アナザー・バスカッシュ! #02

第二話『ランブルフィッシュ』

「これで決まりだ」
 man-Z(マン・ズィー)はそう言い、ビッグフットを力強く操る。強引に敵を抜くとそのままダンク。力強いゴールがリムを揺らす。
 砂時計の砂が全て落ち、勝敗は決した。

 ローリングタウンは大きく四つに分かれる。一つはダン・JD達が住んでいるダウンタウン、もう一つは市庁舎を中心とするメイン地区、そして工場が建ち並ぶ工業地区。街の入り口には過去の戦争で破壊されたハイウェイが放棄された形でその姿をさらしているが、近年再建が決まり、外から労働者が大量に流入した事で、街は活気を取り戻していた。日銭を稼いだ男達が繁華街に繰り出し、女達は買い物をする。街は古い建物がどんどん取り壊され、新たなアパートやショッピングモールが建てられていく。ハイウェイ建設はローリングタウンに多大なる景気をもたらしたが、同時に新たな犯罪の温床を生む結果となった。

 バッドゾーン……ローリングタウン第四の地区。最悪最低の場所。

 元々は工業地区の一部だった。工業団地が建ち並び、戦争前は工員達で賑わっていたその場所が、今では内外の犯罪者の巣窟となっていた。しかしそんな中でも人々は生活し、日々を送る。少年達は集い、チームを作る。ザ・ワーストはバッドゾーンでも有数のギャング団の一つだった。

「約束通り、もうお前らのシマは荒さねえ」
「もし破ったら……心臓にシュートだ」
「オーライ、わかってるよ」

 ザ・ワーストとグラマラス・フューリーズの抗争はこうしてひとまずの決着を見た。ギャング団同士の戦いは当然暴力によるものも多いが、警察の介入を呼ぶ。挙げ句に逮捕されたり解散させられたりと良い事が無いので、最近はダンスやストリートスポーツでの決着を好んで行っていた。とりわけ最近の流行りはビッグフットによるスリー・オン・スリーだった。

「ザ・ワースト! ザ・ワースト!」
「ザ・ワーストはグレート!」
 スリー・オン・スリーの祝勝で、スポーツバーはザ・ワーストの貸切になっていた。ギャングスタ達だけではなく、彼らの『ファミリー』も大勢集まり、店内は賑わっている。VIP席にはリーダーのman-Zを始めとした、ザ・ワーストのトップが陣取り、グルーピーをはべらしていた。
「今日は無事でしたが、次からは警察が動くかもしれません」
「ただのバスケだぞ。殺し合いじゃねえ」
「ビッグフットはデカいですからね」
「踏まれて死ぬってか?」
「バカ、踏んづけちまうようなヘボはビッグフットバスケなんかしねえよ!」
 盛り上がるメンバー達をよそに、PPP(スリーピー)がman-Zにささやく。
「どうやら、オフィシャルなストリートボールのリーグを作る動きもあります」
「ストリートをオフィシャル? 悪い冗談だ」
「以前、ダウンタウンの方で派手な騒ぎ起こした連中がいるじゃないですか。あれが結構盛り上がったんで、さっそく飛びついたヤツらがいるようで」
「商売か。くだらねえ」
 そう言うとman-Zは酒をあおった。
「よし! 今日はどんどん飲め!飲めねえ奴は店から叩き出す!」
 man-Zの宣言に店内はわき返り、騒ぎは翌日の朝まで続いた。

   ×   ×   ×

 昼下がりのバスケットコートで、PPPはフリースローを打っていた。
「熱心だな」
 man-Zが声を掛ける。
「おはよう、Z」
「他のヤツらは騒ぎ疲れて眠ってるぜ」
「昨日の感触を忘れないように。記念のアルバムにしまっとくには勿体ないですよ」
「なるほど、それで練習か」
 フューリーズとのゲームで、PPPはシュートを3本決めた。そのうち1本は、通りを四つ離れた距離からのロングシュートで、ギャラリーは熱狂し、man-Zもエンジンが掛かり、以降フューリーズを圧倒した。
「ダンクもいいが、長いのは目立っていいな。特にビッグフットだと、ボールがでかい」
 PPPの決めたボールを拾い上げると、man-Zもロングからのシュートを打った。ボールはリムに当たると大きく弾んだ。
「お前のようにはいかねえな」
 man-Zは笑った。
「あのゴールはすごかったぜ。例えお前が死んでも、あれは皆のここに残る」
 man-Zは、自分の胸を指さした。
「ギャラリーもプレイヤーも、あの場所あの時間を共有した全ての人間に刻み込まれた。そんなプレイが機械でも出来る。面白えな、ビッグフットは」
「そういや最近、かなり腕利きの『弄り屋』がやって来たそうです」
「弄り屋?」
「ビッグフット専門の整備士ですよ。フューリーズのヤツら、バスケは下手糞でしたが、マシンの方は結構イケてたじゃないですか」
「ああ、あいつらには勿体なかった」
「ヤツらもその弄り屋のチューンを受けたそうで。行ってみますか?」

