の街ということもあって、かなりアラビアンな雰囲気で、映画のセットの中にいるようだった。

いい雰囲気
野良牛はどこにでもいる


ゆっくり登りながら、城塞を観察していた時のことだった。「よかったら一緒に見ない?」と後ろから声をかけられた。フランスから一人で来たという、綺麗なソバージュヘアの若い女の子だった。僕はあまり考えず、いいよと言ってしまったが、歩き始めてから「これはもしや詐欺では…」と、急に不安になった。もしこの子に指一本でも触れようものなら、物陰から屈強な男が出てきて取り押さえられるんじゃないかと戦々恐々としていたが、結果女の子は普通に旅先で出会った人と観光したいだけのようだった。

タージマハルもインド人家族と知り合いになって
一緒に観光したそうだ


1時間ほど話しながら城塞を見て回った。頂上に着くと街全体を一望できた。本当にどこまでも続く砂漠の中にぽつんとある、小さな街だった。

城塞の上から


女の子はこれから近くにあるという湖に行くとのことで、そこで別れた。いろいろ話したが、名前を聞くのを忘れてしまった。


ドロップキャンディー

僕はその後、街の歴史が展示してある博物館を訪れた。そこは屋上が展望台になっていて、ちょうど夕暮れ時になっていたので登った。

ジャイサルメールは別名「ゴールデンシティ」とも呼ばれる。夕陽に染まった建物が黄金に輝いて見えることがその所以らしい。

屋上から沈む夕陽を見た。真っ赤な太陽から出る光はドロップキャンディーになって街の建物を染めていた。小山田壮平は嘘をついていなかった。

諦めないで来てよかった


日も暮れたので丘を下り、城塞を見上げることができるレストランでカレーを注文した。とんでもない品数と量のプレートがでてきたが、やっぱり桁違いに美味しかった。

豆やらチキンのカレーやら
左の黄色い塊は、砂糖丸めてこねたんか?ってぐらい甘かった
夜の城塞も綺麗

満腹になったところでホテルに戻り、例によって水シャワーを浴びて凍えた状態で眠った。流石に疲れすぎて爆睡だった。


帰国の途に

朝はすっきり目覚めた。最終日の今日はまず飛行機でニューデリーまで戻り、そこから日本に向けて出発する。最初の飛行機までは時間があったので、少し散歩した。とは言っても、小さな街ということもあり、前日けっこう隅々まで観察できたので、あんまり見るものはなかった。

朝から選挙の催し物をしているようだった
生演奏のグルーヴが半端なかった


ホテルに一度戻り、少し暇を潰してから、荷物をまとめ、送迎バスで空港に向かった。車内で日本人のバックパッカーの人と一緒になり、「5日間で4都市行った」と話したら、異常だ、とちょっと引かれた。広すぎるインドはもっと日数に余裕を持って旅するのがセオリーらしい。

その後、ニューデリーに向かう飛行機に搭乗。無事に到着し、そこから成田行きの便で帰国の途についた。席のモニターは、また僕のところだけ点かなかった。


総評

大して何も起こらないだろうと鷹を括っていたインド一人旅だったが、蓋を開けてみるといろいろありすぎた。本当に生きて帰ってこられてよかった。

今でこそ経済成長著しい国として語られるインドだが、実情は希望と絶望半々な国な気がした。街はものすごい活気に溢れているけど、その中にはまだまだストリートチルドレンもいるし、詐欺師だって潜んでいる。

人生までは変わりはしなかったと思うが、日本という国に生まれたことに心の底からありがたみを感じるようになった。みなさんにも無意識のうちにとても恵まれた国に生きていることを自覚して過ごしてもらえると嬉しい。

もう今回みたいな過密スケジュールでは嫌だけど、またカレーだけ食べにでもふらっと行こうかな。

最後までご覧いただきありがとうございました。
インド、ぜひ一度行ってみてね!

नमस्ते!


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