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SEKAI NO OWARI『聴く人全てをファンタジーな世界に連れて行く魔法の音楽』(後編)人生を変えるJ-POP[第49回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、『Habit』で2022年度の日本レコード大賞を受賞したセカオワことSEKAI NO OWARIを取り上げます。世代を問わず、多くの人を虜にする魅力はどこにあるのか、1人が楽曲を作るのではなく、メンバー同士で作り合う楽曲のスタイルなど、独自の世界観を持つ彼らの魅力を探りたいと思います。

(前編はこちらから)


セカオワの魅力は、なんと言っても、その世界観ですが、この世界観をしっかり支えているものの1つに、ボーカリストFukaseの歌声があります。
彼の歌声を音質鑑定してみました。

Fukaseの歌声の特徴を音質鑑定してみると

Fukaseの歌声の特徴
① ストレートボイス
② 明るい響き
③ 響きに混濁はなく、ビブラートはほぼ感じない
④ やや鼻腔に入った甘めの音質
⑤ 全体に軽快な音質
⑥ 音域的には、楽曲に中音域を中心にしたものが多い為、中声区のバリトンと思われる
⑦ 全体的に透明だが、ブレス音が混じった透明さではなく、ブレスが全て歌声に変換された響き
⑧ 言葉が非常に明確
⑨ 声量は十分で伸びやかな音質をしている

以上のような特徴を感じさせます。

彼は、透明感のある歌声が特徴で、今年39歳を迎えますが、以前の歌声と聴き比べてみると、今の方が透明感が増している、という印象を持ちます。
デビュー当時は、もう少し全体にブレスが混じった歌声で、やや息漏れを感じさせるのです。

しかし、その後、彼の歌声は進化しています。今では、ブレスの全てを歌声に変え、どのフレーズのどの音域を取っても、息漏れは全く感じさせず、声のポジションが同じで、綺麗な歌声の粒が一直線上に並んでいる、という印象を与えているのです。

全体に明るい音質は、来年は40歳、という年齢を全く意識させず、近年ではかえって若返っているような印象さえ持ちます。

早口で歌っても、言葉が滑らない

もう一つ、彼の特徴として言えるのは、日本語の歌詞の発音です。これが、非常に明瞭である、ということ。

どんな楽曲でも彼の歌は、ことばが明瞭で、歌詞が滑っていかないのです。

大ヒットを飛ばした『Habit』でさえ、あれほど早口で歌うにもかかわらず、ことばが一つ一つ見事に立っています(フレーズの中でそれぞれの単語が明瞭に発音されていること)。そのため、歌詞に書かれた世界観をリスナーが理解しやすい、ということが言えます。

やはり、どんなに歌声が魅力的、音楽が魅力的であっても、その世界を作っている「ことば」、これがリスナーの耳に届かないことには、世界観を伝えられません。

日本語というものは、歌に向かない言語として有名で、その理由の一つに全てのことばの音節が母音で終わることが考えられると思います。

母音、即ち、「あ」「い」「う」「え」「お」という5つの母音がどんな単語にも存在しており、そのために、ことばの発音自体が、非常に平坦で緩急のない平面的なものになっていて、楽曲のリズムに乗せるのには不向きな言語なのです。

この日本語を、音楽に乗せて歌うのに、歌手は非常に苦労するのです。

特に最近のJ-POPの傾向である高速メロディーに関しては、ことば数が非常に多いため、それを明確に発音するということは、より高度なテクニックが必要になると言えるでしょう(顕著な例として、YOASOBIの楽曲を歌うikuraこと幾田りらの正確な発音と音程は非常に高度なテクニックを使っていると思われます)。