   ×   ×   ×

 man-ZとPPPは、ダウンタウンの先にあるジャンクヤードにトラックを走らせた。荷台には二人のビッグフットが載っている。ハンドルを握るPPPは、隣で煙草をふかしているman-Zに言った。
「FFF(スリーエフ)のヤツも連れてくれば良かったですかねえ?」
 不機嫌そうにman-Zが応える。
「ダウンタウンのチームなんざ、ギャングとは言えねえだろ。ただのツッパリごっこだ。ザ・ワーストに近づく度胸はねえよ」
「ハ、違いねえ」
 鉄とコンクリートに囲まれたバッドゾーンは猥雑でありどこか禍々しい。それに比べてダウンタウンは煉瓦と石で積み上がった建物が建ち並び、PPPには何処かノドカな風景に思えた。
「半端な街だな」
 man-Zが顔をしかめる。
「上にも行けねえ、シノギを削る度胸もねえ。だからこうして燻ってる」
 ダウンタウンを抜け、トラックは河原に出た。護岸工事中の河川敷をしばらく行くと、鉄柵で囲まれたスクラップの山があった。
「あそこですね」
 鉄骨を組み上げた手作りの看板には『アユカワファクトリー・こちらへ』と書かれている。更に先を行くと、大型のトレーラーが見えた。ビッグフットがその前に立ち並び、整備を受けている。トラックを停めると二人を出迎えたのはそこかしこに貼られたポスターだった。

『貴方好みのビッグフットに! ミユキが望みを叶えちゃう。アユカワファクトリーへ来て頂戴』

 ポスターの中で、革のミニパンにTシャツをたくし上げているドレッドヘアの少女がニッコリ笑う。思わずPPPは口笛を吹いた。
「来て頂戴か……望み通り、オレのボルトも締めて欲しいですね」
「ハッ、お前はミニレンチで充分だろ」
 軽口を叩きながらトレーラーに近づく。ビッグフットを整備しているのは、どうやら一人のようだった。機体の下に潜り込んで作業中の人物にPPPは声を掛けた。
「叶えて欲しいんだけど、ミユキちゃん♪」
「ん、何じゃ?」
 予想に反して這い出してきたのは小柄な老人だった。溶接マスクを兼ねた帽子に白い髭。いかにも頑固そうな顔つきである。PPPは天を仰いだ。
「オイ、こいつぁとんだサギだ」
「PPP、ホントに期待してたのか?」
「いやぁ、オレもオスですから」
「ン? ……ああ、あのポスターか」
 老人は合点がいった様子で、顔をしかめた。
「わしは反対したんじゃ。ミユキがいかんのじゃミユキが。お陰で変なサービスを想像した客ばかりで、真面目な客が寄りつかん」
「ジジイでも女でも関係ねえ」
 man-Zが整備中の機体を見上げながら言った。
「オレはオレのビッグフットを最高に仕上げて欲しいんだ。腕が良ければ誰でもいい」
「お前さんの機体は……あれか?」
 老人はman-Z達の機体に目をやる。
「色々ゴテゴテしとるのォ」
 ザ・ワーストのビッグフットはいずれも黒い機体に尖った槍状の飾りや銀のラインが入った、コワモテな印象であった。
「華が欲しいのさ。ストリートバスケ仕様だ」
 man-Zの言葉に老人が反応した。
「バスケ? お前さんもバスケをするのか?」
「当たり前だ。オレ達はバッドゾーンのチーム、ザ・ワースト!」
 PPPがここぞとばかりに凄んでみせるが、老人は全く意に介さない。
「ほぉ、ギャング団がバスケをするのは当たり前なのか?」
「血を流す前に汗を流す。死人が出るのは成るべく少なく、というのがオレ達の流儀だ」
 man-Zは続ける。
「オレ達にとっても、ファミリーは大事だからな」
「フム……それでビッグフットバスケか」
 老人は感心したのか、口元に笑みを浮かべてこう言った。
「よし、兄ちゃん。機体を見せてみろ」

