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幕間③双極性障害でも人生は続くのだ

こんにちは、ヤギです。
今日は昨日の続きからお話していきましょう。

再び魔境へ

さて、やっとフルタイム勤務にも復帰し、穏やかな日常を送っていたヤギに辞令が下ります。
上司Cがとても良い人事評価を付けてくださっていたらしく(マジで感謝)ヤギはまたもや忙しい部署に異動することに…
絶対に戻りたくなかったけど、出てしまったものは仕方ないので渋々新しい部署に出勤。
すると、上司ガチャに今度は成功しまして、みんな滅茶苦茶いい人たちだったのです!これならやっていけるとひと安心。
しばらくは平穏に仕事をする日々が続いていたのですが、ここで暗雲が立ち込める。
元上司のBに遭遇したのです。
社会人として挨拶くらいしなきゃな…と自分を奮い立たせ笑顔で「おはようございます」というと無視。

良い年した社会人が、後輩からの挨拶を、無視!??!?!

あまりのことに呆然と立ち尽くしちゃったよ。
思えば、その時からぶり返しはじめたんよね。
ちょっとずつ仕事ができなくなって、「あれ?これどうやるんだっけ?」とか、電話口の人の名前が覚えられないとか、前兆だったんだなって今ならわかる。
そして、元上司Bから一斉メールが届き、名前を見ただけで涙が溢れ出す。決定打だった。

あ、これダメだわ。

すぐに上司と主治医に相談して、今度は1年休んでいこうとなった。
そしてこれは憶測なんだけど、この休職期間中に抑うつから双極性障害に移行したんだって思ってる。
休職中はほんとにダラダラ。
夜は眠れなくて遅いし、中途覚醒するから朝は遅くまで寝てて、遅くまで寝てるから夜眠れなくて…とても悪循環。
このときにデイケアに出会ってたら休職中でも規則正しい生活できてたのかなって思い返すたびに考える。

そんな状態で1年が経ち、職場復帰を果たすも、なかなか体調が安定せず、有給も病休も使い果たし、欠勤が続く日々。
人事からも査定に響くから頑張れって言われたけど、頑張ってこの状態なんだよ…としょんぼり。
見かねた両親が「やめていいんだよ」って言ってくれたものの、なんだかんだこの仕事が好きだから、と半年頑張った。
でも1年経った時、職場みんなに迷惑かけてるし、もう自分も限界かもしれないと辞める決意をする。
上司はいい人なのですごく引き止めてくれたし、次は穏やかな職場に異動させてみせるって言ってくれたけどもう、Bの名前がつきまとうこの職場にいるのは無理だった。

すったもんだ

このころ、まだ自分がうつ病だってことを受け止められてなかった。
自分が怠けてるだけだから、頑張れば普通の人と同じように働けると思ってたし、遊びに行けるんだから仕事も行けるって思ってた。
だから、公務員を辞めたあとも、正社員として拾ってもらったところで頑張れるって思ってた。
でも、現実は、うつ病はそんなに甘くなかった。
開始3日目くらいで出社できなくなり、そのまま退職。
それでも働かなくちゃ、という強迫観念のもと派遣に登録して働くが、やっぱり出社が続かず退職。
結果、自分はダメなヤツなんだって思ってまた引きこもり。

このくらいから、お金使いが荒くなる。
貯金として貯めてあった200万を2ヶ月で溶かした。
だいたいは、ソシャゲのガチャとPC周辺機器に使ったかな。
それに驚いた両親から、セカンドオピニオンを勧められ、転院。
そこで出た診断が、双極性障害だった。
調子が良い時に過食と浪費が辞められず、うつになった時はなんで過食も浪費もやっちゃったんだろうって希死念慮に襲われる。
典型的な双極性障害の症状ですって言われて、ストンと納得した。

わたし、病気だったのか…

なにを今更って感じですが、このとき始めて納得したの。
病気だからお金使うし、食べるのやめられないし、死にたくなるし、仕事も出来ないのかって。
じゃあ、病気でも通えるところで頑張ろうって思えた。
そして、母から勧めたれた終了移行支援に通いだします。
これはまた次回お話しますね。

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