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下町の花屋へ

友達に薦めてもらった大好きな『蝶々喃々』という小説に

下町の軒先はおおらかで、ひしめき合う民家は各々に鉢植えを並べ、多少はみ出しても許し合っている

みたいな描写があるのだけど、いまの私の暮らす地域もそんなかんじなのです。

植物は好きだから観葉植物や切り花は日常なのだけど、いかんせん軒先ガーデニングはレベルが高そうだ。

「あれをやったらいよいよだぞ」という、最後の砦感がある。

だけど、このご時世なので散歩が捗ってしまうわけで、近隣の皆さんの軒先ガーデニングを堪能する絶好のタイミングであると同時に、「ずっと家にいるしやってみようかな」と思わされるから困る。

だってこの辺には私の行きたいグリーンのお店(SOLSOHOMEとか)がなくて、徒歩で行けそうなホームセンターもなくて、ここから1ヶ月はあんまり電車に乗ることもできない。

と思いながら、家から徒歩1分ほどの場所にある小さな商店街を歩いていると、いかにも地域に馴染んだお花屋さんが。

ちょうど近所の人が花を買って去っていくところだった。
店主とお客さんはどちらも老婦人で、「身体に気をつけてね」と声を掛け合っている。

店先には、アンスリウムとあじさいの歌寄せと、胡蝶蘭の鉢植えが並ぶ。

「アンスリウム、育てやすくていいよ、毎年花が咲くからね」

と、店主のお婆さんが声をかけてくれたけど、「そうなんですね」の声がマスクに隠れて弾まない。だからいっしょけんめい目で笑う。通じたかな。

決めきれない私の横から、「あらこんにちは。今日はこの紫のをちょっともらえるかしら」と、まるで冗談みたいに別のご近所老婦人がまた登場する。

「この前のもまだ元気に咲いてるの、ありがとね」
「よかったよかった、あれはけっこう長持ちするからね」
「身体に気をつけてね」「うん、お互いにね、またね」

その間、本気でアンスリウムを買うか、それともあじさい(歌寄せってのが素敵だし)にするか悩んでいた私は、

「あの、あじさいの鉢植えってこの後も入荷しますか?梅雨の前とか」

と、やっとこさ勇気を出してお婆さんに話しかける。

「うん、すると思うよ」

他のこなれたご近所さんたちとさして変わらない様子で答えてくれたのがうれしくて、ついついさっきのお客さんの真似をしてしまった。

「じゃあ今日は切り花をお願いします。明るい色のやつがよくって」

ピンクと黄色の華やかな3本を、相談しながら一緒に選んだ。

「身体にきをつけてね」
「はい、気をつけてくださいね」
「ありがとう、若い人もね」

今日はきっと必ず「身体に気をつけてね」と言って花を売っているのであろう店主のお婆さんが愛おしく、次回こそはここの鉢植えで軒先ガーデニングデビューをしようと決めた。

帰り道、花を抱えて下町の家々を縫うように歩くと、軒先からはみ出ているのはあのお花屋さんで売っていたような鉢植えばかりだった。
なるほどそもそも軒先ガーデニングはご近所で成立させるものなんだなと学ぶ。

家に着いた。
花瓶にうつすために解こうとした紐がきちんとりぼん結びになっていて、それだけで本当にうれしくなった。

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