   ×   ×   ×

「フム、意外にちゃんと乗りこなしとるじゃないか」
 操縦席の中はゴミ一つ落ちていない。感心したように老人はつぶやく。
「コントローラーの遊び具合、なかなか研究しとるの。意外に頑張っとる」
「やれることはやったんだがな……駆動系となるとこいつはとんだブラックボックスだ。オレ達にはお手上げってわけさ」
「取りあえず、足をつけてやる」
「足?」
「ホレ、これじゃよ」
 老人は整備中の機体に掛かっていたシートを外してみせた。
「あっ!」
 思わずman-ZとPPPは声を揃えて驚いた。何とビッグフットの両足に五本指がついていた。しかも只の飾りではなく、いかにも可動しそうな作りである。
「ロボ足じゃとどうしてもステップに限度がある。路面も傷めるしの。現行では臨時にサンダルを履かせているが、ゆくゆくはシューズを履かせるつもりじゃ」
「シューズ?!」
「うむ。バスケットシューズを制作中じゃ」
 老人の言葉にman-Zは、暫くポカーンとしていたが、やがて愉快そうに笑い出した。
「アハハハハハ! こいつぁ面白れえ! ビッグフットにバスケットシューズ?!こいつは面白れえ、こいつは凄えぜ!」
 man-Zは軽く興奮の面持ちで老人に言った。
「オーケイ、機材で要り用なものがあったらどんどん言ってくれ。お前さんのルートを使うよりも、ザ・ワーストの方が何でも手に入るだろう」
「フム。安くしろよ」
「ハハハ、それはお互い様だ。ま、出来上がり次第ではギャラは上乗せ要相談だ。よろしく頼むぜ、爺さん!」
「ソーイチじゃ。ソーイチ・アユカワ」
 老人もまた、ニヤリと笑った。

   ×   ×   ×

 一週間後、man-ZはPPPと共に再びジャンクヤードへと向かった。
「爺さん、来たぜ!」
 PPPが整備中の別機体にもぐりこんでいる人物に声を掛ける。しかし、今度は女の声だった。
「お爺ちゃん、ちょっと出掛けて居ないけど……お客さん?」
 もぞもぞと顔をのぞかせた声の主は、ドレットヘアーを二つに束ねた褐色の少女だった。
「お。叶えちゃう姉ちゃん!」
「叶えちゃう?……ああ、ポスターね。どう、なかなかカワイク撮れてるでしょ?」
 少女は快活にニッコリ笑った。整備服からはみ出そうな胸の膨らみもさることながら、少女の笑顔はとても魅力的だった。思わずPPPは口笛を吹く。
「バカ、やめとけ」
 man-ZがPPPの頭をはたく。
「先週、ソーイチさんに整備を頼んだman-Zという者だ。機体はどうなってる?」
「まんじーさん? ああ! あのイカメシイ機体ね!大丈夫。二台きちんと出来てますよ」
 少女はテキパキとシートを外し、整備改造を済ませた二機を二人に見せた。
「おお、足ですね」
「うむ……足だ」
「じゃあ、試しに乗ってみて下さい!」

 二人が乗り込み、起動するのを見届けると、少女はハンドスピーカーで呼びかける。
「基本は路面に対して自動的にグリップする仕様ですけど……左右のコントローラーにレバーが追加してありますよね!」
「ん。ああ」
「それを適当に動かしてみて!」
「あ、すげえ。足の指が動く」
 レバーの可動範囲は小さいものの、左右に動かす事でビッグフットの足の指もモゾモゾと動く。PPPは早速自機の足でじゃんけんを始めた。
「あはは、上手い上手い! マニュアルでも指は動きます。これはシューズ着用時の微調整に使用して下さい」
「成る程な」
 二機は立ち上がり、サンダルを履く。
「トラックのタイヤの急ごしらえだけど、ずいぶん違うと思いますよ!」
 man-Zは自機を走らせ、跳ばした。
「オオッ?!」
 足の拇子球にしっかりと重心が乗る。踏み切りはスムーズに、そして着地もピタッと決まった。
「具合はどうですか?」
「おお、すげえな」
 man-Zもさすがに驚きを隠せない。
「ボス、これすごいですね!」
 PPPも足回りに夢中になっている。
「ボールはあるか? ちょっと試したい!」
「まいどォ~~!」
 man-Zの声にすかさず少女が応えた。

