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エルサレムの夜


その夜僕らはエルサレムの美大生街のバーにいた。
年季の入ったカルチュラルなバー、休息日の夜の序盤で客はそう多くなかった。

この店のムードは良く知ってる。

87~89年あたり思春期後半を過ごした京都の夜の街のそれだった。
数部屋に仕切られたスペースの真ん中の誰も居ない部屋で何もかも不詳な女性が音楽をセレクトしていた。
時代も音楽性も特定できない音楽やサウンドスケープが空間を支配していた。

タイムスリップ感を味わうようにスマホや仲間との会話を避けそのある種異様なムードに浸っていた。
数十分が経過したころ我慢できなくなってスマホの音楽検索アプリで曲を知ろうと試みた。

おそらく4~5曲にまたがってトライしたが予想どおり何もヒットしない。英語で話しかけることも出来たが敢えて仲間にヘブライ語で話してもらった。

全て不詳な女のひと

「さっきからその年代もののWindowsマシンで鳴らしてる音楽は一体何なんだい?」
彼女が答えた。
「これらは大方がエルサレムのローカルインディーズの音楽で当然ながらストリーミングサービスなんかには乗っかっていないから、直接ウェブサイトに行くといいよ。あ、今夜偶然数箇所でその手のライブやってるから観に行けば?」

こういうイレギュラーな展開を逃すわけがない。
タクシーで15分ほどで目的の場所についた。

廃ビル

目の前には廃ビルがあってどうやらその中の一角でライブが行われているらしい。現地の友人がいなければ絶対に足を踏み入れたくないエリアだ。

真っ暗な階段を4階分くらい上がったところに人だかりが出来ていた。2つに仕切られた中学校の教室くらいの部屋に人がぎっしり。
冷めた熱気が空間を支配し、DIYそのもののチケットカウンターの背後にガラスの業務用冷蔵庫、チケット購入し冷蔵庫から各々飲み物を得る。

ひとつのバンドの演奏が終わった直後らしく、つぎのライブのセッティング中だった。

髭面のやせおとこのドラマーと上裸の太っちょ髭面のベーシスト二人のみのバンドらしい。ドラマーは会場のBGMに合わせてセッティングしつつビートを刻みだす。
ベーシストは上裸のまま座りベースをゆかにおいてエフェクターのセッティングを終えると、おもむろにベースの弦を一本手で引きちぎった。それがパフォーマンスの一部なのかわからない。

そこからなし崩し的に演奏が始まり、ベースに繋がれたエフェクターを駆使してけたたましいノイズとフィードバックでリズムを紡ぎ出す、それに呼応してドラムの破裂音が刺さる。

途中アジテーションのような叫び声をマイクが 気の毒な勢いで吐き出す。そんなこんなで5曲ほど壮絶な騒音を紡ぎ出し嵐のように過ぎ去った。その間スマホを使ってる観客は皆無(その理由から画像はない)。

ノイズミュージックやニューウェイヴ、パンク、オルタナティブなどの文脈で測れば、ある種の予定調和と言えなくもないがナイトクラブでシャンパン片手ににわかテックハウスでハンズアップ、それの対局に存在する強烈なカウンターカルチャーの存在を異国の地に発見し何故か安堵した。

たった数時間だったけど滞在最後の夜に奇跡のような導かれ方でタイムスリップしたような貴重な体験だった。

忘れちゃいけないのは、こういう体験を引き出すトリガーは外国に行かずとも実はそこらへんにある。それを拾う感性を持ち合わせているかどうかなのだ。


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