もはやスマホで十分可能?『行かない旅行の記念写真』/○○せずに△△する方法①

世の中には発明王と呼ばれる、特許を取りまくる人がいる。

僕などは一つも「発明」が思い浮かびもしないが、発明脳とも言うべき、類稀なるアイディアを増産できる能力を持つ人たちがいて、彼らによって、革新的な発明品が作り出されていくのである。

僕がもっとも興味を覚えるのは、そうした発明脳の所有者は、どんな思考回路を経て、新しいアイディアを思い浮かべるのだろうか。何か発明のコツなんかがあるのだろうか、ということ。

でもそこで考えてみると、実際に発明品を作るわけではないが、大量のひみつ道具を考案した藤子F先生も、「発明脳」の保有者だったのではないかと思う。


そうした「発明」という観点から「ドラえもん」を読み進めていくと、とある、パターン化されたお話が目につくようになっていく。同じ発想に基づくひみつ道具だったり、それを使ったお話が作られていることに気がつくのである。

それが「○○せずに△△する」というお話のスキームである。この場合の「○○せず」と「△△する」は、矛盾した反対の意味の言葉が入ることになる。

例えば、この後検証していくお話では、○○の部分が「旅行」で、△△の部分が「記念撮影」となる。つまり、旅行をしないで旅行の記念写真を撮ろうという訳なのだ。

このスキームに従って、「旅行はできないけど、旅行先の記念写真を残せないかなあ・・・」などと思考を巡らせていく。

パッと思いつくのは、世界中の観光地の絵葉書を買ってきて、これと自分の写真を合成するアイディアである。合成などしなくとも、世界中の観光地をスクリーンか何かに投射させて、その目の前に立って写真を撮る手もある。

そんな風にしてひみつ道具を考案し、お話を作り上げていったのではないだろうか。


このスキームは、発明品を考案するパターンとしても機能するものと考えられる。「○○せずに△△する」というスキームにおいて、○○の部分を考えてみるのが、大発明の第一歩となる可能性は十分にあり得る。

面倒くさいことだったり、費用や手間ひまがかかることを思い浮かべて、スキームの○○に入れてみる。するとあら不思議、なかなかの革新的なアイディアが出てくるのである。

<一例>
掃除機を掛ける → ルンバ
タイマーで集合写真を撮る → 自撮り棒
ラーメンを調理する → インスタントラーメン

そんな風に考えていくと、このスキームは本当に発明の父になれるかもしれない。少なくとも、藤子先生はこのパターンを考案して、数多くのひみつ道具を考案している。(仮説)

そこで、数回に渡って、「○○せずに△△する」パターンで作られた作品を取り上げて行きたいと思う。


『行かない旅行の記念写真』(初出:インスタント旅行カメラ)
「小学三年生」1972年9月号/大全集3巻

本作の始まりはいつものスネ夫の自慢話から。今回は、夏休みを利用して、家族でハワイに旅行してきたのだという。本作は1972年の作品で、1ドル=360円の時代である。海外旅行はまだ大変珍しかったと思われ、これは確かに自慢したくなるのも無理はない。

スネ夫は「君たちは行けなくてかわいそうだ」と上から目線で、大量の記念写真を見せてくる。ただ、皆はもう何度も見させられているようで、スネ夫から逃げ惑う。

のび太も「もういいってば」と拒否るが、意地の悪いスネ夫は「羨ましいからひがんでるのだ」とイチャモンを付けてくる。

ただ、これが核心を突いた発言だったようで、のび太は「ハワイぐらいで威張るな」と強く反発し、よせば良いのに、「僕なんか世界一周してきたんだから」と、見え透いた嘘をついてしまう。