 ワン・オン・ワンが始まった。man-ZとPPPの操るビッグフットはボールを追い、相手を出し抜くべく技を繰り出す。
(こいつは……)
 man-Zが感心したのは、操縦者の直感になるべく沿うようにチューニングされたコントローラーだった。以前は10のうち2が思い通りになればよかった操作が、今は4あるいは5まで来ている。
(ボールのハンドリングがちゃんと出来てるじゃねえか。これは……ドリブルだ!)
 以前ならば単にボールをはたくだけだった操作が、今は手に吸い付くように保持できる。
(足の指だけじゃねえ、手の指もいじってやがる!)
 バスケにおいてはボールハンドリングが勝敗を決する。プレイヤー1人1人がボールをコントロールできる時間は実は短い。man-Z達が行っているストリートスタイルはワンマッチ10分。スリー・オン・スリーで行うとして、1人平均ボールを持つ事が出来るのは2分も無い。この短い時間の中でのボールコントロールを如何に駆使するか。man-Zは今、その力を得たような気がした。
(これは……バスケだ!)
 同じような感慨をPPPも受けている。
「Z、すげえぜ! 手足が馴染む!」
「よし!」
 man-Zは試しにワンハンドに構えた。ビッグフットの指先に掛かった加重が彼の握るコントローラーに戻る。
「おおっ?!」
 腕、肩、膝……ビッグフットの動きが、一瞬自分にフィードバックしたような感覚が起きる。
(そのまま……行ける!!)
 彼のビッグフットは流れるようにジャンプショットを打っていた。右手の親指は下を向き、他の四本の指は伸びやかに。ボールは美しい軌道を描き、ジャンクヤードに特設されたゴールへ吸い込まれていった。
「すげえ!フォロースルーも完璧じゃないですか、Z!」
「ああ……すげえな」
 man-Zは呆然としていた。
「オレ達が今までやってきたのはバスケじゃねえ。ドッジボールだ」
 と同時に、彼は一瞬覚えた不思議な感覚を思い返していた。
(ビッグフットと、一つになった?)
 以前までは、言う事を聞かない(聞く事が出来ない)機械を無理矢理使いこなす、そんな征服感が彼の中にあった。しかし、彼が操縦する機体は今や言う事を聞くどころではない。
(これはオレの体だ!)
 所詮ビッグフットは、二本のコントローラーと二つのペダルで操る機械に過ぎない。しかし今、man-Zはそんな事実を忘れさせるくらいの一体感を感じていた。

「どうやら気に入ったようじゃな」

 聞き慣れた声がする。いつの間にか老人がニヤニヤと二機のビッグフットを眺めていた。
「お爺ちゃん、お帰り!」
「フム。いきなり乗り込んでジャンプシュートか。お前さん、意外にやるのォ」
「爺さん!!」
 思わずman-Zは叫んでいた。
「他の連中のビッグフットもいじってやってくれ! 金は弾むぜ!」
「毎度あり」
 老人はニヤリと笑った。

   ×   ×   ×

「ザ・ワースト! ザ・ワースト!」
「ス・ス・ス・スイートポイズン!」
 バッドゾーンに声援が響き渡る。
 ザ・ワーストは、あるコンサートの興行権を賭けてスリー・オン・スリー勝負をしていた。相手は最近台頭してきたチーム・スイートポイズン。その専用機はゴールドに光る機体は威圧感たっぷりだが、特殊なチューンを受けたザ・ワーストのビッグフットはプレイそのものでスイートポイズンを圧倒していた。
「見ろよ、指を使ってドリブルしてる!」
「すげえ! パスを投げたぜ!」
 何よりもザ・ワーストはパス回しによってゲームを支配し、何度もリムを揺らした。

「完敗だ」

 スイートポイズンのボスは、悔しさよりも感心しきりで、素直に負けを認めた。
「お前らのプレイこそビッグフットバスケの名にふさわしい。なぁ、何であんなプレイが出来るんだ?」
「アユカワファクトリーに行ってみな」
 man-Zはニヤリと笑った。

「ザ・ワースト、オンリーワン!」
「ザ・ワーストはグレート!」
 スポーツバーでいつものように祝勝の騒ぎの中、man-Zは一人醒めていた。
「Z、どこ行くんで?」
「ちょっとな」
 ふらりと店の外に出ると、空には巨大な月が浮かんでいた。ムーニーズの明かりも消え、バッドゾーンの毒々しい明かりが勝ち誇るように夜空を照らす。
「何か物足りねえ……」
 通りをぶらつきながら、man-Zは口に出して呟いていた。
「あんなんじゃ詰まらねえんだよ」
 確かにソーイチのチューンによってザ・ワーストのビッグフットは『バスケ』が出来るほどのポテンシャルを得た。しかし――
「相手がいないと、ホントの意味でバスケじゃないわよね」
 いつの間にか、一人の女が立っていた。
「ン?誰だ、あんた?」
 女は銀色の髪をしていた。すらっとした脚から腰に掛けてのラインは美しかったが、何よりも胸が大きかった。耳には月住人の証しのイヤリングが輝く。
「……月の女?」
「あんた達、試合しない? ローリングタウンの最強を決めるの」
「最強はオレ達ザ・ワーストだ」
「相手はセラ・D・ミランダ、アイスマン・ホッティ、ダンクマスク……」
 
 そして数日後、ローリングタウンは再び伝説の夜を迎えることになる。

初出:Blu-ray「バスカッシュ!」shoot:2(2009年10月7日発売)初回特典
   (発売・販売元:ポニーキャニオン)

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)