青年よ、シングアロング

耳たぶのピアスの穴は就職してしばらくするとふさがってしまった。忙しいという字は心を亡くすと書く、というが、しばらくは、本当に、暮らして行くのに必要なことだけしかできなかった。

夏には仕事を辞めた。

自分が情けなくて、恥ずかしくて、誰にも、連絡しなかった。できなかった。そうして引きこもるだけ引きこもって、少し心の余裕がうまれたとき、ツイッターをのぞくと、先輩がライブの告知をしていた。

【初ワンマン!】
12/18(金)@京都MUSiCA
チケット好評発売中☆
一般¥2000 学生¥1500
ダックスフンズ初のワンマンライブ!最高の1日をあなたとともに!まだチケット間に合います!

ダックスフンズというのは大学の軽音サークルの先輩が組んだオリジナルバンドで、メンバー全員、足が短いことからつけられた名前だった。
懐かしい人達に会える気がして、人に会いたい、と思えた自分が嬉しくて、「行きます!取り置き一枚お願いします!」とリプライをとばした。

ワンマンライブっていっても、先輩は顔が広かったから、軽音サークルのOBOGがたくさん集まっているんだろう、俺のこの1年がどんなに不毛だったか、みんなに聞いてなぐさめてもらおう、なんて軽い気持ちで観にいった。

どっこい、そこは会場を埋め尽くすほどの人でした。

明らかに知らない人たちばかりだった。何人か先輩や、後輩にも会えたが、長話もできず、どことなくアウェーで、そわそわして、耳たぶのピアス跡のコリコリした部分をぐりぐりとさわって落ち着かなかった。

そうこうしてるうちにライブが始まって、あっという間に終わった。

知ってる曲の方が少なかった。
だけど、知らない曲でも先輩は観客をぐいぐいひっぱっていた。
あっけにとられていた僕以外、きっとフロアにいた全員が、いい顔をしていた。

ステージの上の先輩は生身なのに、テレビの中にいるみたいに遠かった。

ライブが終わると、先輩に見つからないよう、ドリンクも頼まずにそそくさと帰った。こんな俺では、会う資格がないような気がした。

コンビニで買った発泡酒を寒空の下、フードを深くかぶって、飲みながら歩く。ポカポカしてきた耳で冷たくなった手を温める。

ライブ前にぐりぐりしすぎたのか、ピアスの穴だったところから膿が出て、かさぶたになっていることに気づいた。
そのかさぶたを爪でジリッと剥いで、俺は、明日、何ヶ月かぶりに散髪に行くことを決意し、アンコールの曲を真っ暗な夜空にめがけて高らかに歌った。

【終:80分くらい】

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