スネ夫の自慢に端を発し、のび太が見栄を張ったその場ですぐにわかる嘘をつき、困ってドラえもんを頼りにするという、定番パターンなのである。


世界一周という発言に対して、スネ夫だけでなくジャイアンやしずちゃんも一瞬面食らうが、すぐに嘘だろうと見抜き、「だったら写真を見せてもらおう」と迫られる。

初期ドラ作品なので、しずちゃんも無邪気に「見せてもらおう」側に回ってのび太を追い詰めているのが笑える。

そういうことで、のび太はカメラと旅行カバンを用意して、ドラえもんに助けを求める。

「さあ、早く! 写真を撮りに世界一周旅行へ連れて行ってくれないと困るんだ」

焦るのび太に対してドラえもんは、

「困ると言われても困るなあ」

と、いきなりの無茶ぶりに困惑するのであった。


そこでドラえもんが用意した第一案は、タケコプターで世界中を飛んで回るというもの。かなり時間が掛かりそうだが、案の定、三ヶ月くらい必要だという。

今すぐじゃないと駄目ということで、長く使っていなかったという「電車ごっこ」という道具を出す。何かプレートのようなもので、「ゆき」という言葉が書いてある。

このプレートに行きたい場所を書いてドアに貼り、「発車します」と掛け声をかけると、ドアの向こうにその行きたい場所が繋がるという仕組みである。

のびたはこの道具を使っていっぺん海へ行ったと言っているが、ざっと調べた限りそのようなお話は見つからなかった。

ちなみに「長いこと使ってなかった」とドラえもんが付け加えているが、これは続くシーンの伏線となっている。


まず手始めにアメリカのニューヨークに向かうことにするのだが、到着したドアの向こうはどこかの銭湯の中。ニューヨークとお風呂に入る「ニューヨク(入浴)」を機械が読み取り間違いしたようである。

長らく使っていない間に、「電車ごっこ」は故障してしまっていたのである。そしてその修理には一週間はかかるという。それでは間に合う訳がなく、案の定、窓の外からは「写真はまだか」という声が聞こえてくる。

のび太の返事がないので、スネ夫たちはやっぱり嘘だとほくそ笑むが、ドラえもんが窓から身を乗り出し、「本当だぞっ」と叫ぶ。「あんまり写真がたくさんあるので、整理しているところだ」と告げるのであった。

嘘に嘘を重ねる発言をしてしまったドラえもん。しかしのび太と違って、無策で強がるようなドラえもんではない。次なる本命策をここでようやく披露する・・・!

ちなみに「電車ごっこ」ではなく、「どこでもドア」を使えばいいじゃないかと思った方もおられるだろうが、本作執筆時の1972年には、まだ「どこでもドア」は登場していなかったのである。


ドラえもんはのび太に、絵葉書とか雑誌の口絵とか、世界中の名所の写真を集めてくるように告げる。当然のび太が集めてきた写真にはのび太は映っていない訳だが、「インスタント旅行カメラ」を使えば良いのだという。

「インスタント旅行カメラ」は、二方向にシャッターが付いている見たことの無いような形状のカメラで、二方向を同時に映すものらしい。

ドラえもんは、まずオランダの風車の映った写真を手にして、一方のカメラに前に掲げる。もう一方のシャッターの先にのび太を立たせて、これで準備完了。同時に二方向の撮影が済むと、すぐに一枚の写真が出てくる。

何とそこには、風車の前にボケっと立っているのび太の姿がある。「インスタント旅行カメラ」は、写真と人物を同時撮影して、簡単に合成写真を映し出してくれる特殊カメラだったのである。

これさえあればということで、世界中の名所に立つのび太の写真を作っていくのだが、今読んでみると、これってもう現実化しているよな、と思う。

スマホでも写真の加工や合成ができてしまう世の中が到来している。本作においては、時代はドラえもんに追いついたのである。


本作のオチは、調子に乗って、世界中を旅する写真を作っていくのだが、その流れで月面でのび太が嬉しそうにしている写真を作ってしまい、インチキだとバレてしまうというもの。

まあ、のび太のバックにはドラえもんがいる訳で、最初からトリック写真に違いないと、スネ夫たちは見抜くべきだったのだ。


さてここまで、発明品及び新しいひみつ道具を作るためのスキームとして、「○○せずに△△する」という考え方をF先生が作り上げたという話をしてきた。

このスキームを使って、他にも色々な作品を描いているので次稿以降で、紹介していきたい。読み進めるうちに、あなたも僕もいつの間に発明王になっているかもしれない・・・!?




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