見出し画像

映画『スペシャルズ! 政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話』を観て


政府なんて、どうでもいい

相変わらず、
日本のフランス映画配給会社の「謳い文句」はピント外れが多い。

この映画は、政府を敵にまわして「ケア施設を守った男たち」の話では、決してない。

主人公たちにとって、「施設」を守ることは、最重要課題ではない。
最も大事なのは、自閉症の子供たちである。

当然だ。本来ならば、こんな無認可の施設、存在しない方がよいのだ。
けれども、公的機関から見捨てられた、重度の自閉症の子供たちがいる。
家族から、病院から、助けを求められる。
だから、それにこたえる。

そして、子供たちのために走る。
スクリーンが映すのは、その走る姿である。


べつに政府との闘いが描かれるわけではない。
役人との問答は、僅かである。
主人公は言う、
うちの施設がダメだと言うのなら、どうぞ子供たちをあなたがたで引き取っていただきたい。

そう、こんな施設、潰れたっていいのだ。
自閉症の子供たちが、まっとうな、人間らしい暮らしを営めれば。
監禁・拘束されなければ。
薬物投与で植物人間にならなければ。

主人公が「格闘する」相手は、政府ではない。
自閉症の子供たちだ。
取っ組み合って、全身でぶつかって。
捨て身で「闘う」に値する相手は、政府ではない。
目の前にいる、固有名詞を持った人間たちである。


何故、そこまでするのか

主人公たちは捨て身で走っている。
彼らを支えるのは、信念、ないし、信仰だ。

ふたりの主人公、ひとりはユダヤ教徒、もうひとりはイスラム教徒。

(興味深いことに、この映画にはキリスト教を想起させるものは出てこない。フランスも、ここまで来たか、と思う。)

日本では、信仰を持つことがどういうことか、あまり理解されていない。
大抵の日本人は、宗教と道徳を混同しているが、
宗教は生死の問題を扱うのであって、道徳(善悪)とは別次元に位置するものである。

それはさておき、自分が神から愛されていると信じる、信仰者の自己肯定意識は、ハンパない。
自信過剰と言っても良い。
彼らのオシの強さは、同調圧力の強い日本では、嫌われるだけである。
しかし彼らの愛と行動力は、これまた日本では、規格外のものである。

優れた信仰者は、
自己肯定意識の強さにもかかわらず、
自己の利益を求めるのではなく、
自己を犠牲にする。

そこに矛盾はない。
「こんなに素晴らしい自分」だからこそ、その自分を捧げることに、大きな価値が生まれるのだ。

愚かで臆病な信仰者は、自己を肯定するだけで、自己を犠牲にすることを拒む。
それゆえ愚かで臆病な信仰者が何らかの組織の長となり、権力を握ると、ひとりよがりで権威主義的な独裁体制が生まれる。
民主政治と宗教が、必ずしも常に相性が良くないのは、この点に因る。


落ちこぼれの若者たち

さて、映画の中では、社会からドロップアウトした若者たちが、自閉症の子供たちの介助を手伝っていた。
若者の就労支援をする団体が、自閉症の子供のケアをする団体と、連帯して、共同作業をしているのだ。

映画は、この落ちこぼれの若者たちを、また実に丁寧に描いている。

かつての僕の勤め先にも、彼らのような若者たちがいた。
彼らは、傷つきたくないというエゴだけ強く、確かな自信がない。
そして自分を信用できないから、他人も信用できない。
つまり他人と信頼関係を築くことができない。
だから他人から、例えば学校の教師から、学ぶことができない。


映画の中で、落ちこぼれの若者は、自閉症の子供をケアしながら、
小さな自信を持ち(例えば、自分が差し出したコーラを、自閉症の子供が飲んでくれたことから生まれる自信)、
リーダーから期待され、
責任感を持ち、
自分と他人を大事にするようになる。


説教臭くないことの重要性

しかし誤解されないように強調したいのだが、
この映画は、まったくもって説教臭くない!
それがこの映画の最大の魅力だとも言える。

しばしば「難病もの」の映画は、「普通の人々」に「反省」を迫る。
その結果、偽善的で、上から目線の、説教臭い映画になる。

しかし、この『スペシャルズ!』は、誰にも反省を求めない。
政府に対しても、「普通の人々」に対しても。

そもそも主人公たちには、時間がない。
説教をしたり、反省を求めたり、そういうことをしている時間がない。

依頼と苦情の電話は、鳴りやまない。
だから、ただ、ひたすら走る。
「私が解決策を見つけるよ(Je trouve une solution)」と言いながら。


それにしても、あの副題は残念だ。
僕だったら、「自閉症施設の凄腕ケアマネージャーが婚活で大奮闘する話」とかするけどね(笑)。


PS

映画をご覧になった方で、
〈いちご〉と〈蝶〉と〈トランポリン〉の意味するものがお分かりになった方、
ご教示いただけたら、幸いです。
僕は分からなくて、夜も眠れません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?