Fukaseの場合、歌声の発声ポジションを顔の鼻腔部分に固定して、どの音域の歌声もその場所に響きを当てるようにして歌っているのが特徴です。

そうすることで、ことばの音節の響きが統一され、明瞭になり、一つひとつのことばがフレーズの中でクッキリと浮かび上がってくるのです。

そのため、彼の歌は、どんなメロディーのどんなリズムでも、ことばが滑らず、不明瞭になりません。

これが、セカオワの音楽の世界観を正確にリスナーに届けられ、また多くの人が賛同する理由だと思います。

おとぎの世界に迷い込んだようなファンタジーな世界

セカオワの世界観は、その大掛かりなステージセットやMVに表されるように、ファンタジックで、おとぎの世界に迷い込んだような、現実離れしたワクワク感に溢れています。

巨大ツリーをステージに組み込み、木の上に設けられたツリーハウスの中から、Fukaseの歌声が聞こえてきたり、まるで玩具箱をひっくり返したような、魔法の国に迷い込んだようなファンタジーな世界。

セットだけでなく、彼らの衣装やキャラクターの1つひとつがその世界観を表すのに重要な役目を担っています。

特に、その役割を果たしていると考えられるのが、DJ LOVEの存在です。彼は、楽曲を作ったり、積極的に歌に加わったり、というようなプレイヤーやクリエイターとしての役割はほぼありません(近年ではコーラスに若干参加したりしていますが)。

しかし、ピエロを象った独特のマスクの風貌が、このバンドの雰囲気を既に現実離れしたものへと誘っていきます。

すなわち、1人、アニメのようなキャラクターが存在することによって、セカオワの世界を一層ファンタジー化していると言えるでしょう。

もし、仮に彼が、マスクもつけず、普通の顔を出して、DJの役割をしていたとしたら、ここまで世代を超えて、小さな子供の目に留まることはなかったように思います。

Fukaseがライブをするのに目標とした「親子3世代が参加できるようなライブ」というものの実現にDJ LOVEというキャラクターは重要な役割を果たしているように感じます。

彼がアニメ化されたり、アイドル化されることで、セカオワの世界は、現実離れした非常にポップ感の強いものになっていくのです。

ジャンルの幅広さが、もうひとつの魅力

もう一つ、セカオワの世界の魅力を作り上げているものに、音楽のジャンルの幅広さが挙げられます。

『銀河街の悪夢』(2014)のような非常にシビアな楽曲があるかと思えば、『スノーマジックファンタジー』(2014)や『マーメイドラプソディー』(2015)のようなポップな楽曲もある。

『銀河街の悪夢』は、Fukaseが閉鎖病棟で自身の経験した日常の思いを描いたものですが、楽曲によって、彼らの音楽の世界の振れ幅が大きいことを感じさせます。

これは、Nakajin、Saori、Fukaseというタイプの異なる個性を持つメンバーの共同作業によって、楽曲が制作されている、ということに大きな理由があると言えるでしょう。

作詞する人や作曲する人を固定化せず、ある曲では作曲を担当したかと思えば、別の曲では詞を書いている。また、2人が共同で歌詞を作っていったり、3人共同で曲を作る、というように、楽曲ごとに自由に役割を決めているのも、音楽の振れ幅が大きくなる理由 の一つだと考えます。

即ち、彼らの楽曲は、その時、その時の彼らの感性や体感に基づいて、ある曲では作詞をしたり、別の曲では作曲をしたりというように、その曲に応じて役割分担を決めている、ということになるのです。

お互いの才能を認め合い、良い意味での刺激を受けながら作っていける強固な信頼関係が築かれているからこそ、共同作業によって、楽曲が誕生するわけで、そこには、やはり幼馴染という関係性が大きくものを言っていると思います。

メンバー間の信頼と仲の良さによって、セカオワの世界は成り立っており、そこに集まるリスナー達も含めて、大きな家族のような集合体と言えるかもしれません。

来年はデビュー15周年を迎える彼らは、40代に差し掛かっても、ファンタスティックで、おとぎの国に迷い込んだような魔法を私たちにかけ続けるでしょう。それこそが大きなセカオワハウスなのだと思います。

彼らの魔法が、どんな世界を見せてくれるのか、非常に楽しみです。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